第31話 ……おユキは居るか?

 夕食の下準備を済ませて、森の奥に進む。ランタンの魔物避けがバッチリ効いて、一度も戦闘が無く快適だ。


 今日の夕食は、ユキがリクエストしたハンバーグを作る。下準備をしているとはいえ、作るのに時間がかかる。なので、まだ野営には少し早いが、準備することにした。


「よーし。ちょっと早いけどハンバーグを作るから、この辺で野営にしよう」


「うきょー! ついにハンバーグが食べられるのです!」


「いつもの料理より、少し時間かかるけどね……」


「あたしは、待てる子狐なのです」


「じゃあ、これヨロシク」


「かしこまりーです」


 ユキにマジックテントを渡して、設置してもらう。その間に俺はテーブルや調理道具、食材を準備した。


 今回のハンバーグの肉は、ユキが狩って来たフォレラビと、下準備で冷蔵庫ポーチに入れていたウルフ肉を玉ネッギで柔らかくしたものを使う。


 柔らかくしたウルフ肉を少なめに入れて、少し歯ごたえを出してみようと思った。なんて格好つけているが、ウルフ肉の在庫が多いので利用したいのだ。上手くいけば、ウルフ肉の消費も増えるはずだ。


 まずは昼間に準備した、ケチャップの材料が入った鍋を火にかける。煮込みながら、ハンバーグの仕込みをしてみる。同時作業なんて普段しないので若干不安だが、ストック分も含めて多めに作ろうと思うので時間短縮にチャレンジだ。


 肉の分量はフォレラビ肉を8割、ウルフ肉を2割の割合にしてみた。両方の肉を、ひたすら細かく刻んでいく。包丁二刀流だ。細かく出来たら、昼間に準備しておいた刻んだ玉ネッギとパンを削ったパン粉を混ぜて、これまたひたすらこねる。


 途中でケチャップの鍋をかき混ぜたり、様子を見ながら奮闘している。時間短縮しようと頑張ってはいるが、そこは素人料理。やはり時間がかかる。早く食べたいだろう相棒のチラ見を感じつつも、自称待てる子狐は催促もせずに待ってくれている。


 何とかケチャップも煮詰め終わり、ハンバーグのこねる作業も終わった。あとは、成形して焼く作業だ。夕食に食べる分だけ成形して、残りのタネはバッグにしまった。次に食べる時は成形からなので、かなり楽だ。


 今日は1人2個焼こうと思う。フライパンは大きめなので、4個焼き始める。ひっくり返して、中までしっかり火が通るように焼いていく。


「あれ? ハンバーグが割れちゃった。空気が抜けて無かった? それとも、こねるのが甘かった? うーん……」


 素人が同時作業なんてして、作業が甘くなってしまったようだ。普段は、レナードさんの細かい手順が書いてあるレシピで、上手く出来ていた。それを料理が上手くなったと、勘違いしてしまったようだ……。


 見た目が多少残念な感じになってしまったが、今回は味のバリエーションでカバーする。


 もう少しで完成というところで、2個のハンバーグに薄くスライスしたチーズを乗せる。地球のチーズのように、とろける感じよりは少し固い感じだか、熱が入り多少溶けているので概ね成功だろう。


 残りの2個は、別の味にチャレンジだ。市場で見つけた新しい食材を使う。デェーコンとユズンとオーバだ。地球の大根と柚子と大葉である。昼の下準備の時に完成している。


 ユズンを搾った果汁に調味料を加えて、柚子ポン酢もどきを作る。デェーコンおろしを作り、そこに柚子ポン酢もどきをかける。これでおろしソースの完成だ。


 早速、皿にケチャップ&チーズハンバーグと、もう一つのハンバーグを盛り付ける。そのハンバーグにオーバをのせて、おろしソースをたっぷりかける。パンとサラダも用意して完成だ。


