幼女、花を咲かせる
春の麗らかな陽気に包まれながら眠りこけていると、急に手のひらから冷たさを感じてアンジュは飛び上がった。
そして、ひとまず手を温めようと息をはー、と吹きかけながら恐る恐る開いてみると、そこには先程まで彼女が眠っていた周辺に植わっていたクロッカスが咲き誇っていた。
思わず目をまん丸くしていると、どこからともなく(とはいえ彼らは愛する妹の姿を見ていようと物陰に隠れていただけなのだが)兄と姉が飛び出してきて、アンジュはまたまたビックリして後退りした。
「お、おにーさま、おねーさま!??ちょうど良かったです!見て下さい、こんなにきれーなお花ができましたよ!!」
そう言って天使のような得意げな微笑みを浮かべて褒めて褒めて、と言わんばかりにこちらを見つめているのを見て彼らは卒倒せんばかりだった。
わざとらしい咳払いを一つした後、普段のクールな兄を演じながらノアは彼女に真剣な眼差しを向けて頭を撫でた。
「良く頑張ったな……お前はこのリュミエール家、そして本国エトワールの中でも希少な氷属性を操る存在だ。より鍛錬に励んでくれ」
その言葉を受けてアンジュはまたもや嬉しそうに顔を綻ばせた後、「はい!」と元気よく返答を返した。
この世界では炎・水・風・土・草・氷・光・闇の八属性の魔法があり、その魔法それぞれを司る八カ国が絶妙な緊張を保ちながらも表面上は平和を維持しているのだ。
その中でもここ、エトワール王国は光魔法を所持する国民が九割であり、別名光の国とまで呼ばれるほどであるそうだ。
つまり、そんな国の公爵家の彼女がまずまずの母集団が少ない氷属性魔法特化型の魔道士として生まれることすら考えにくいことなのだ。
ま、そのような難しい話など八歳の幼女には知る由もないのだが。
しかし、いくら手に力を込めようと、魔力の軌道を感じようと、先程のような花が出現することはなかった。
あれ?と首を傾げながら花の特性や造形などが描かれた図鑑に目を通し、それを踏まえて頭の中で詳細なイメージを思い浮かべたとしても結果は同じ。
先述の通り、彼女の魔力はほぼ無尽蔵であるから、魔力切れというわけではないだろう。
原因も分からないまま時間が浪費されていく中、アンジュは悲しくなったのかついつい涙を零してしまった。
天才といえどやはりか弱い幼女。気が付いたら出来るようになっていたことが急に出来なくなれば、泣き出してしまうのも仕方のないことだろう。
その件の兄と姉__つまりノアとルイーズ__は、いきなり泣き出した彼女に対して驚いたような表情を見せた後、すぐにオロオロとしながらどうにか泣き止ませられないか、と模索し始めた。
普段はキャッキャと年相応に喜んでくれる花の冠を編んでも、花を見たくないのか顔を背けてしまう。
はたまたノアの光魔法で輝くような(実際輝いているのだが)眩いリボンなどを具現化させても「まほーなんて見たくないもん……」といじけてしまった。
そんな彼女にほとほと困りながら、ルイーズは最後の手段として、昔学校で習った『
傍から見たら誘拐犯にしか見えない妹の姿を見て、可愛いなと思いながらもどうせ涙は止まらないだろう、と踏み、鼻であしらっていたノアであったが、その予測は大きく外れることとなる。
ふふ、という愛らしいアンジュの笑い声が聞こえて、二人揃ってそちらに顔を向けるとそこには、思わず目を瞬かせてしまうような光景が広がっていた。
先程まで涙を流しながら大泣きしていた彼女と同一人物なのか、と疑いたくなるように急にころっと態度を軟化させて、普段のあの天使のような微笑みを浮かべているのだ。
そして、姉から託された兎を「ふわふわ〜」だの「かわいいね」だのと言いながら夢中で撫でくり回していた。
斯く言う兎は最初こそ暴れていたのだが、彼女の天性の撫でスキルからか、ついには観念して目を細めながらもその温もりを享受している。
そんな可愛いと可愛いがかけ合わさったようなマイナスイオン漂う空間を呆然と見つめていた彼らはお互い目配せして何かを小声で話しながら、そっと遠ざかっていった。
何でも「腕利きの画家にあの癒やしの空間を絵で描いて頂きましょう!」とのことだそう。流石末っ子に対して並々ならぬ愛情を注いでいるだけあるようだ。
そんなことは露知らず、もふもふと戯れていた彼女はふと思い至った。
もし、氷魔法で動物さんを作ることができたら、どんなにすてきだろう、と。
アンジュの取り柄は行動力があること。アンジュの欠点は思いついたら後先考えずすぐ行動に移してしまうこと。
__次の日から彼女の持ち物に『動物図鑑』が増えたのは言うまでもないだろう。
氷の蕾は花と散る 撫子 @oeillet
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