第35話 かっこよかったよ……

 興奮状態のレインリザードから離れて、他の魔物を探す。マップにはウォーターフロッグの印が二つと、名前無しが一つ表示されていた。


 名前無しを確認しようと向かっていると、ウォーターフロッグの印が一つ消えた。たぶん、自滅したのだろう……。


 名前無しの印が表示されていた場所に来たのだが、魔物が見つからない。


「あれ? この辺なんだけどな。ユキわかる?」


「はいです。あいつは、見つけにくいのです。あたしは気配察知で、わかったのです……エヘン」


「流石ユキだね」


 ユキはご機嫌でしっぽを振りながら、魔物の位置を教えてくれた。ユキは木を指差すが、俺にはわからない。木の枝と言われ、よく見ると若干動いている。どうやら、木の枝に擬態しているらしい。


 魔物の確認にもたついていると、もう一つの印だった、ウォーターフロッグが近付いてきた。


「ヤマトさん。このまま見てるです。あの枝が動くのです」


 そのまま見ていると、ウォーターフロッグが木に近付いた時、枝が飛びかかった。


「おっ! 動いた!」


パンッ


 ウォーターフロッグは破裂した。


「ああ、また蛙が破裂したよ……。じゃあ、あの枝が名前無しの魔物だね。よく見ると、あれは蛇かな?」


「正解なのです。あいつの名前は、レインリザードイーターウォーターフロッグキラーレインスネーク、通称レインスネークなのです。ふう、噛まずに言えたのです……ヤッター」


「何で……」


「ん? ヤマトさん?」


「……何で、こんなに長い名前付けるんだよー!」


「あたしに言っても、ダメダメなのです。昔の人が名付けたので、仕方ないのです」


「……すまん。取り乱してしまった……」


 イラッとするほど長い名前を、検索に登録した。こいつは、蛇と呼ぼう……。


 この蛇の特徴は名前の通りで、あの蛙の天敵らしい。自滅する上に天敵までいるとは、ちょっと蛙が可哀想だ。


 蛇の大きさは20センチほどで、魔物にしてはかなり小さい。色は木の枝に擬態するため、茶色や黒が混ざった色をしている。そのため、素材は不人気で、小さいので肉も態々食べないようだ。


 レインリザードの天敵である蛙しか狙わないので、他の魔物や人には無害である。そのため、狩らない方がレインリザードが生き残る確率が上がるため、冒険者からは好かれる魔物らしい。


「なるほど。冒険者から好かれる魔物なんているんだね……」


 破裂した蛙の魔石と皮を回収して、またレインリザード探しに戻ることにした。


 暫く歩くと、レインリザードを発見出来た。しかし、様子がおかしい。


「あれ? あのレインリザード、麻痺してる? 体も紫色だし……。かなり気色悪いね……」


「はいです。なので、不人気なのです。たぶん、何か獲物を食べた時に、一緒にシビレ草も食べたのだと思うのです」


「……何か午後からは連続で、ハズレ引いてるね」


「ハズレ祭りなのです……イヤダ」


「こんな小出しにハズレがくるなら、大きなハズレ一回で済ませてくれれば良いのに!」


「ヤマトさん。あたしは、ハズレ一回でも嫌なのです」


「……ごもっともです」


 あまりにもハズレが続いたので、俺の考えが少しバグを起こしたようだ……。その一言が引き金だったのか、ここで最大のハズレを引くことになった……。


ピカッ ドゴンッ ゴロゴロ ゴロゴロ


「うわっ! 雷か!? まあまあ近くに落ちたかも。こえー」


「わーにん!」


「!」


 これはユキと決めた合言葉だ。この言葉を叫んだら『命の危険がある緊急事態』というサインである。極力会話はせず、ユキの指示に従うのがルールだ。


「盾装備、マップ注目、全力防御なのです!」


 ユキの指示通りに盾を構えマップを見ると、画面の端から凄い速さで近付いてくる魔物がいた。名前の表示は無い。


「こんなに近くにコライオンが出るとは、ついてないのです……」


(コライオン? 子ライオン? いかん! 集中!)


 ユキは短剣を構え、真正面を見据える。


ピカッ バリバリ バリバリ


「ガオーーーン」


「来たのです!」


 雷を纏ったような光を放つ魔物が、凄まじい速さと爆音で走ってくる。俺は盾を構え、衝撃に備える。ユキが俺の前に出て魔物を牽制すると、魔物は攻撃せずに走り抜けた。


ドンッ


「くっ!」


 盾に重い衝撃があった。魔物は全く触れていない。走り抜けただけで、体が後ろに持っていかれそうになる衝撃だった。すぐに振り返り、また盾を構える。


 マップを確認すると、かなり遠くまで走って行ったようだ。逃げたのか? と思い、防御を解こうとする。


「まだなのです!」


「!」


(気を抜くなバカ! ユキの表情が、こんなに強張ってるなんて、あいつは相当の強さだろ!)


ピカッ バリバリ バリバリ


「ガオーーーン」


「来るです! 一撃で決めるのです。ヤマト流短剣術奥義なのです」


 ユキは短剣を構え、力を溜めるように体勢を低くする。


(……ちょっと待て! それはフラグの時にネタで作った技だろ!?)


