第4話

 目が覚めた。

 最初に目に入ったのは木の天井だった。

 あれ。なんでこんなのが見えるんだ。

 俺は死んだはず。死んだら木の天井が見えるはずがない。

 自分の体が横になっていたから、起こしてみる。

 どうやらここは部屋らしい。

 俺はベッドに寝ていたようだ。

 手を動かしてみるが、しっかり動く。首も回せるし、腕を上げ下げだってできる。

 生きている時とほとんど変わらない感覚だ。

 よくみるときていた服も別のものになっている。

 なんだ?人は死ぬとこんな感じになるのか?

 死んだ経験がないから、こんなことになるなんてな。

「ん?」

 違和感を感じた。

 俺がいる部屋が動いたように感じた。

 部屋が動くことってあるのか?

 死んだからそう感じるのか。雲の上にでもあるのか?

 あ、窓がある。

 窓を見つめたので、外の景色を見てみることにした。

 一体どんな世界が広がっているのやら。

 雲の上なのだろうから一面モコモコの雲か。それとも澄み渡るような青い空で、下は陸の様子が見えるのかもしれない。

 俺はベッドから出て窓から外を覗いた。

 考えていた通り空は見えた。

 しかしそれだけじゃない。海が見えた。

 空よりも海が圧倒的に近かった。

 正しく言うと部屋が海の上にある。

 そして、時折海に白い泡が流れているのを見つけた。

 俺は悟った。

「もしかしてここは船の中か?」

 海に近くて、動いているものと言ったら船以外に考えられない。

 死んだ人間は船に乗ってあの世に向かっていくのか?

 でもそれだったら船は海じゃなくて、空を飛ぶよな。

 じゃあ、なんだ。俺はもしかして死んでいないのか?

