第32話 ……てか、髪どうした!?

 昔の記憶から、魚の捌き方を思い出す。まずは鱗を取る。魚の尾から頭に向けて、包丁の刃先や、背を使って何とか取れた。腹を割き内蔵を取り出し、腹の中を水で洗った。


「ふう。何とか出来たけどさあ。このサイズじゃ、串に刺して塩焼きって訳にもいかんよなあ……」


 テレビ番組知識を、記憶フル回転で思い出す。


「……バター焼き。唐揚げ。フライ。うーん……やっぱり三枚おろしは、必須なのかあ。出来る気がしないんだが……。でも、やるしかないよなあ」


 記憶を頼りに三枚おろしに挑戦するが、出来はイマイチだった……。まあ、気を取り直して味で勝負だ!


 バター焼きは、バターが無いので却下。唐揚げは、片栗粉があるから出来そう。フライも、小麦粉とパン粉で何とか出来そうだ。卵があればフライにも使えるし、タルタルソースを作ってつけたかったが残念だ。今回は、醤油かソースで食べることにしよう。


 フルールの謎の一つなのだが、何故か調味料系が充実している。片栗粉と小麦粉は、名前もそのままだ。醤油はショーユーで、ソースはソースーという。


 地球と同じ名前や似た名前ばかりで、本当に地球からの転生者は俺が初めてなのか、若干疑問だ……。


 以前レナードさんが、レシピと一緒に調味料を用意してくれた。そのお陰で調味料を沢山知ることが出来て、地球の料理の再現にとても助かっている。


 最初に行った町がイベリスで、本当に良かった。別の国や別の町の近くに転生していたら、全く違った生活をしていたかもしれない……。


 材料も何とかなりそうなので、記憶フル回転で思い出した料理の作り方を整理してみる。まずは下準備でニジマッスを切り身にして、塩を振って少し置き、水気を取っておく。


 唐揚げは、すりおろしたショウガンとショーユーを混ぜたものに、出発前の市場で新たに発見した食材のニンニクンをすりおろして入れる。これは、地球のニンニクだ。そこに、下準備したニジマッスの切り身を浸して少しおく。その後、片栗粉を全体に付けて油で揚げる。


 フライは、小麦粉を水で溶いてドロッとしたものを作り、下準備した切り身全体に付ける。次にパン粉を全体に付けて、油で揚げる。


「うん。完璧に思い出したな。これなら、いける? 何事もチャレンジだな。やってみるか! てか、俺ってこんなに記憶力良かったっけ?」


 テレビ番組やゲーム、ネット小説などで、色々使えそうな知識はあったと思う。しかし、全てを覚えているわけではない。ひとつ気になるのは、転生の時の条件『地球での記憶を持って転生』である。


 もしかしたら、俺が見聞きした記憶が全て引き継がれて転生したのかもしれない。それならば、覚えていないことでも思い出そうとしたら、自分の記憶から引き出せるのだと思う。じゃなきゃ、こんなに料理のレシピを覚えているはずは無いのだ……。


 初めてケチャップを作った時の違和感は、これだったのだと思う。作ったことがないもののレシピを思い出すなんて、謎すぎたのだ。


 地球で俺が見聞きした27年間の経験が、覚えていなくても引き出せるなら、記憶の引き継ぎは凄まじいチート能力だったようだ……。


「たぶん、この予想で合ってる気がする……。俺が見聞きした記憶しか思い出せないとしても、これは破格の能力だな。もし悪い輩や権力者に知られたら、知識チートで死ぬ程こき使われそうなんだが……コワイ。本当、気を付けなきゃなあ」


 色々不安になりつつも、粛々と料理を進めるのだった……。


◇◇◇◇◇


「ユキお待たせー。出来たよ。うわっ!?」


 振り返ると、ユキが真後ろにスタンバイしていてビックリした……。全く気配を感じなかったのだ。これが隠密か!?


「今日は、魚料理のヤマトさんオリジナルなのです! とても楽しみなので、近くで見ていたのです!」


「そ、そうなんだ……。また時間かかっちゃったし、お腹ペコペコでしょ? ごめんよ」


「大丈夫なのです。あたしはヤマトさんオリジナル料理のファンなので、ここでも待てる子狐だったのです!」


 自称待てる子狐ユキは、料理を全くしないけど、急かしたりもしないので助かる。俺の素人料理でも美味しく食べてくれるし、作り甲斐がある。


「こっちは唐揚げで、味がついてるからそのまま食べて。もうひとつはフライで、ショーユーかソースーを付けて食べてみて」


「はいです。いただきますです」


「では俺も、いただきます」


パクっ



「うん。臭みも無いし、両方ともちゃんと揚がってる。上手く出来た」


「どっちも美味しいのですう。ヤマトさん! 帰るまでに、ニジマッスを何匹かバッグに入れても良いです? 作るの大変そうだったし、嫌です?」


「作るのは大変だったけど、嫌じゃないよ。俺もまた食べたいし、何匹か持って帰ろう」


「やっほーい! ありがとうなのです!」


 またユキにリクエストされる候補の料理を、作ってしまったようだ。在庫を切らして、キレられないようにしなければ……。


 食事が終わり、夜はお決まりの地球の話をと思ったが、ユキの髪に寝癖? のようなところがあって気になった。


「ユキ。何か髪が寝癖みたいになってるよ」


「え? ……あ! これは、もしや……。ヤマトさん! 今日は早く寝て、早く起きるのです!」


「ん? 良いけど何かあるの?」


「明日にならないと、わからないのです……。でも、忙しくなるかもなのです!」


「よくわかんないけど、まあ良いか。じゃあ寝ますかね」


 ユキが何かに焦っているような感じだが、理由がイマイチわからない。とりあえず明日になれば、わかるようなので今日は休むことにした。


◇◇◇◇◇


「うーん。朝かあ。……あれ? この音は?」


「ヤマトさん。おはようです」


「え!? ユキが起きてる!? ……てか、髪どうした!?」


 ユキが先に起きてることに驚いたが、さらに驚いたのがユキの髪がパーマをかけたみたいになっていたことだ。


「今日は雨なのです。何故か雨だと、あたしの髪はクルンクルンになるです……グスン」


 昨日ユキが寝癖みたいになっていたのは、雨の前兆だったようだ。本人的には嫌みたいだが、そんなに変な髪型ではないと思うのだが……。まあユキが嫌なら、ここはそっとしておこう。


