第20話 それ、全部買ったら安くしてくれます?

「こんにちは。冒険者のヤマトです。ヴァニラさんにはギルドの受付で、お世話になっています。突然お邪魔して、すみません」


「あたしも、冒険者のユキなのです」


「いらっしゃい。寝たままで、ごめんなさいね。あの娘が人を連れて来るなんて、なんだか嬉しいわ」


 という訳で、ヴァニラさんの家に到着した。いきなり貸しを返してくれと言われ、家にまで来られて、ヴァニラさんは混乱中である。


 マリーさんの話の通り、ヴァニラさんのお母さんは体調が悪くて寝たきりのようだ。失礼ではあるのだが、寝室までお邪魔して挨拶をさせてもらった。どうしても会う必要があったのだ。


「そうだ。家にお邪魔するので、お土産を持って来たんです。これ、どうぞ」


 俺はヴァニラさんのお母さんに、液体が

入った1本の瓶を手渡した。


「これは?」


「薬です。今、飲んで下さい。体に悪かったり、ましてや毒なんて入っていませんから」


「はあ……」


「母さん。大丈夫だから、飲んでみて」


「あなたが言うなら、わかったわ」


 ヴァニラさんの介助を受けながら、お母さんは瓶の中身を飲み干した。


「……え!? 体が怠くない……。あちこちあった痛みも無いわ……。何で!?」


 俺が渡した瓶は、回復ポーションSランクだ。これには、病気などの体調不良も治す効果がある。


「か、母さん……。動ける?」


「え? 嘘!? 動けるわ!」


 今二人は、抱き合って泣いている。お母さんは、ほぼ寝たきりの状態が約1年だったそうだ。


 ヴァニラさんは仕事の時も昼休みに家に戻って介護をして、また仕事へ戻るという生活を続けていた。何とか、この生活を続けていたのだが、最近は無理が積み重なり仕事でミスを増やしていたようだ。


「ヤマトさん。また、貸しが増えましたね……」


「これはお土産なんですから、貸しは増えませんよ」


「……ありがとう」


 ここに来る前に、ヴァニラさんに伝えたのは「これから起こることを、絶対に口外しないこと。これが守れるなら、お母さんは元気になります」だ。何とも怪しい言葉だが、ヴァニラさんは信じてくれた。


 ヴァニラさん曰く、採取に行ったらAランク品ばかり持ってきたり、いきなりダンジョン制覇してきたり、半日かかる距離を2時間で帰ってきたり、あり得ないことばかり起こしてきて、不思議な人達と思っていた。


 でも、悪い印象や悪い雰囲気は感じないし、お母さんが元気になる可能性があるなら、信じても良いかと思ってくれたそうだ。


「お母さんは、寝たきりだったんです。いきなり無理はしないで、少しずつ動くようにして下さいね。また寝込んでしまったら、ヴァニラさんが悲しみますから」


「……はい。ヤマトさん、ユキさん、ありがとう。この娘に、こんな素敵な知り合いがいたなんて、女神様に感謝だわ……」


「じゃあ、ヴァニラさん! ここからは、貸しを返してもらいます」


「は、はい。何をすれば……」


「ユキのお腹が限界です。昼御飯をお願いします」


「お腹ペコペコなのです」


「え? それが返す貸しですか?」


「そうですよ。だから、料理が出来るかを聞いたんです。……あっ! あと、野営の時のレパートリーを増やしたいので、レシピも教えて下さい! これで、貸し借り無しです」


「ううっ……。本当にありがとう。今から作ります! 見ますか?」


「はい! 是非!」


「あたしは料理じゃなくて、食べる担当なのです」


ぐうー


「あっ、またお腹が鳴ったです……ハズイ」


「「「あはははっ」」」


◇◇◇◇◇


「おいしーのですうー」


「ヴァニラさん、美味しいです!」


「二人の口に合って良かった。私の故郷の料理なの。母さんも食卓で食事が出来たし、今日は良い日ね」


「本当だわね。お二人のお陰よ」


 ヴァニラさんの作ってくれた昼食を、四人で堪能中である。ユキは満足しているし、俺は大満足している。大満足と言ったのは今食べている料理が、とても懐かしい味だったのだ。


 ヴァニラさんが作ってくれた一品目は、ウルフ焼き肉の玉ネッギソースだ。ウルフ肉は安いのだが調理すると硬くなるので、あまり人気が無い。ヴァニラさんは節約のためによく使うそうで、その調理法も工夫がされていた。


 すりおろした玉ネッギにウルフ肉を漬け込んでから焼くと、肉質が柔らかくなるのだ。すりおろした玉ネッギは、炒めて調味料を加えるとソースになるという、実に合理的な調理法だった。


 そして二品目が、俺を大満足させたのだ。その名前は、ミーソスープ。そう、味噌汁だったのだ。しかも昆布と鰹節から出汁をとった、完璧な味噌汁だったのだ。


 ヴァニラさんの出身はイベリスではないそうで、田舎の郷土料理だと言っていた。イベリスには一軒だけ食べられる食堂があったのだが、つい先日店主が体調を崩して閉店してしまったそうだ。


