第38話 地球のと違うなあ……
「ふうー。そろそろ休憩にしよう」
「はいです」
今日は予定通り、朝からイベリスに戻る移動をしている。魔物避けのランタンを使っているので、魔物との遭遇も無く順調だ。そのため予想していた通り、歩き続けてかなり疲れている。
「移動メインは疲れるなあ。雨で道も悪いし」
「ヤマトさん。どうしても歩けない時は、あたしが運ぶのです! ……オマカセ」
「ユキはタフだねえ。俺も頑張って歩くよ」
少しの休憩を終えて、また移動を開始する。暫く順調に歩いて、もうすぐ昼になる頃に、少しの異変を感じた。
「……あれ?」
「どうかしたです?」
「若干だけど、雨が弱まってないかい?」
「ん? ……確かに弱まってるです。もしかしたら、今日止むかもしれないのです」
「やっとかあ。今日で、5日目だからなあ」
もし雨が止んでくれたら、多少は移動が楽になるかもしれない。道の悪さは変わらないが、雨に打たれないだけでも、体力的にも気持ち的にも少し楽になると思う。この5日間は常に外套を着てフードを被り、探索、移動していたので、その煩わしさからの解放もありがたい。
雨が止むことに期待しつつ、昼休憩に入る。いつものようにテントで食事をしていると、テントを打つ雨音も更に弱くなってきているのがわかる。
「雨音が小さくなってるね。これは本当に止むかも」
「早く止んで欲しいのです。あたしのクルンクルンも終わるのです」
ユキは髪を触りながら言った。今はテントの中なので、お気に入りのニット帽は脱いでいる。ずっと被っていると、やはり蒸れるらしい。ニット帽にクリーンの魔法をかけて、綺麗にしていた。
「その髪は、雨が止んだらすぐ戻るの?」
「一日寝たら、復活するのです!」
ユキはニット帽を気に入ってはいるが、早く髪型が戻って解放されたいようだ。食事をしつつ、そんな会話をしていたら完全に雨音が聞こえなくなっていた。
食事を終えてテントの外に確認に出ると、もう霧雨程度の状態だった。
「こりゃ、もうすぐ止むね」
「やっと雨が終わるです」
「でも風邪引かないように、外套は着てた方が良いかな」
「あたし達は、風邪引かないのです」
「へ? 何でさ?」
「状態異常無効なのです」
「マジで……。風邪も無効なの!?」
「はいです。でも濡れると気持ち悪いから、外套は着るのです」
「ら、らじゃーです……」
どうやら、風邪も引けない体になっていたらしい。一番最初に思い浮かんだのは『それじゃ、会社休めないじゃん』だった。悲しき前世の考え方である……。
そういえば前にユキを起こした時に、寝汗をかいていたから風邪引くよって言った時は、何も言われなかった。ユキに聞いてみると、寝起きだったのと、ニット帽がべちゃべちゃなのを見られて不機嫌だったから、言わなかったようだ。あまりユキの機嫌を損ねると、大事な情報を教えてもらえないかもしれない……。気を付けよう。
微妙なモヤモヤ感を持ちつつ片付けを済ませて、また移動を開始する。
途中で何度か休憩を挟み歩いていると、完全に雨が上がった。一旦止まって外套を脱ぎ、バッグにしまう。
「久しぶりに、外套無しで移動だなあ。ちょっと体が軽く感じるよ」
「でも温度調整のお陰で、快適だったです」
「そうだね。温度調整が無かったら、もっと辛かったかも」
やっと外套から解放されたが、温度調整にはかなり助けられた。
ここで改めてマップを見て、行き先を確認する。すると、検索に登録してあった印が複数現れた。ギャク苔だ。雨で萎んでいたのが、元に戻っているようだ。
「ユキ。ちょっとだけ寄り道させて」
「ん? 良いですけど、何でです?」
「マップに、ギャク苔が出てるんだよね」
「なるほどです。りょーかいなのです」
