第6話

 数日の航海を経て気づいたことがある。

 やることない。

 マジでやることがない。

 なさすぎる。

 船の上だから予想をしていたが、これほどまでにやることないのか。

 船員の一人として船の仕事はしてるよ。

 見張りをしたりとか、他の船員に舵の取り方や帆の操作方法を教わってそれをやっているが、交代制だからやらない時間があるんだ。

 やらない時間がとてつもなく暇でしかない。

 時間を潰すものを何一つ持ってきていないのも悪かった。

 次からはちゃんと本でもなんでもいいから持ってきておいた方がいいな。

「いろんなのが泳いでるな」

 何もすることなくてひたすら海を見る。

 海も基本的に変わりようはないが、時折魚が水面に近づいてきたり、飛び跳ねたりするのをみれたりするのは珍しいものを見た感じがあって嬉しくなる。

 そんなこと滅多にないんだけど。

 仕方ない。

 夕方からが俺の番だからそれまで船室の方が横にでもなってくるか。

「相変わらずずっとジャーキー食ってるな」

 アンは船にいるときはずっとジャーキをかじっていた。

「飽きないのか?」

「これはシーフードジャーキーだから」

「何種類あるんだよ」

「10種類ぐらいは常時持ってるかな」

 ジャーキー10種類って聞いたことないんだがな。

「暇じゃないか?」

「暇。今の所何も起こらないから暇で仕方ない。とっととモンスター出てきなさいっての。こんなにも襲いやすい海賊船があるっていうのに」

「船を襲ってるモンスターなら、単騎でいる海賊船は絶好の的だよな」

「それだけじゃないわ」

「他に何かあるのか?」

「女海賊がたくさん乗ってるのはウチの海賊だけだっていうのに。なんで襲わないのよ」

「モンスターに襲われたいっておかしいだろ」

「クラーケンよ。ヌルヌルした触手を持っているのよ。そういう奴らは決まって女を凌辱するものじゃないのよ」

 初対面の時から思ったが、この船長さんの感覚は通常の女の人じゃないよな。

 軽々しく興奮するとか、陵辱とか口にしているしさ。

「襲われたい願望でもあるのか?」

「それはない」

「ないのかよ」

「むしろ襲われているところを見たいわね」

 予想の斜め上の回答が返ってきやがった。

「リーファーとかいるんだからさ、襲ってもらわないと面白くないわ」

「仲間が襲われないのが面白くないってどんな発想だよ」

「いいじゃない。襲われてもすぐに助け出せるわけだし」

「それをさらって言えるあたりがすごいな」

「どれだけ海のモンスターたちと格闘してきてると思ってるの?他の人たちとはまた違った修羅場を潜り抜けているの」

「男女関係のか」

「そっちの修羅場じゃないっての」

「そうなのか」

「それはむしろそっちの方が専売特許じゃないんですか」

「王宮のドロドロした感はすごいぞ。王族が侍従に手を出すなんてことはよくあるわ、お姫様と騎士が禁断の恋をしたなんてのもあった」

「あなたはあったんですか?」

「あったと思う………?」

「ないと思いますね」

「だったら聞かないで…………」

「……………ごめんなさい」

「いや、いいんだ。騎士だとモテる感覚から聞いたんだろうけどそういうのは俺にはないから。完全に社畜みたいに働いていたから」

「女の人も買ったことないの?」

「買ったことはないな…。買いたいと思ったことはあるけど」

「あるんですね。まあ、命懸けの仕事をしてる人は生死の境を彷徨うことがあるから、性欲旺盛になるのは海賊でもよくあるし」

「だから性欲があるんですか。船内とか大変じゃないのか」

「それについては私は禁止してるから」

「へぇ〜」

「だって夜寝てる時に喘ぎ声が聞こえてきたら嫌じゃん。子供作られても航海に支障でるし、船の上で妊婦さんをサポートできるほどのものを用意できないいし」

「そういうのもよく考えられているな」

 ただの性欲変態興奮人間かと思ったが、それなりに考えてはいるみたいだ。

 しかし、まあ、あれだ。

 規律をしっかりしていると言っても、女の人が薄着をしていたら無意識でも視線が奪われるものであってだな。

 見ないように、視界に入れないようにしているのに、俺の目が吸い寄せられてしまう。

「あんまりはっきりとしたエロい目線を送ってくると海に突き落としますよ」

「すんません」

「私じゃなくて他の人ならいいですから」

「他ならいいのかよ」

「他の子なら私もするから。後、期待した反応は私できないし」

「そんなのも求めてないっての」

「リーファなら、恥じらいながらおっけーしてくる。メアリーなら怒りの感情のまま睨みつけてくれますよ。どっちが好みで?」

「どっちもかな」

「馬が合うじゃないの」

 がしっ!

