切り捨てて、多作

紫鳥コウ

切り捨てて、多作

 館川たてかわは、ひさしぶりに会った友人と食事をした帰りに、こう思った。


(川端はもちろん、大切にするべきなのは、昔からの友人だな)


 駅の待合室の後列に座りSNSを開き、次々に顔も知らない趣味友しゅみとものフォローを外していった。すると、すっきりとした気持ちになり、その勢いでアプリをアンインストールした。


 蜘蛛の巣に引っかかっていたところを、川端の言葉に引っぺがしてもらえた。


「……その人たちってさ、タテっちがピンチになっても助けてくれないだろ? 俺たちなら、できるかぎりのことをしてやろうと思うけど、SNSで繋がっているのひとって、そこまではしてくれないよ」


 こちらから繋がりを断つことを不愉快に思ったら、どうぞ嫌いになってください、くらいの気持ちでいた方が良い。


     *     *     *


 その夜、館川は、すらすらと小説を書いている自分を見出した。楽しいという気持ちを取り返した。自分のするべきことに集中できていることを実感した。


 嫉妬をしたり、憧れを持ったり、依存に苦しんだり、怯えたり不安に思ったり……なんてことに気を取られて、小説を書く手が止まるなんてバカらしい。


 次々に「いいね」を押したり、一日の投稿を目で追ったりしている暇があったら、一文字でも多く書くべきなのだ。


「……タテっちが大事にするべきなのは、自分の小説を読んでくれる人たちでしょ? その人たちに、次々とおもしろい小説を届けることでしょ?」


 館川はコーヒーを一口飲んで、いままで書いたところを読み直してみた。


 ここに伏線を置いて、ラストの手前で回収するより、こうこうこうした方が、楽しんでもらえるんじゃないか……などと、一作をつくり上げるためだけに頭を働かせる。


 あのとき川端は、自らの経験からこういう教訓も放っていた。


「睡眠は超大事」


 なにかメッセージが届いていないだろうかなどと、心配をしなくていい。ぐっすり眠ることが一番だ。ムリにでも起きるべきなのは、家族や親類、そして川端のような友達に「なにか」があったときだけだ。


(おやすみ!)


 こころのなかで叫んで、良い夢をみようと楽しいことだけを考える。起きたらすぐにSNSを開くなんてしなくていい。「おはよう」と言うべき相手は、家族だ。


     *     *     *


 館川は、年末から年始にかけて、たくさんの小説を書いた。こんなに書くことができてしまった自分に、びっくりしてしまった。


 だが、満足の底から不安がやってくる。回転椅子を左右にまわしながら、館川は考えた。


 人間関係のわずらわしさから解放されたことで、自分のことに集中できるようになった。


 しかし、自分を中心にして生きていくことは、ほんとうに正しいのだろうか。人間関係の煩わしさを引き受けた上で、痛みや悲しみに悶えながら生きていくことの方が、正しいのではないだろうか。


 川端の言っていたことは正論だ。しかし、趣味友とすっかり関係を断つことが、正解というわけではないだろう。


 そして、館川は何度も接続詞を使いながら思考を進めたあとに、こういう結論をだした。


「いまは、これでいい。いまは、これしかない。将来のことは、どう考えたって分からない。大事なのは、自分の創作のことだけだ」


 しかしその結論も、しっくりとくるものではないらしかった。

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