第3話

 窓の下には、灰色の空と灰色の大地が見えている。今日の空は一年に一回あるかないかというほどに澄んでいた。いつもなら電車の窓から地面が見えることなんてない。まさにお出かけ日和だと僕はまた嬉しくなった。本当は乗り出して外の景色を見たいくらいだけど、それはお行儀が悪いからしない。ここまで来て引き返すなんて絶対にしたくない。だからちゃんと、お母さんの横にじっと座っている。

 お母さんと、そのもう一つ向こうの席に座るお父さんを見てみると、二人は背筋を伸ばしたまま、まばたき一つもしないで真正面の機関部を見つめていた。機関部には一人の大人がいて、立ったまま運転を続けている。ずっと見ていてよく飽きないなと思いながら二人の顔を見つめ、その後車内に目を向けた。

 この電車は一両編成で真ん中の通路を挟んで、両側に椅子が三列ずつ並んでいた。電車の中も相変わらず嫌になるほど灰色だ。僕ら以外にも家族ずれが八組いた。大人たちは全く同じような顔をして正面を見つめている。子どもたちはみんな窓側に座って、僕みたいに首を左右に動かしてそわそわとしている。だけど、誰も立ち上がったり、大声を上げたりはしない。それはそうだ。僕たちはいい子だからこの電車に乗っているんだ。いい子はそんなことしない。僕は顔を正面に戻し、少しだけ首を窓側に寄せて外を覗き見た。

 しばらくすると、灰色の大地の上にたくさんの黒い点が現れた。僕は思わず身を乗り出しそうになって、寸前で止めた。僕はお母さんの顔を盗み見て一息つくと、今度はゆっくりと視線をその黒い点に向けた。

 清掃人だ、と僕は思った。清掃人たちは地面の上で横たわる遥か昔の戦闘機を解体していた。その先にはいくつもの大きな車や建物が、灰色の地面に沈み込むように転がっている。他にも清掃人たちは穴だらけになった地面を埋めたり、逆に地面を掘って何かを取り出したりしているようだった。

「あれがお母さんとお父さんの仕事だよね?」

  僕が聞くと、お母さんは顔だけを僕の方に向け、窓の外を見ずに「そうだよ」と答えた。僕はまた窓の方に視線を戻し、学校の授業で見た映像を思い出した。それは戦争の映像だった。昔の人間たちが銃弾と爆弾が降りそそぐ中を走り回ったり、山のような船からでっかいロケットみたいな爆弾を飛ばしたり、キノコみたいな雲を何十個も作ったりしている映像だ。僕はなぜだかその映像を見るたびに、心の奥が締め付けられるような感じになった。うまく言えないけど、呼吸が苦しくなった。

 その戦争のせいで、空は常に灰色だし大地も灰色になってしまった。ほとんどの生き物たちは死んでしまって今は僕たち人間と、なんとか助けられた植物と動物たちだけになってしまった。

 清掃人たちはその戦争の跡を無くそうとしている。いつかまたかつての大自然が戻るように頑張っている。だけどそれはもう無理なような気がしている。もう百年近く続けているみたいだけど、よくなっている気がしない。それでも大人たちは文句ひとつ言わずに毎日出かけていく。だから僕もそのことは言わない。もしかしたらその言葉が二人を傷つけて、僕が処分されるかもしれないからだ。

 僕は今まさに羽がばらされようとしている戦闘機を見ながら、あの戦闘機みたいに掃除なんかされないぞ、と強く心に思った。

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