「うわあ、雨かよ……。そういえば、フルールに来て初めての雨かも」


「フルールの天気は、ほとんどが晴れか曇りなのです。雨は、たまにしか降らないけど、一度降ると最低でも3日間は止まないのです。長い時は、7日間降ったりもするです」


「マジかあ……。そんなに連続で降ったら、水害とか起きそうじゃん。大丈夫なの?」


「水害対策は、どの町でもされているので、もーまんたいなのです」


「それなら良かった。てか、昨日言ってた忙しくなるって何さ?」


「はいです。説明するです」


 ユキの説明によると、雨の日にしか現れない魔物や、植物が幾つかあるようで、どれも珍しいので買い取りが高いのだそうだ。依頼の魔物を狩りつつ、それらを見つけられたら良い稼ぎになるだろうとの事だった。


 ちなみに、雨の日の特有の魔物や植物を『レイニー』と呼ぶそうだ。


「なるほど。じゃあ朝ご飯食べて、早速レイニー探索に行きますか」


「はいです!」


 今日は雨のため、外で料理が出来ない。テントの中での料理は危険なので、保存食で朝食を終えた。保存食といってもバッグのお陰で出来立て料理なので、今日も温かい料理を美味しくいただきました。


 片付けをして探索の準備をする。探索中に雨で体が冷えると良くないので、しっかり外套を着ることを忘れない。二人とも温度調整の機能付きなので、寒さ対策はバッチリだ。最後にテントをしまって探索に向かう。


 昨日見つけた吊り橋まで行き、川を覗いてみると昨日より水かさが増していた。


「川の水が増えてるなあ。最低でも3日間は降るなら、水かさが凄いことになりそうだね」


「はいです。1日2日で止んだことは、ほぼ無いのです。この吊り橋までとは言わないですが、かなり増えるはずなのです」


「そっかあ。雨が止んでから、すぐに昨日のような川に戻らないよね?」


「徐々に減っていくので、何日もかかるです」


「じゃあ、今のうちにニジマッス確保しとく?」


「そうだったのです! ニジマッスの確保は、最優先事項なのです! 行ってくるです!」


「……最優先事項は、依頼の魔物だからね」


 食いしん坊キャラのユキさんは、ダッシュで川へ降りて行った。俺は登るのが大変なので、その場で待機だ。待つこと数分で、ユキはニジマッスを5匹抱えて帰ってきた。バッグにしまって、吊り橋の先を探索しに向かった。


◇◇◇◇◇


「レイニーが、なかなか見つからないねえ」


「まだ初日なので、出現率が悪いみたいなのです」


「まあ、こればっかりは仕方ないよね。でも、別の新しい植物も採取出来たし、何より依頼の魔物が揃って良かったよ」


 今はテントの中で昼食を終え、少し休憩中である。


 レイニーを探していたのだが、マップに表示されるのはベアー、オーク、ハイオークだった。ユキが鮮やかに仕留めてくれて、依頼である2匹ずつをクリア出来た。


 俺が死にそうになったハイオークでさえも、ユキの敵ではなかった。でも今日のユキは髪が気になるのか、戦いながら髪を気にしてばかりだった。本人は余裕なのだろうが、見ている方は少しヒヤヒヤした……。


 依頼終了の期間までまだあるので、薬師ギルドから借りたマジックリュックがいっぱいになるまで狩ろうと思う。その方が、エルダさんも喜んでくれるだろう。もちろん、稼ぎが増えるのが一番良いことだが。


 新しく採取出来た植物は、シビレ草、イッタ草、ギャク苔という3種類だった。


 シビレ草は麻痺の効果があり、魔物を狩る時に使ったりするようだ。また薬にもなるようで、薬師が調合すると麻痺消し薬になる。『毒薬変じて薬になる』だったか? 諺的な言葉は難しい……。


 イッタ草も同じようなもので、毒にも薬にもなるそうだ。毒の場合は、全身に刺すような痛みが出るらしい。実に恐ろしい……。薬の場合は痛み止めになる。頭痛、歯痛、痛む肩こり、腰痛、腹痛など、色々効くようだ。便利な薬だ。


 そしてギャク苔だが、これは雨の日じゃなくても自生している苔なのだが、雨の日特有の光景が見られる苔である。


 普通の苔は、ある程度水気を好むのだが、ギャク苔は濡れると萎んで隠れてしまう。枯れるわけでは無いので晴れると戻るようだが、雨の日は見つけにくくなる苔だそうだ。


 ちなみに、先程の毒を薬にする調合に使われるのが、このギャク苔のようだ。逆の行動が毒を薬に逆転するらしい。異世界の植物は謎が多い……。


「そろそろ、行きますかあ。午後からも頑張るぞー!」


「おー! なのです!」


 気合いを入れて探索に出たが、結局今日はレイニーには出会えなかった。また明日、頑張ろう。

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