 そう考えると辻褄が合う。

 でもあの状況で生きているとはとても思えないんだよな。

 ガチャ。

 部屋の扉が開けられた。そこから一人部屋に入ってきた。

 見かけない身なりだった。女の人の割に露出が多い格好をしている。両脇にそれぞれ銃を携えているという冒険者でもあまり見ない格好だ。

 お胸は小ぶりだな。

「あ、起きたんだ」

 俺に気づいた彼女はそういった。

「いや〜よかった。よかった。あのまま死んじゃうんじゃないかと思ったよ」

「あの…………」

「普通なら死ぬ要な状況なのに息が止まらなかったのは奇跡なのか。それとも悪運が強いのか。どっちなんだろうね」

「ちょっと」

 俺の呼びかけに一向に気がつかない。

「まあ、奇跡だろうと悪運が強かろうと命が助かったのなら良しだよね。命大事だし」

「へい!へい!」

「何?」

「何って。俺は色々事情が飲み込めていないんだけど。まずここはどこなんだ?」

「ここ?船の中だけど」

 俺の予想は当たっていた。

 船の中だったか。

「それでどうして俺がここにいるんだ?」

「えっとね。船にいたらあなたが流されているのが見えたから助けたって感じかな」

 あの時見た船は錯覚じゃなくて、本物の船だったということか。

「俺はあんたに救われたのか」

「救われたなんて大袈裟だね〜。ただ拾い上げただけだよ」

「でもそのおかげで助かった。ありがとう」

「どういたしまして」

 一体この人は何者なのかはわからないが、俺を助けてくれたことには感謝しかない。

「あなた、名前は?」

「マーチ=アステル」

「私はアンっていうのよろしく」

「よろしく。ちなみに聞くけど誰が着替えさせてくれたんだ?」

「私の仲間だけど。それ以外にある?」

「それはちなみに男?男だよね?」

「え?女の子だけど」

「あのちょっと。それおかしくない?」

「何で?」

「何でって。男の着替えを女の人にさせるか?」

「向こうは別に男の裸なんて見慣れているから大丈夫だよ」

 男の裸を見慣れているだと。

 そんなに男の経験が豊富な人だと言うのか。

「あ、もしかして男の人にされたかった?」

「いや、違うけど」

「流石に初対面の人の性癖はわからなかったから。無難な方にして上げたんだけど」

「無難な方向がなぜ女の人にさせるんだよ」

「男の人は裸を女の人に見られたいはずだよな」

「聞いたことねぇよ。そんな話」

「そっか。見られるより、見る派だったか」

「そっちでもねぇよ」

 コンコン

 ドアがノックされたのを聞いた彼女は、

「どうぞ〜」

 と入る許可を出した。

 入ってきたのは彼女と同じような格好をした小麦色の肌をした女の子。彼女よりもやや子供っぽさは感じるが、この人よりかは成長をしているように見える。

「お、お兄さん目覚めたんですね。よかった」

「本当にね。あ、この子があなたのお世話をしてくれた、リーファ」

「よろしくです。お兄さん!」

「よろしく…………」

 この子が俺のお世話をしてくれたわけか。つまり俺の着替えもしてくれた人、俺の裸を見たと言う人か。男性経験豊富そうにはとても見えない。

 いやでもこういう子の方が豊富な場合ってるだろうからな。

 それとも触れてはいけないのかもしれないか。

「お兄さん、黙ってますけど。どうしたんですか」

「リーファが彼の着替えをしたじゃん。そのことであなたに見せちゃいけないものを見せちゃったんじゃないかって思ったみたいよ」

「あ〜!そんなことですか」

 そんなことってな。

「大丈夫ですよ。可能な限り見ないようにしましたから。ご心配なく。それに治療をするときにそんなことを言ってられませんから」

「そう?それならいいんだけど」

 つまり彼女がその辺については治療経験が豊富だったからか。

 男の経験が豊富だったからじゃないというわけか。

 ………………よかった。

「別にお兄さんの汚いものを見ても何も思いませんでしたから」

 ぐさっ!

 悪気があっていったんじゃないと思うが、結構くるよな。介抱してもらったと言ってもだ。

「それにしても災難だったですね。流されたなんて」

「まあ、酒を飲みたせいで海に落ちたら流されてしまったんだ」

「酒?酒に酔ったんですか」

「まあ、色々あって飲まずにいられなかっただ」

「何があったの?」

「よかったら話してみてくださいよ。あたしたちでよかったら聞きますよ」

 この人たちに話しても仕方のないことかもしれないが、誰かに聞いてもらいたいとも思っていた。

 ならお言葉に甘えさせえてもらおう。

 俺はこれまでのことを全て彼女たちに話した。

「なるほどね。なかなか残忍というか不幸なことになったって感じか」

「大変でしたね」

「まあ………大変だよ。それこそこれからどうするかを考えないといけない」

「ふ〜ん。だったら私たちの仲間になる?」

 アンは俺にそう告げた。

「いいね!お兄さんそうしなよ」

 リーファもアンの提案に賛同の意を示した。

「一人増えたところで何も変わらないし、人が多いことに越したことはないんだし」

「それはありがたい提案だけど、おたくらは何をしている人たちなんだ?」

「この格好といる場所を見たらわからない?」

「船乗りか?」

「ピンポーン。でもただの船乗りじゃないんだけど」

「何なら船乗りって表現もあまり正しくはないかもです。お兄さん」

「どういうこと?」

 船乗りだけど、船乗りという表現は正しくない。

 船乗りなのはあっているけど、表現は間違っている。

 そんな職業の人間はいるのか?