 俺とアンは固く握手を交わした。

「姉御‼︎」

 物見台に上がっている船員が彼女を呼んだ。

「どったの?」

「2時の方角。かなり先の方に船とそれを包み込むほどの大きな影が見えやした」

「クラーケン?」

「フォルム的にそうかと思いやす」

「オッケー」

 目的のモンスターの姿を確認したようだ。

「総員!方角は二時。対象を認識。面舵いっぱい!」

「「「「「「「「「「アイアイサー‼︎」」」」」」」」」」

 彼女の指令が出るとすぐに船の舵が右の方へと進路が変えられる。

「速度上げ!全速前進‼︎」

「「「「「「「「「「アイアイサー‼︎」」」」」」」」」

「帆船だろ。速度なんて上げられるのか?」

「なんのために魔法があると思ってるんですかね。風の魔法を使ったらいいじゃな〜いですか」

「いつもやらないのか」

「いつもやっていたら魔力消費が半端ないんです。ここぞという時こそ使わないと。それに大事なのは戦闘において魔法を使うことですし」

 後方の甲板で数名の船員が風魔法を発動させ、進路方向への追い風を吹かせる。

 強い追い風を帆が掴み、一気に船は加速する。

「うおおおおお!!!」

 どこかに掴まっていないと転がり回りそうなほどの力がやってくる。

 どんどん船は近づいていき、次第に肉眼で巨大なモンスターの影が見えた。

 遠目からでもかなり大きいにがわかる。

 一定の距離にまで近づくとそこから先には進まずに進路を九十度変え、船の側面をクラーケンへと向ける。

「砲弾装填用意」

 甲板の下で激しく動く音が聞こえてきた。

 下の階で大砲の準備が進められてる。

「アンちゃん。装填完了したよ」

「よしっ。撃て‼︎」

 彼女の指示で、一斉に大砲から砲弾がクラーケンに向けて放たれていった。

 砲撃の衝撃は甲板に伝わってくる。船も少し傾く。

 放たれた砲弾は船を襲うクラーヘンに着弾。

「第二次装填用意………………撃て!」

 第二陣の砲撃も開始される。

 次々と砲弾が飛んでくるのに流石のクラーケンもたまらないようで、触手を船から離して長い触手で身を守る。その隙をついて襲われていた船は退避を始めた。

「次の砲撃準備は?」

「できてるよ」

「よしっ。完全にあの船が逃れられるようまで撃ち続けなさい」

「アイアイサー!」

 アンの指令を聞いて、連続して砲撃が行われていく。

 一発一発の衝撃はかなりくる。音もかなり大きいから魔法で耳を守ってても連続して撃たれると鼓膜が破れそうだ。

「アンちゃん」

「ええ。船は完全に距離を取れたようね」

 船はクラーケンの触手が届かない距離に退避し、さらに距離をとった場所に移動していた。それを確認した彼女は、

「総員、戦闘用意!こっちに来るよ」

 邪魔されたクラーケンはこっちに船に標的を定めて全速力で突進してくる。

 怒ってるのが目に見えてわかる。イカのはずなのに、茹で上がったタコみただな。

「さて、狩りと行こうじゃないのよ」

「ちょっと待ってくれよ」

「何?」

「俺にやらせてくれよ」

「いいけど。倒せるの?」

「騎士を務められていたんだ。あのぐらいのモンスターと戦うのは日常茶飯事だったんだからさ」

「へぇ〜。お手並み拝見と行こうかしら」

「まかせろ!手を出さないでくれよ」

「分かった。ちなみにだけど、魔法で粉々にしないでよ。食べられないから」

「え、マジ……?」

 そういえば食べるって言っていたな。

「あの程度はすぐに倒せるけど、それだと食べられないでしょうが。いい?私たちの仲間だったらあ〜言うモンスターは大きな魔法で一撃で倒さずに食べる箇所を残しなさい」

「無茶苦茶だろ」

「あのね。こんなところで巨大モンスターを吹き飛ばすほどの魔法使ったら他の船に爆風の影響が出るでしょうが。最悪横転する危険性もあるんだし」

「それはそうかもだけど………」

「いいからやりなさい」

「分かったよ」

 彼女の言ってることは一理ある。

 爆風で船が転覆とかすれば本末転倒だし、助けた意味もない。無関係の船に被害を出すのも良くはないしな。

「食べる箇所は絶対残しておきなさいよ」

「なぜそれを念押しした?」

「食べたいからに決まってるでしょ?」

 そんなに食いたいのかよ。食い意地はってるな、この船長はよ。

「分かったよ。ちゃんと残すから」

「あたしの剣を貸してあげるよ。獲物は何もなかったよね」

「ありがとう。リーファさん」

 剣がなくても戦えるが、腰に携えている方がいい。慣れてるからな。

 リーファさんに借りた剣を腰に携えて、船の先端に向かう。

 でかいモンスター・クラーケンはすぐそこに、目の前にいた。

 影が船全体をつつみこむ。

 いいね。

 実にワクワクする。 

 騎士として討伐するのとは違う高揚感が込み上げてくる。

 これだよ。

 仕事ととか、家とか、関係なく、自分と仲間のために戦う。

 こう言うのを求めて俺は冒険者になりたかったんだ。

「おっしゃああ!」

 クラーケンへと飛び込んでいった。

 さてどうやって倒すか。どこから倒しにかかるか。

 やっぱり頭の方からかな。

 モンスターを含め、すべての生物の弱点は頭の部分。特に脳幹。ここに確実にダメージを与えることができれば、即死させられるし、食べられる箇所を減らさずに済む。

 ん?でもクラーケンってどこが頭だっけ?