「よーし、オッケーかな。ユキお待たせー。出来たよ」


「やっほーい! ヤマトさん、ありがとうなのです!」


「……テンション高いわあ」


 ユキに、ハンバーグ二種類の味と、ウルフ肉の工夫を説明した。


「てことで、じゃあ食べようか」


「はいです! いただきますです!」


「どうぞ、召し上がれ。俺もいただきます」


パクっ


「お! なかなか良い食感。旨いじゃん」


「美味しいのですう。チーズの方は濃厚で、おろしソースの方はさっぱりなのです! ウルフ肉はレナードさんと作ったハンバーグよりも、歯ごたえがある肉が入ってるのです。これも良い感じなのですう」


 ウルフ肉は柔らかくしたとはいえ、やはり固い部分も一部ある。それが、なかなか良い食感だと思った。例えるなら、軟骨入りのつくねのような感じだろうか。


 以前テレビ番組で、食べ物を食べ物で表現するのは良くないと言っていた……。でも、この表現がしっくりくるのだ。どうやら俺は、食リポには向かないらしい……。


 ユキのリクエストに、無事応えることが出来て良かった。食後はいつも通り、テントで地球の話をして過ごした。


◇◇◇◇◇


 無事に朝を迎えて朝食を食べ、出発の準備をする。予定では明日の午前中に、依頼の魔物生息地に着くはずだ。


 今日も魔物避けのランタンを使い、余計な戦闘を避けて歩く。かなり順調だ。途中で昼食を作り置きで済ませて、また夕方まで歩いた。そろそろ野営の準備かと考えながら歩いていると、マップに変化がみられた。


「あっ、この先に川と橋がある。川原に名前が表示されない魔物が、1匹いるわ」


「それは、ターゲットかもしれないのです」


 ランタンを使いながら川に向かうと、ターゲットかもしれない魔物が逃げてしまうだろう。ここは、ユキに確認してきてもらおう。


 ちょうど昨日の夜に話した、地球ごっこネタが使えそうだ。俺はユキに背を向けて、話しかけた。


「……おユキは居るか?」


「ん? ……あっ!」


 俺の言葉に一瞬戸惑ったユキだが、すぐに理解して自分のリュックを漁り何かを取り出し準備をしている。そして、俺の斜め後ろで片膝をつく。


「はっ、殿。くノ一おユキ見参なのです……ニンニン」


 昨日の地球ネタは、忍者だったのだ。ユキはリュックからタオルを取り出し、忍者の頭巾のように巻いている。この巻き方もレクチャー済みだ。


「川に居る魔物が、標的かを確認してくるのだ。決して気取られるな」


「ぎょい、なのです……ニンニン」


 ユキは隠密状態になり、川に向かって走って行った。忍者は隠密が得意で、暗殺や情報収集のプロだと説明した。すぐにノリノリになったユキに、登場の仕方やセリフを教えたら、こんな仕上がりになりました。


 ちなみに走り方は、前傾姿勢で右腕が前、左腕が後ろに固定して走る方法だ。話し方といい、コントのような仕上がりになってしまった。流石にニンニンは、やり過ぎだったかもしれない……。


 少しすると、ユキから通信が入った。


『殿。こちら、おユキなのです。魔物の正体はフォレストベアー、通称ベアーなのです……ニンニン』


『よし、標的だ! おユキは、そのままベアーを見張ってくれ。これからランタンを使わずに、そちらに向かう』


『ぎょい、なのです……ニンニン』


 どうやら予定より早く、生息地に着けたようだ。森に入ってから、ずっとランタンの魔物避けを使っていたからか、かなり順調に進めていたらしい。


 ハンバーグ作りで早めに野営に入ったりしていたので、明日の午前中に着くのも怪しいかもと思っていた。戦闘を避けるだけで、こんなに時間短縮になるとは予想外だった。


 ランタンをしまい他の魔物にも気を付けて、マップを見ながらユキのところへ向かった。検索に、フォレストベアーを追加することも忘れない。魔物に遭わずに、ユキのところまで来れた。ベアーに気付かれないように注意しつつ、ユキの隣にしゃがんだ。