「わからないみたいだね」

「全く思い当たるものがない」

「じゃあ正解を教えよう」


「海賊」


 彼女の口から告げられたのは海賊という言葉だった。

「海賊だと」

「そうですよ!」

「俺、海賊に拾われたのか」

「そうなりますね」

 身構えざるを得なかった。

 だって海賊だ。

「ちょっと。海賊だからって変な目で見ないでよ」

「見たくなるだろうが」

 だって海賊だぞ。

「まあ、露出は多いし。胸元も腰元も出してるからそう言うえっちな目で見られても仕方はないとはいえ直接みると言うのはちょっとね」

「誰がそんな目で見たってんだよ」

 恥ずかしがって胸元と腰元を隠そうとするなっての。

 こっちが余計意識するだろうが。

「え?私を見て性的な興奮を覚えないの?男でしょ。ついてるものついてるんでしょ?」

「女の子がそんなこと口にするものじゃありません!あと、興奮してても口には出さないっての」

「何それ。あたしだったらちゃんと口にするのに」

「おかしいだろそれ!」

「おかしい?興奮したら、『興奮してる!』って言うじゃん。普通だよ。人間の欲求の一つじゃん」

「そうだけど口にしていい時と悪い時があるだろ」

「私は欲求には正直に生きているから。そう言うのわからない」

「よくわかってろ!」

「お兄さん、船長にそんなこと言っても無駄だって。船長は変わっている人だから」

「はっ。女海賊だと言うことは捕まえてきた男たちを性奴隷として弄んでるのか⁉︎」

「まあ、あたしは攻められるより、攻める派だけど」

「やっぱりか!」

 なんて奴らだ。

 とんでもない悪党集団じゃないかよ。

「だからと言って性奴隷なんかいないから」

 彼女は奴隷の所有を否定した。

「海賊だろ」

「海賊だからって言って性奴隷を持ってるわけじゃないし、売買とかもしていないから」

「海賊なのにか」

「海賊なのにね」

「海賊なのにだよ」

 俺の頭の中にある海賊と全く異なっている。

 海賊といえば、自由のままに傍若無人に振る舞って、悪奪非道なことをする集団。船や沿岸の街を襲撃して物や人を奪って売買したり、自分のものにする。

 国や市民からしたら忌み嫌われる存在で、討伐の対象となる犯罪集団だ。

 そんな人たちが俺を助けるなんて。

「私たちは悪い海賊じゃないんだって」

「信じられなんだけど」

「もし悪奪非道な海賊だったらお兄さんに対してここまでしないって」

「あ、確かに」

「普通の海賊だったら、適当な場所に放り込むか、手荷物だけを奪ってもう一度海に投げ捨てるよ。でもそんなことしてないよ」

 俺のきている服は綺麗にハンガーに掛けられていた。

 手荷物類も机の上に綺麗に置かれていた。

 対応してくれた人はよほど几帳面な人なんだな。

「じゃあ、なんで海賊してるんだよ」

「悪いさをするだけが海賊だと思う?」

「それ以外に考えられないんだけど」

「海賊のもう一つのイメージを忘れてない?お兄さん」

「もう一つのイメージ………?」

 一体なんだろうか。

 犯罪集団という印象しか頭に思い浮かばない。


「冒険、だよ」


 彼女の言葉に俺の心は反応した。

 強く、強く、反応した。

 冒険。

 それは俺が小さい頃からしたかったことで、ずっと憧れていたことだ。

「あたしたち海賊は海の冒険者と言われるの」

「海の冒険者………」

 冒険者。

 俺がなりたかったもので、憧れていた職業だ。

「未開の場所を冒険・探検したり、海で暴れるモンスターを倒したり、依頼を受けて船を護衛する。場合によっては海賊を討伐することもあるの」

「本当に陸地で冒険者がするような仕事ばかりだな」

「だから海の冒険者って言われるの」

 そんな風に入れているなんて知らなかった。

「船長………あれ?目覚めたんですか」

「うん。あたしが様子を見にきた時にね」

「それはよかった〜。あの様子を見た時には死ぬと思ってからね」

 再びドアがノックされた。

「いいよ〜」

 一応俺の許可ぐらいは取ってくれないかな。

「失礼します」

「目覚められたんですか」

「ついさっきね」

「この人は?」

「うちの副船長を務めているメアリー」

「初めまして」

 この人は本当に海賊とは思えないほど、しっかりしているように見える。

 メガネかけているし。髪も海賊というよりかは品のある束ね方をしている。

「この人、前の仕事を辞めさせられて、自分のしたかった冒険者にもなれなかったんだって」

「この方は王国騎士団の騎士団長を務めていた人です。冒険者になれないのはそうでしょうね」

「俺は名前を名乗っていないによく知ってるな」

「あなたの顔は有名ですよ」

 女の子に褒めれた。嬉しい。

「それで彼をうちの仲間に引き入れようかと思ってるんだよ」

「海賊団にですか」

「そうそう」

「彼はどうお考えなのですか」

「海賊と聞いて警戒をしている。いくら冒険とかを主軸にしていると言っても海賊は海賊なんだろ」

「はい。海賊です。ですが、他の海賊とは違います。同じにしないでください」

「本当なのか?」

「本当ですよ」

「…………」

 終始無言となった。

「私はこの辺で失礼します」

 何やらそそくさとメアリーさんは部屋から出て行った。

「信じられていないみたいだね」

「それはそうだろ」

 海賊のイメージは悪いんだ。それを容易く変えることは難しい。

「だったら私たちの活動を見て判断すればいいよ。どちらにしろさっきの港にはしばらく戻れない。その間に私たちが他の海賊とは違うかどうかを判断すればいいよ」

「戻れないのか?」

「すぐには戻れないよ。私たちの仕事もある訳だし。すぐ戻りたい理由がある?」

「いや。何もない」

 陸地にいても何もやることはないし、やれることもない。

 どこにいても犯罪者のレッテルを貼られて、腫物扱いを受けるだけだ。

 それならあの場所にいるよりも、あまり俺のことを知らない人がいるところにいよう。

 もし彼女たちの存在が彼女たちの言うような存在だったら俺の夢を叶えることができる。

「本当に悪い海賊じゃないんだよな」

「基本的にはね。場合によって国とかに楯突くかも知れないけど」

「それは構わない。俺を追放したお国に今更なんとも思わないからな」

「じゃあ、私たちの仲間になるってことで」

「ああ。よろしく頼むよ」

 こうして俺は海賊となった。

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