沖縄

 目を覚ますと目の前に幼い男女二人が和気あいあいと話している。

 この前に見た。なんでこの光景が?



 「ねぇ。これはなんて言うの?」


 「これは”沖縄おきなわ”だよ」

 

 「ここね、海が綺麗で素敵な場所なんだって」

 

 「知ってるよ」


 「じゃあさ、いつかここにも行こうね」


 「うん!」


 男の子と女の子が笑いあっている様を見るとなぜか微笑ましくなる。

 表情が緩んだのも束の間、次の瞬間にはほのぼのとした光景は鏡を割ったように粉々に砕け散った。

 私の体も地面に吸い込まれるように沈んでいく。ダメ元で這い上がろうとしたがついた手も沈むため無駄だった。





 ――――――――――――――――



 「ここは……?」


 私が目を覚ますと見慣れない土地に来ていた。太陽がジリジリと照り付ける。南国のような場所。

 辺りを見渡すと近くに空港があった。ただ字が反転していて何空港かわからない。



 「なにあれ?」


 「”那覇なは”だろ。読めないのか」


 「あなた!なんでここに?」


 後ろから声がして振り返ると腰に刀を差した石川君がいた。こんなところで会うとは奇遇だ。

 石川君は反転しているあの文字を”那覇”と一瞬で言った。私は石川君に言われてやっと気づいたのに。



 「あれくらい読めるだろ」

 

 「読めるわけないでしょ。反転してる文字」


 「反転?何言ってるんだ?」


 「180°に反転してるじゃない」


 「そんな風になってない。おかしいのか?」


 石川君は呆れた表情で私を見てくる。私も呆れた表情で石川君を見返す。

 どうなってるの?文字が反転して見えているのは私だけ?



 「というかなんでここに?」


 「知らない。気付いたらここにいたの」


 「気付いたら……?もしかして死んでないのか?」


 「死んでないわよ」


 「じゃあ今すぐここを離れろ」


 「え?なんで?」


 石川君は表情を変えた。言葉の端々から真剣な様子が伝わってくる。

 いきなりどうしたんだろう。



 「ここは”狭間”っていう死者しか入れない世界だ」


 「私死んだの?」


 「いや、死んでない。たまにこの世界に生きた人間が紛れ込むことはある」


 「私どうなってるの?」


 「落ち着け。安心しろ、お前は死んでない。だが、この世界で死ぬと現世でも死ぬ」


 「この前化け物とあっただろ?あれには近づくな。あれに喰われたら死ぬぞ」


 「分かった。でも、あなたはどうするの?」


 「俺はあの化け物を退治する。ここにあの卵がある。孵化する前に遠くへ行け」


 「うん。分かった。気を付けて」


 石川君と別れた私はとにかく遠くへ走った。沖縄の土地勘は無いけど、あの場所から離れることだけを考えた。

 結構遠くへ来た。私はとりあえず大丈夫だけど石川君は大丈夫だろうか。彼のことが心配で仕方ない。



 ドスン ドスン


 「これは?」


 彼のことを心配していると唐突に地鳴りがした。大きな横揺れ、思わず近くのベンチに手をかける。

 もしかして、あの化け物が生まれた?石川君はあいつと戦ってるの?

 考える前に体が勝手に動いていた。


 



 ――――――――――――



 「クソ!砂場だと足が取られる!」


 「ギャアバァァァァァ!」


 「おーい!化け物!」


 「何してるんだ!?」


 私は時折聞こえる化け物の鳴き声を頼りに石川君が戦ってる場所を見つけた。石川君が命を張って戦っているのに私が何もしないのはいやだ。危険でも石川君を助けるって決めた。

 


 「クゥルン」


 「こっちだよ!」


 「あいつ何を!」


 「私が気を引くからその隙に!」


 私は化け物の後ろを取り、気を引いて見せた。まんまと化け物は私に夢中になり、石川君には興味を無くした。

 このまま私が化け物の気を引いてれば、隙をついて石川君がやってくれるはず。


 

 「きゃぁぁぁぁぁ!」

 

 化け物の前足が振り上げられ私めがけて振り下ろされた。

 私はどうすることも出来ずに鋭い爪が迫ってくるのを見ているしかなかった。

 


 「ギャグァァァァァ!」


 間一髪のところで石川君が化け物の首を切り落としてくれたおかげで私は助かった。

 作戦成功だね。やった!



 「やったよ!」


 「危ないだろ!!」

 

 「ご、ごめん……助けになると思って」


 石川君は血相を変えて私の元へ飛んできた。私の肩を思いっきり掴むと声を荒げた。

 怒ってる?化け物は倒せたのにどうして?



 「危うく死ぬところだったぞ!生きた人間がこんなところで死なないでくれ」


 「ごめん」


 「怪我は無い?」


 石川君は私に怪我がないことを確認すると安心したようにため息をついた。

 会ったばかりの私をこんなにも心配してくれるんだ。石川君って優しいんだ。

 


 「うん……あの手が痛い」


 「あぁ……ごめん」


 石川君は焦ったようにパッと手を離した。

 


 「次からは何もしなくていい。俺一人で片付けるから」


 「石川君も危なかったじゃん」


 「もう大丈夫だ。次からはヘマしない」


 「ふーん」


 「てゆうか、もう会いたくないな。生きてるならこんな場所に来ちゃダメだ」


 石川君は私のことを見つめながらもう1つため息をついた。

 そんな態度ないでしょ!今回は私結構活躍したからね!

 そういえば聞いてなかったけど、石川君はここにいるってことはもういないのかな。



 「石川君はもういないの?」


 「10年以上も前に死んでる。事故かなんかだった」


 「なんで化け物を退治を仕事にしてるの?」


 「それをやってくれって頼まれたから。それに俺、しばらくはここ狭間に囚われる人間だし長い間、何もしないのはつまらないと思って」


 「ここに囚われる?」


 「まぁ地縛霊みたいなもんだ。成仏するまではここにずっといる。それが死後の世界の決まり」


 「そうなんだ」


 死後の世界の話を聞けるなんて貴重だ。

 死んだ後もあまり暮らす環境は変わらないのかな。



 「こっちにいてもやることねぇからな。早く来るもんじゃない」


 「だよね。私は長生きするよ」


 「そうしてくれ」


 私が笑うと石川君も口角を上げて返してくれた。

 ここで私の意識は途絶えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る