第5話 ユキさんには、こちらを差し上げます
「ここが、おすすめの宿かあ……。見た目も綺麗だし、食事も美味しいらしいけど、名前がなあ……」
「ヤマトさん! 何を言ってるのです! 寧ろ名前が最高なのです! 絶対ここにするのです!」
マリーさんに聞いたおすすめの宿の前で、テンションが正反対の二人がいる。その宿の名前は『可愛い子狐亭』である。この名前だけで、ユキは異常にテンションが上がって、しっぽが左右に激しく振られている。狐も嬉しいと、しっぽを振るのだろうか? 獣人だからだろうか? さっきから、俺に当たって地味に痛いのだが……。とりあえず、入ってみることにした。
「いらっしゃい。食事かい? 泊まりかい?」
「泊まりです。あと食事も。料金教えてもらえますか?」
応対してくれたのは、人族の女性だった。宿の名前から、勝手にユキと同じ狐獣人が営んでいると思い込んでいた。思い込みは良くない。説明によると泊まりは、一人部屋一泊銅貨3枚が二部屋で銅貨6枚。二人部屋は一泊銅貨5枚だった。
食事は一食鉄貨7枚、泊まりの人は一食鉄貨5枚で、毎食メニューは二種類から選べる日替わりだそうだ。食べた時に料金を貰うので、食べない時の連絡も不要とのことだ。
「ユキ。節約の為にも二人部屋の方が良いと思うけど、どうする?」
「二人部屋で良いのです。……あれー? もしかしてヤマトさん、あたしが可愛いから一緒だと困るですう? ……ニヤリ」
「……はあーーー。すいません、二人部屋でお願いします。とりあえず10泊で」
「なんとっ! めっちゃ長いタメ息なのです……ガーン」
「あははっ、あんたら面白い二人だね。あたしは、ここの女将のオリガだよ。宜しくね。それで、食事はどうする?」
「お腹ペコペコです」
「ペコペコなのです」
「じゃあ昼は、あたしのおごりだよ!」
「「オリガさん、ありがとう」です」
オリガさんに気に入って貰えたようで、お昼をご馳走になった。マリーさんのおすすめの宿は、とても美味しい食事だった。宿泊費10泊分の銀貨5枚を払って、二階の部屋に案内してもらった。
「さてさて、とりあえず宿は確保したし、明日からは依頼を受けて稼がないとな」
「そうなのです。お金落とした分も、あたしは頑張るのです!」
「冒険者やるのに何か必要かな? 武器とか、アイテムとか」
「あたしは、この短剣があるです。ヤマトさんは、戦う必要はないのです」
確かに戦うなんて考えたこともない生活だったから、ユキがいるのはとても心強い。ただ、それを言うとユキは調子に乗るので言わないでおく。
明日からの依頼は、採取系か町の中の手伝い系にする予定だ。いきなり討伐系は、ハードモードすぎる。特に買う物を思い付かないが、店で見て気づくこともあるだろうと、二人で買い物に出かけることにした。
◇◇◇◇◇
店に入って気づいたことは、二人とも着替えを1枚も持っていなかったことや、ユキは荷物を入れるバッグすら無いことなど、買う必要がある物は多かった。ここまで気がつかないとは、何とも抜けていると自分でも思う。
何件か見て回ったが、安くて良さそうな物が沢山あったのは、マリーさんから聞いた店だった。やっぱり、新人冒険者の懐事情を考えてくれているんだなと感心した。
その店は冒険者向けの雑貨店で、この店だけで色々と揃えることが出来た。着替え、タオルなどの生活用品、革袋の水筒、採取に使うナイフや、取った物を入れる革袋などを買った。ユキには、それらを入れる革のリュックも買った。俺は錬金袋があるので、そこに全て入れることにした。
その時、まだ錬金を試したことが無いことを思い出し、ステータスパネルの錬金袋を操作してみた。錬金袋を選ぶと、錬金のコマンドが出てきた。そこには□+□と表示されて、□をタップすると持ち物から何を入れるか選ぶことが出来る。もう一つの□も同様で、そこに何かを入れると錬金可能か不可かが表示される。錬金可能の場合は、OKをタップすると錬金されるようだ。
錬金すると、どんな物が出来るのかユキに聞いてみた。
「そういえば、まだ錬金したこと無いんだけど、例えば今入れた物を錬金したら、どうなるの?」
「今入れた物だと、錬金は出来ないのです。作られた製品ではなくて、素材と素材で錬金するので、革とか鉄とか草とかなのです。そういうのが必要なのです」
「そうなの!? でも今パネルで操作してみたら、錬金可能って出てるんだよなあ」
「……え!? マジなのです?」
「うん。マジなんです」
ユキはビックリしていたものの、少し考えて俺に耳打ちしてきた。
「それは多分、Sランクだからかもです。何処かで果物を買って、バッグに入れてみるです。これも錬金出来ない物です。もし錬金可能なら、宿に戻って試すです。失敗しても、果物なら安く済むのです」
「なるほど。ユキは賢いなあ」
「可愛いなんて照れるですう……エヘヘ」
「……どんな耳してんだか」
しっぽブンブン状態のユキは、ほっといて果物を探す。安くて数が多い物を数種類買って、錬金袋に入れてみる。錬金画面には、錬金可能と表示された。早速、宿に戻って試すことにした。
◇◇◇◇◇