「え!? 川って、あんなに下にあるの? マップじゃ高低差までは、わかんないからなあ。てか、橋って吊り橋かよ……。めっちゃ怖そうじゃん……」


 今いるところから川は、ざっと25メートルほど下にある。何となくの感覚でプールの距離かな? という感じだ。ちなみに橋は少し短くて、20メートルほどの吊り橋だった。


「そんな事より、今はベアーだよな。……ん? この距離で、あのデカさ!? マジか。かなりデカイ熊だな。ベアーは何してんだろ?」


「魚を捕っていたのです……ニンニン」


「あっ、くノ一終了するの忘れてた……。はい、終わりー」


「くノ一楽しかったのですう」


 そう言いながらユキは、頭巾にしていたタオルを外してリュックにしまっていた。近くに魔物が居るのに、ゆるーい感じのやり取りが出来るのもユキの強さがあるからだろう。また痛い目を見ないように、気を付けねば。


「あの魚、大きいよね。食べれるのかな?」


「ベアーを狩ってから、魚も捕ってみるです?」


「そうだね。晩御飯になるかもだし」


「かしこまりーです。ベアー倒してきて良いです?」


 マップを確認すると、名前の表示が無かった印がフォレストベアーに変わっていた。川沿いに何体かベアーの印が確認出来た。


「ヨロシクー。あっ! 全身で納品するから、破損は少なめでお願いします」


「もーまんたい、なのです」


 ユキは隠密状態のまま、斜面を滑るように降りながらベアーに近づいていく。ベアーは一瞬ユキの方を気にする素振りをしたが、気のせいと判断したようだ。


 ある程度の強さがある魔物は、ユキの方を見た時に気付くと思うのだが、ユキの隠密がすごすぎるので姿を認識出来ないようだ。やっぱりユキは、暗殺者に向いている気がする。今回は忍者だったか……。


 ベアーは、捕った魚を食べるのに夢中のようだ。ユキは白狐びゃっこの短剣を抜き、一気にベアーに走りより駆け抜けた。次の瞬間、ベアーの頭は川原に転がっていた。


「ヤマトさーん。魚とりしましょうですー」


「食事中に昇天とは、ちょっと可哀想だな……。しかし、相変わらず鮮やかだねえ。俺には一生無理ですわ」


 女神の弟子であるユキのスキルは、Aランク以上なのだろう。ギルドカードには設定したスキルやランクを登録しているが、本当はSランク以上の強さなのだと思う。


 俺がベアーと戦うと勝てるかもわからないし、もし勝てたとしてもベアーは穴だらけになっているだろう。俺自身も、傷だらけかもしれないし……。今回は全身を納品する依頼なので、俺は完全に料理人枠なのだ。


 え? 普段から料理人枠だろって?


 はい、その通りです……。でも前にも言ったが、俺はそこまで地球で自炊してたわけじゃないんだが……ゲセヌ。


 俺は斜面をゆっくり降りて、ユキが綺麗に仕留めたベアーを、薬師ギルドから借りたマジックリュックにしまった。


 ユキは隠密状態で、今度は魚を捕ってくれた。大きさ的には鮭だし、熊が川で捕るなら間違い無いだろう。と思ったのだが、見た目が違う。フルールでいう、サッケではないようだ。


 地球でも見たことがある魚だと思うが、あまり詳しくない。調べるのが確実なので錬金袋に入れて鑑定してみると、ニジマッスと鑑定された。どうやら地球でいう、ニジマスのようだ。食用とも書いてあったので、今日の夕食にしようと思う。


 川原から斜面を登るのが俺には厳しそうなので、獣変化けものへんげしたユキに運んでもらった。


 少し戻った森の中で、野営の準備をする。ユキにマジックテントを任せて、俺は夕飯の準備を始める。せっかくなので、今日はニジマッスに挑戦しよう。しかし、魚など捌いたことはない。これまた、テレビ番組などの知識でいくしかないだろう。


「魚を捌く方法かあ……。テレビで観た気がするけど、思い出せるかね? うーん……」

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