第4話

 電車に乗って一時間もすると動物園に着いた。動物園は灰色の荒野のど真ん中に、巨大な一枚岩のように現れた。電車から降りてその四角い建物に入った。中に入ると、そこはドアが四方にあるだけの何もない部屋だった。僕らは静かにその部屋で待っていると、正面のドアから一人の、白い作業着を着た大人が入ってきた。その人に案内されて、奥の部屋に入ると、中央には大きな──大人が三十人くらい乗れそうな──エレベーターがあり、その周囲にはたくさんの白い四角い箱がきれいに並べられていた。大きさは色々で、指先に乗るくらい小さな箱もあれば、僕が入れるほど大きな箱もあった。

 僕たちはそのエレベーターに乗り込んで、地下へと降りて行った。僕はその下るエレベーターの中で、ワクワクとしてじっとしていられなかった。扉の先を透かして見るように見つめたり、お父さんやお母さん、大人たちの顔を交互に繰り返し見たり、他の子たちのキョロキョロと動く頭を眺めたりしていた。だけど絶対にその場から動くようなことはしなかった。足はしっかりと床に付けて意地でも離さなかった。ここまで来たからには必ず見て帰るんだ。僕だけじゃなくて、他の子たちもきっとそう思っていたに違いない。そのことは、みんなの、緊張して見開かれた目を見ればすぐに分かった。

 そしてついにエレベーターが止まった。僕のワクワクは最大に達した。息をするのも忘れるくらいに、扉を見つめ続けた。体が自然と、吸い寄せられるように前に移動していた。扉が開き始め、白い光が入り込んでくる。僕はいつの間にか一番前に移動していた。そして耳のすぐ側から他の子たちの激しい息使いが聞こえてくる。きっとみんなも扉の近くに寄ってきてしまったんだろう。僕はそれを確かめることもしないで、扉から目を離さなかった。

 僕たちの熱い期待に応えるように扉は大きな音を立てて、完全に開かれた。僕は目の前の景色に、今度はその場から動けなくなった。まず目に飛び込んできたのは緑の大地、そして青い空に白い雲。僕は初めて味わう眩しい日差しに目をしかめた。

「さあ子供たち。自由に見て回ってきなさい。十戒の教えはどこであってもしっかり守りなさい」

 僕以外の子どもたちは元気よく返事をして、ばらばらの方向に走り出した。僕はエレベーターから降りると、立ち止まって空気をいっぱい吸い込んだ。爽やかな香りがする。これが自然のにおいなのかな。きっとそうに違いない。だってなんだか心が満たされる気がするから。

 僕はあらためて周囲を見回した。すると、目の前には木の祠──壁がなくて、天井の真ん中が四角く開いている。そして中には少し不気味な人型の石像が座っている──があって、それを取り囲むように動物たちが頭を地面につけているのが見えた。その動物は、旧人類とかサピエンスとかって言われている。戦争を起こして世界を灰色にしてしまった奴らだ。僕は彼らのことを妬ましく思った。僕らは灰色の世界で暮らしているのに、この人たちはこんなにも色鮮やかな世界で暮らしている。それってとてもずるくないかな。

 でも僕はすぐに管理人さんの言葉を思い出して、首を振った。だめだ、だめだ。こんなことを考えてちゃだめだ。せっかく来れたんだから楽しまないと。僕はそう思って他の子たちと同じように勢いよくかけ出した。本当は木の祠に触れて、石像をもっと近くで見てみたかったけど、そこにはやっぱり行きたくなかった。戻ってきたときにあの人たちがいなかったら行ってみよう。

 祠を横目にしばらく走っていると村にたどり着いた。家は白くて、触ってみるとプラスチックみたいに硬かった。形は四角く、屋根の角だけ少し丸くなっていた。ふと来た道を振り返った。そこにはてっぺんが見えないくらい巨大な木が立っていた。僕はその木を見上げ、自然の大きさに感動した。こんな大きさの木はテレビでも見たことが無かった。やっぱ自然はすごいな。こんなに色鮮やかで神秘的なものを作り出すんだから。大人は灰色で四角いものしか作れないのに。

 僕はあまりに木に見とれてすぎて、その根元に大人たちがいることに気が付かなかった。大人たちは少しも動かずに立っていて、僕は小さな木みたいだなと思った。そして木の幹の部分に大きな四角い穴が口を開けていた。僕は通ってきたエレベーターがあの木だったことをそこで初めて知った。僕はショックだった。自然の象徴のような木の中身を灰色の箱に改造してしまっていることが、自然を物凄く馬鹿にしているような気がしたからだ。だけど僕はすぐに反対だということに気が付いた。エレベーターを木のように改造しているんだ。なんだ、大人たちもやろうと思えば四角い灰色以外のものも作れるのか。ならどうして作らないんだろう。僕はそれを考えようとしたけど、やめた。そんなことを考えるくらいなら、もっとこの自然を目に焼き付けた方がいい。

 僕は灰色ではないけれど四角い家が立ち並ぶ村の中へと入って行った。

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