ユキに目的を伝えて、ギャク苔の採取に向かう。数ヶ所回って、ギャク苔も十分採取出来た。
特にギャク苔はターゲットではないし、ギルドの掲示板でも見たことはない。それでも色々集めて持っておきたいのは、俺の好きだったゲームの影響かもしれない。
素材を集めてクラフトして納品するというのを繰り返して進めるゲームだったので、その癖が残っているんだと思う。
錬金袋Sランクのお陰で荷物も無限に持てるし『あの時採取しておけば!』と、後悔したくない気持ちもあるように思う。
採取とか、あのゲームみたいだなあと思うのは良いが、セーブポイントもコンテニューも無いことだけは、絶対に忘れてはいけない。今の俺に、やり直しは無いのだ。あのハイオークとの一戦は、心の何処かに必ず持っていなくてはいけないことなのだ。
そんなことを考えながら、採取を終了した。またイベリスに戻る移動を始めようと思ったら、ユキが叫んだ。
「ヤマトさん! 虹です! あそこなのです!」
「お! マジか! ……あれ、虹なの?」
「何を言ってるのです? どう見ても虹なのです」
ユキが指差す方向に、地球と同じく七色の光がある。が、真っ直ぐ上に伸びているのだ。
「地球のと違うなあ……。違和感が……」
「そうなのです? 地球とは、何が違うのです?」
「色は七色で一緒だけど、こうアーチを描くんだよ」
そう言って空中に形を示した。
「フルールでは、真っ直ぐの虹しかないのです」
「そっかあ。まあ、その内慣れるでしょ」
「ちなみにあの虹の下には、雨上がりにだけ出る植物のレイニーがあるです」
「マジか! 採取しに行こうよ」
「また寄り道して良いのです?」
「折角だから採取して、検索に登録もしたいし。計算上5日余裕あったし、大丈夫でしょ」
「そうだったです。昨日計算したです」
「じゃあ、レイニー採取に出発!」
「おー、なのです!」
結局、また寄り道することになった。本当にウチのパーティーは、のんびりだ。
◇◇◇◇◇
「おお! めっちゃ綺麗な花だなあ」
「これが雨上がりのレイニー、レインボーフラワーなのです」
「結構戻っちゃったけど、来た甲斐があるよ」
今日進んだ道を、かなり戻ってきてしまった。それでも綺麗な花に癒されて、気分は良い。
「この花は採取した時の姿で固定されて、枯れないのです。虹は消えてしまうです……ザンネン」
「そうなんだね」
「なので、この花は今が採取のタイミングなのです」
「オッケー! 採取しまーす」
見つけたタイミングによっては、まだ蕾だったり、もう枯れ始めていたりするらしい。やはり綺麗に咲いているタイミングで採取すると、高値になるようだ。
その後何度か虹を発見し、結局寄り道を繰り返した。結果、3本の綺麗に咲いているレインボーフラワーを採取出来た。
タイミングが大事だというので、虹を発見したら急いで向かったのだが、枯れている場合もあった。そこまで長い時間、虹が出ている訳ではないようだ。咲いて枯れるまでのサイクルが早いので、蕾で見つけた場合は少し待っていると、綺麗に花を咲かせていた。
この花は、その美しさから美術品としての取引が多いようだ。枯れない花なので、壊してしまわない限りずっと飾っていられるようだ。
寄り道で最終的に野営の場所は、今日進む予定の半分の辺りになった。それでも予定の半日ズレなので、まだ4日と半日は余裕がある。また明日から移動を続ければ、問題無いだろう。
◇◇◇◇◇
「よっしゃー! これで5匹確保なのです! ヤマトさーん! ゲットしたですー! ……ヤッタネ」
「良かったねー! 早く戻っておいでー!」
俺は今、吊り橋のところで一人休憩をしている。ユキはというと、
何故こうなったのかを説明しよう。