 先端の方だっけ?でもあそこは確か違うよな。内臓部分だったよな。

 目がついてる付近だったかな。

 あれ?クラーケンの弱点はどこにあるんだ?

 海の生物の体の構造はあんまり知らなかったな。

「あ………」

 目の前の巨大モンスター相手に何もせずに思考が止まった。そんなことをすればどうなるのか誰だってわかる。

 あっという間に長くて太い触手に捕まってしまった。

「あ〜あ。捕まっちゃった」

「捕まっちゃったね」

 あの二人、なんか普通の反応だな。

「頑張れ〜」

「頑張ってください〜」

「ちょっとは助けようとかなんですか!」

「だってそっちが手を出すなって言ったし」

「男の人なんだがら、男気見せてくださいよ」

「そんなもんはこの世にない…………あああああああああ〜!!!!!!!」

 捕まえられたまま俺は振り回される。

「うわあああああ!!!!!!振り回すなアアアアア!!!」

 指で鍵を振り回すかの如く、遠慮なしに何ら感情なしにクラーケンは俺を振り回してやがる。振り回され続けたら気持ち悪くもなってくる。

 あ、やばい。マジで気持ち悪くなってくる。

 気持ち悪いから魔法もまともに使えない。

「助けてください……………」

 俺は素直に助けを求めた。

「え〜」

「そうしたいけど、もう大砲の玉切られてるから援護射撃はできないよ」

「何⁉︎」

「だって思いっきり撃っちゃったし」

「ちょっとは抑えるべきだったね〜」

「何やってるんだよ!船長のくせにその辺把握していけ!ボンコツ!」

「あ、そんなこと言ってたら助けないからね」

「嘘!嘘です!助けてください!お願いします!食われる前にお願いします!」

「それなりに助けてあげたら、アンちゃん?

「元騎士でしょ。私たちの助けなんていらないんじゃない?」

「でも助けてって言ってるよ。ほら、振り回されすぎて顔真っ青になってるよ。あのままだと回されている途中でゲロ吐きかねないよ」

「ゔっ、それは気持ち悪いわね」

「ゲロの雨が降る前にどうにかしてあげなよ」

「はあ〜仕方ないな。リーファ。あとは任せた」

「アイアイサー」

 彼女はヒョイっとクラーケンへと飛び込む。すぐに触手が飛んでくるが、彼女は慣れた様子でいなしながら、触手を踏み台にしてこっちへと近づいてくると、俺を捕まえていた触手を切り落とした。

 俺はすぐに体勢を整える。

 しかし、そこに彼女が降りてきた。

 突如のことにそのまま海に落ちそうになったが、なんとか受け止めた。

「いきなり降りてこないでくれ…………」

「助けてあげたのにその反応はどうなのよ」

「こっちは振り回されすぎて腹の中のものが出かかっていたんだよ」

「お願いだから私に吐かないでよ。その趣味はないんだから」

「俺だってゲロ吐いているのをみてもらう趣味はねぇよ」

 魔法の足場を作って船へと戻って、一旦彼女を下ろす。

「手伝おうか?」

「いや。今度こそ仕留める」

「できるの?」

「一度、戦えばあとはどう戦えばいいかわかる」

 俺はもう一度クラーケンへと向かった。

 彼女が戦い方を示してくれた。

 敵の攻撃を完全に防御したり、弾き返すのではなくいなしながら、かわしながら、確実に相手の懐近くに迫る。本当に交わしきれないものだけを遠距離魔法で対処する。

「【閃光】」

 敵の眼前付近にまで近づくことができたところで、光魔法で敵の目を封じ込めた。

 クラーケンは光に目をやれてくれたようで、俺への攻撃をやめ、目を触手で覆いながら痛みと問答する。

 こうなれば敵の攻撃全てを封じ込めたことに成功したのも当然だ。

 俺は両目の間に剣を刺してグッと下へと剣を下げる。

 この攻撃の痛みもかなり相手は堪えたか、暴れ回る。

 振り落とされる前にその切り込んだ場所から、内臓部分へと、

「【火炎球】」

 を発動した。

 内臓部分が直接魔法の攻撃を受けたクラーケンは外傷よりも圧倒的にダメージを与えることができた。

 触手の動きがすべて止まり、そのまま海へと倒れていった。

 何とかクラーケンを、食べる箇所を残したまま倒すことができた。

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