部屋に戻って、しっかりパネルを確認すると、錬金可能の他にもおかしなことに気がついた。さっき買った物の、名前とランクが表示されていたのだ。例えばナイフDランク、果物はモーモDランクや、オレンCランクなどである。それもユキに伝えると、錬金袋に入れると鑑定が出来るのかもしれないとのことだ。ちなみにスキルはA、B、Cの三段階だったが、食べ物や装備品、素材などのランクはAからEの五段階だと教えてもらった。
「ヤマトさん、これ錬金袋に入れてみて欲しいのです。でも、絶対錬金はしないでなのです!」
「お、おう。わかった」
ユキは、かなり強めの口調で自分の短剣を渡してきた。お金は落としたけど、これは失くさなかったし、大切な物なのだろう。錬金袋に入れてみると、やはり鑑定出来るようだ。
「やっぱり、鑑定出来るみたいだわ。白狐の短剣Aランクって出てるよ。あと付加されてる能力も出てる」
「……ヤマトさんの錬金袋は、鑑定Aランク以上なのです。その短剣は鑑定されても、鋼の短剣Aランクとなるはずだったです」
「ここにもSランクパワーが……。本当、ユキ以外に下手なこと言えないなあ」
ユキに短剣を返し、改めてSランクはバレてはいけないと強く思った。
気を取り直して、果物の錬金をしてみる。買ってきた果物は、モーモ、オレン、アプル、グレプ、の四種類だ。この果物が見た目通りのものなら、地球でいう桃、蜜柑、林檎、葡萄だ。錬金のコマンドを出して、試してみる。
「これは、ほぼほぼゲーム画面だよなあ。わかりやすくて良いけど」
モーモDランクと、モーモEランクを併せてみた。するとモーモAランクが、一つ出来上がった。
オレンDランクと、オレンCランクを併せると、オレンAランクが一つ出来た。
他にもDランク+Dランクや、Bランク+Eランクも結果は同じで、Aランクが一つ出来た。
「うーん多分、錬金する物のランクは関係ないみたい。同じ果物を併せて、その果物のAランクが一つ出来るってことだと思う」
「じゃあ、違う種類の果物は錬金出来るです?」
別々の果物をセットしてみると、錬金可能だった。
アプルCランクに、グレプDランクを併せてみた。アプルAランクが一つ出来た。
グレプDランクに、モーモCランクを併せてみた。グレプAランクが一つ出来た。出来上がるのは、最初に選んだ物のAランクだった。
色々試してみたが、果物とナイフなどは錬金不可だった。錬金しなかったが、ナイフとナイフ、布のタオルと布のシャツ、革袋の水筒と革袋、ユキの革のリュックと革袋などは錬金可能だった。
同一の物じゃなくても、出来ている素材が同じだと錬金可能のようだ。また、果物のように別々の果物でも錬金可能だったのは、素材ではなく果物という共通点で錬金可能だったのだと思う。そういう分類が、錬金可能の条件じゃないかと思う。
今ある持ち物での錬金で、完璧にルールがわかったとは言いがたいが一先ず終了とする。……つもりだったのだが、一つ確認してみたいことがあった。今、錬金したAランクの果物だ。すでに最高ランクなのだから、そもそも錬金不可だろうとセットしてみたところ、錬金可能と出た。しかしAランクに錬金してもAランクが一つ出来るだけで、単純に素材が一つ無駄になるだけだと思う。もしかしたら、Aランクが二つ出来たりするのだろうか? 自分なりの予想は出来たが、実際に確認してみることにした。
モーモAランクに、モーモDランクを併せてみた。モーモSランクが出来た……。出来てしまったとも言える。予想を、あっさり超えてきた……。一応アプルAランクに、オレンDランクを併せてみた。やっぱり、アプルSランクが出来てしまった。
「これはヤバイ……」
「どうしたのです?」
「Sランクの果物が出来てしまった……」
「なんとっ! それはヤバすぎなのです……コワイ」
「世に出せない物を作ってしまった……俺もコワイ」
こうして錬金袋の実験は、ある程度のルールが判明して、無事に? 終了したのだった。
◇◇◇◇◇
買い出しと錬金実験で、結構な時間が過ぎていた。現実逃避の為、夕飯を食べに一階に移動した。Sランク果物のことは一旦忘れて、美味しい食事を堪能する。食事代を払い、今度は別の現実逃避したい問題が浮上した。所持金が、かなり減ってしまったのだ。ギルドカード、宿、食事、買い物と、今日だけで一気に使ってしまった。しかし、どれも必要な出費だったので仕方がない。部屋に戻ると、ユキから提案があった。
「ヤマトさん。明日からの依頼ですが、採取系にするです」
「良いけど、何で?」
「採取系の依頼書に、採取品のランクで買い取り額が変わると書いてあったです。なのでAランクを沢山納品出来たら、稼げるのです!」
「なるほど。それはアリだね。ナイスアイデアのユキさんには、こちらを差し上げます」
「モーモです。デザートありがとうなのです」
「それ、Sランクのモーモだから」
「なんとっ! この世に存在しないはずの果物、正に禁断の果実なのです……ヤバイ。でも、食べてしまえば誰にもバレないのです。パクっ……あ、あまーいですう」
ユキ曰く、Sランクの果物は天にも昇る甘さだそうだ。そこまで言われると気になったので、俺もアプルSランクを食べてみたら、めちゃくちゃ美味しかった。
今日は転生初日で、色々なことがあった。明日からの依頼に備えて、ゆっくり休むことにした。
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