あれから順調に移動して、1日と半日かけて吊り橋まで戻ってこられた。ちなみにユキの髪は、昨日の朝には元通りになっていた。やっとニット帽から、解放されている。
吊り橋に着いた時、野営までまだ時間があるので少し休憩してから、また移動するつもりだった。だが今度は、ユキが寄り道のお願いをしてきたのだ。
「ヤマトさん。また川に来れるかわからないので、ニジマッスをゲットしたいのです」
「へ? この前ゲットした5匹、そのまま残ってるよ?」
「あと5匹は必要だと思うのです。あたしは寄り道しちゃダメなのです? ……ショボン」
「うっ……俺も散々寄り道に付き合わせたし、ユキの寄り道だけダメは無いよな……。わかったよ。でも俺は戦力にならないから、ユキ一人で行ってね」
「もちろんなのです! 行ってくるです!」
「気を付けるんだよー」
という会話が、あったのだ。そして先程、無事に5匹目を確保したようだ。人型に戻ったユキが、ニジマッスを抱えて戻ってきた。バッグにしまっておこう。
「ユキ、タオルで拭かないと風邪引く……ことは無いのか。でも、寒さは感じるでしょ?」
「はいです……。少し冷えたのです……サムイ」
「今日は、ここで野営だな。今テントと魔道寒暖機を用意するから」
「ありがとうなのです……クシュン」
以前は水位も低く、簡単にニジマッスを確保出来ていた。今回は雨が5日間降った後なので、かなり水かさが増してる。ユキは濡れることも気にせず、川に入って確保することにしたようだ。結果、寒がっていると……。ウチの相棒は食べ物のことになると、突っ走る傾向にあるのだ。
少し早めだが、そのまま野営に入ることにした。
まだ夕食までは時間があるので、今回確保したレイニーの整理をしようと思う。イベリスに戻ったら、買い取りに出す予定である。整理と言っても、錬金袋はステータスパネルで入っているものがわかるので簡単だ。
アマッタケ 5本
しずく花 6本
キングレインリザード青 1匹
コライオン 1匹
レインボーフラワー 3本
レインマイマイの殼 12個
レインリザード青の皮 2枚
レインリザード赤の皮 1枚
魔石は、使い道が沢山あるので除外した。アマッタケは、全部食べるつもりだ。雨羊の皮は、ちょっと考えていることがある。
しずく花、レインボーフラワー、レインマイマイの殼は、各2個を残して売ろうと思う。レインリザードは赤、青を1枚ずつ残そうと思う。
レイニー素材は、今のところ使う予定は無いのだが、また取れるとも限らないので残しておくつもりだ。やっぱり、ゲームの癖なのだろうか……。
そのまま、錬金もすることにした。蛙の皮を錬金素材に使って、レイニー素材を全てAランクにした。これでイベリスに戻ったら、すぐに買い取りに出せる状態だ。
ただアマッタケは、アワセ茸を使って茸という分類で錬金した。アマッタケは食べる予定なので、蛙の皮を使うのを躊躇った。べつに蛙の皮を食べる訳ではないのだが、気分的に嫌だったのだ……。
その後、夕食を済ませて休むことにした。
◇◇◇◇◇
次の日から寄り道もせずに2日かけて、イベリスが見える辺りまで戻ってこれた。依頼を受けてから11日目である。無事に期限内に帰ってこれた。
「よーし。もうすぐでイベリスだ。夜になる前に着けそうで良かった」
「久しぶりのイベリスなのです」
「本当だねえ。明日からは依頼を受けずに、少し休みにしようかなあ」
「そういう日も、大事だと思うです」
ユキも賛成のようなので、休みにしようかと思う。でも先ずは、薬師ギルドに報告をしに行こう。
夕方の遅い時間に申し訳ないが、依頼数以上に確保してきたのでエルダさんも喜んでくれるだろう。
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