 魔物はユキに向かって、光と爆音を放ちながら突進してくる。


「ガオオーーアーー」


 ユキは低い体勢から、一気に力を解放するように魔物へ向けて走り出した。全身全霊の一撃を放つべく、その足を大地に踏み込む。


白狐びゃっこ雷鳴突き! なのです!」


ピカッ ドゴンッ バリバリ ゴロゴロ


 ユキと魔物がぶつかると、また雷が爆音を響かせて落ちた。凄まじい衝撃波に襲われる。


「くっ、うおー!」


 前傾姿勢で盾を構え、必死に堪えるが数メートル後ろに持っていかれた。雷の光で一瞬目が眩む。少しずつ回復し、うっすら見えてきたところで、ユキの安否を確認する。


「ユキー!」


 ユキは、ゆっくり振り返った。魔物は、眉間に短剣を突き刺された状態で動かない。


「やっ……」


(……待て! もしやこれは、フラグのシチュエーション!? あの言葉は言うな!)


「やっぱり奥義は最強なのです! ……キマッタ」


 魔物は、その場に崩れ落ちた。


「お、おう。かっこよかったよ……」


 ユキは、フラグを忘れていたようだ。もしかしたら、前に俺がフラグは駄目と言ったのを守ってくれたのかもしれない。聞いてみようと思ったが、忘れていた場合は思い出してしまうので止めておいた。


 近くで魔物を見てみる。


「さっき、こいつの名前をコライオンって言った?」


「はいです」


「うーん……。どう見ても、虎なんだけど」


「だから、そう言ってるです。虎で雷の音なのです」


虎雷音コライオンなんだ……。昔の人、変な名前付け過ぎだよ。虎かライオンか、わからん……ヤヤコシイ」


 コライオンは虎の魔物だった。これもレイニーで、雷が落ちると現れる。見た目は虎で色は金色に近い。虎柄も黒で入っているが、稲妻のようなギザギザ模様である。今は光っていないが、生きている時はバリバリと音を鳴らし雷を纏っている感じだった。


 凄まじい速さからの体当たりは、雷を纏ったような体もあって、擦るだけでも相当なダメージになるようだ。それ以外にも、爪や牙の攻撃も十分致命傷になる。


 速さだけなら、ユキよりも速いらしい。なので、ユキはスピードで翻弄されて、雷で細かくダメージを受ける前に勝負に出たようだ。


「ユキさあ。何で奥義使ったの? あれは、あくまでも『地球ごっこ』の技じゃん」


「違うです! あれは本当に奥義なのです。あれをやると、めちゃくちゃ集中力が上がるのです。一撃で決めるには、集中力が必要だったのです! 奥義は使っちゃダメなのです?」


 ユキは大真面目に、奥義を使っていたようだ。本人が使い易いなら、問題無いかと思った。


「……ユキ左衛門よ。お主はヤマト流短剣術、免許皆伝じゃ。これからは、己の道を行くのじゃ」


「ん? ……あ! ヤマト師匠、ありがとうでござるです。せっしゃフルールいちの剣豪になるでござるです……ニンニン」


「ふむ」


 いきなりぶっこんだ地球ごっこに、ユキは対応したようだ。普段の野営で、無駄な地球知識を聞かせている賜物だろう。ちょっとだけ、くノ一が混ざっていたりするが……。そこは、ご愛敬である。


 あんな恐ろしい魔物と戦った後での急なコントに、落差が半端ない。やっぱり俺達は、ゆるーいパーティーである。


 コライオンは、体長4メートルほどある。ユキは何とか解体出来そうだが、素材が駄目になるかもしれないから、プロに任せようと言った。俺もそれに同意する。コライオンは、そのままバッグに入れることにした。


 今回は、緊急事態の合言葉に助けられた。あの速さの魔物が来るまでに、俺が一々ユキに質問していたら、防御姿勢を作る前に攻撃されていただろう。


 あの合言葉は、俺がサマシ苔ダンジョンで死にかけた数日後に作ったものだった。


◆◆◆◆◆


「ヤマトさん。地球の言葉で、緊急事態を表す言葉って何です?」


「急に、どうした!?」


「あたしが緊急事態を察知した時に、ヤマトさんにだけ伝わる合言葉を叫ぼうと思うのです」


「ほう」


「あたしが一方的に指示を出すので、従って欲しいのです。その時は、基本的に質問無しでお願いするです」


「……なるほど。質問する時間も無いほどの、超危険な状態ってことだね」


「その通りなのです」


「了解。じゃあ何にしようかな……。エマージェンシーは?」


「えまーじぇんしー! ……ちょっと長いのです。短い言葉が良いのです」


「じゃあ、コーション」


「ポーション?」


「間違いそうだね……。じゃあ、ワーニング」


「わーにん! 叫びやすくて良いと思うです。これにするです」


「ちょっと違うけど、ユキが言いやすいのが一番だな」


「もしもの時には叫ぶのです。でも、、使うことも無いかもです」


「そうなの? 使わなかったとしても、もしものために決めて良かったんじゃない?」


「はいです。合言葉かっこいいのですう……キラキラ」


「……ご機嫌だし、まあいいか」


◆◆◆◆◆


(あれ? 合言葉決めた時に、使わないって言ってたよな。……ユキさん、フラグ回収してますけど! 念願のフラグなんですけど! 秘密にしておこう……)


「ヤマトさん、どうかしたです? どこか痛めたです!?」


「大丈夫。どこも痛めて無いよ。ユキの奥義、決まったなあって思ってさ」


「他の奥義も、いつか使いたいのです! ……キラリ」


「……あっ。他にも奥義教えたね……」


 また強敵に出会ったら、ユキの奥義が

炸裂することだろう……。


 気を取り直して、野営までもう少し探索しよう。

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