 ちなみに材料の玉ネッギは玉ねぎ、ミーソは味噌、そのものだった。昆布はキョンブ、鰹節はキャツオ節、という名前だった。


 今回は、我ながら頭が回った。ユキがお腹を鳴らしたので、ヴァニラさんに昼食を作ってもらう。すると、ユキはご飯が食べられて満足。俺はレシピゲットで満足。ヴァニラさんは貸しが無くなり満足。と考えたのだが、一つ問題があった。ヴァニラさんのお母さんの体調だ。そこで思い付いたのが、回復ポーションSランクだった。結果的に四人満足で大成功だった。


(新しいレシピもゲットしたし、人助けにもなったし、最高だなあ。今日も、ぐっすり寝れそうだあ)


 なんて思いながら食事をしていたら、ドアが開いて猫獣人の男性が入ってきた。


「ヴァニラ、お母さん、今戻った……よ。って、この二人はどちらさん? え!? お母さん、起きてて大丈夫!?」


「あら、ジャバおかえり。この方達は」


「何で四人で食事? お母さんの具合が悪くなったら、どうするの? 見た感じ冒険者か? さてはヴァニラを狙ってるのか!?」


「ちょっと、何言ってんの!? 落ち着いてよ!」


「敵か!? 敵なんだな!?」


「落ち着いてって、言ってるでしょー!」


 ヴァニラさんの右ストレートが炸裂した。


◇◇◇◇◇


「すいませんでしたー!」


 目の前には、綺麗な土下座をした左頬を腫れさせた猫獣人がいる。この世界にも、土下座はあるようだ。ヴァニラさんが、意外に武闘派だったのには驚いた。


「ヤマトさん、ユキさん、ごめんなさいね。この子はジャバ。ヴァニラの幼馴染みで、私の息子みたいな者よ。優しい良い子なんだけど、そそっかしいのが玉に瑕なの……。昔から、こうなのよ」


「いえ、大丈夫ですよ。お二人のことが大切なのが、凄い伝わりましたから」


「本当、恥ずかしいわ……」


 ヴァニラさんは、そう言いながらも少し嬉しそうだった。


 ジャバさんは、イベリスの商会に勤めている商人さんだ。買い付けで町を出ていて、久しぶりに帰ってきたところで、こうなったようだ。


 それから、ジャバさんも一緒に昼食を食べた。仕事柄各地を飛び回っているので、色々な話が聞けて楽しかった。少しだけ仕事の愚痴も言っていた。ジャバさんとヴァニラさんの会話には、俺に有益な情報があったのだ。


「しかし、アロメロさんが店辞めてたなんてなあ」


「急だったわよね。厨房に立てなくなっちゃったみたいよ……」


「仕方なく閉店した人に、仕入れた物を買い取ってくれとは、言えないよなあ……。他の店では使わないものだし。でも、赤字出したら会長に怒られるし……。参ったなあ」


「家で使うにしろ、量多いんでしょ? 殆どダメになっちゃうわよね」


(この会話は……チャンスか!?)


「あのー、ジャバさん。それってミーソですか?」


「ええ、そうです。ミーソ、キョンブ、キャツオ節です。イベリスでは、アロメロさんの店でしか使わないものなんですよ」


「それ、全部買ったら安くしてくれます?」


「え!? ヤマトさん、本気ですか?」


「はい。本気です。ヴァニラさんにレシピを教えてもらったので、これからも作りたいんですよ」


「あ、ありがとうございます! 助かります!」


(よーし! 味噌、昆布、鰹節、ゲット! また色々作れそうだなあ。てか俺、料理にハマってきてる?)


 ここで昼食会はお開きになり、ジャバさんの働いている商会に買い物に行くことになった。家を出る時に、ヴァニラさんとお母さんに、何度も何度もお礼を言われた。


(俺って、人助けキャラじゃなかったんだけどなあ。地球での最後が、あんな感じだったからかキャラ変したのか? でも感謝の言葉は、嬉しいもんだなあ)


 店に着くと、ちょうど会長さんが居てジャバさんが経緯を説明した。すると、かなり安く売ってくれたのだ。丸々赤字になるはずの品物が少しでも黒字になるならと、とても喜んでいた。ジャバさんも、商品が無駄にならずに助かったと喜んでくれた。


 ジャバさんに荷車を借りて、品物を運ぶことにした。その場でバッグに、入れられないからだ。ジャバさんが運ぶのを手伝うと言ってくれたが、丁重にお断りした。それではバッグが使えないからだ。ユキと二人で、人気が無いところまで運んでからバッグにしまい、荷車を返した。


 今日は色々お金を使ってしまったが、嬉しいものに出会えたので良しとしよう。あとは、拾ったゴミを錬金したいので宿に向かう。


「ヤマトさん。回復ポーション使って良かったのです?」


「また作れば良いし、大丈夫だよ」


「そうじゃないのです。Sランクがバレるかもって意味なのです」


「ああ、そっちかあ。回復ポーションって言ってないから、ダンジョンで見つけた薬だと言い張れば、いけるかなと……。無理があるかな?」


「それなら、大丈夫かもです。ダンジョンで何を見つけたかなんて、本人にしかわからないのです。ヤマトさんも、誤魔化すのが上手になったのです」


「いえいえ、俺なんてユキ名人の足元にも及びませんよ」


「それは経験の差なのです……ドヤア」


「その経験は、あんまり褒められることじゃないけどねー」


「うっ!?」


 天狗になりかけた白い狐の鼻を、へし折っておいた。でもユキの誤魔化しのお陰で、かなり助かってるのも事実だ。これからも、色々と誤魔化してくれることだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る