第2話 学園入学

学園長の長ったらしい挨拶が続く。

皆口にこそ出さないが、どこか顔が疲れてきている。

「えー…次は、新入生代表挨拶」


新入生代表挨拶は毎年、入学試験の成績トップ者が選ばれる。

今年は同学年でこの国の第2王子のルイ・フォルディエンが総合成績で1位を取ったと聞いた。

さすが王族だ。抜かりない教育をされている。

しかしその王族のルイに魔法成績で僅差をつけて1位を取っていたのが本来のこの物語の主人公、そう、アントワリーネ・ユリアだ。


そしてどういうことか、現在隣にそのユリアが座っている。


1ヶ月ほど前、私は前世の記憶を思い出した。

そしてそれと同時に、ここが前世で愛読していた漫画、「君と魔法の恋」通称”キミコイ”の世界だと気が付いた。


そして私はその物語の悪役令嬢だった。




「う〜ん…」

自宅で届いた制服を試着する。

鏡を覗いてみるとそこには青みがかった緑色の瞳にカールした長いまつ毛、ツンと高くて小さな鼻、ほんのりと桃色の唇、白い肌に華奢で長い手足、毎日メイドたちが丹念に手入れをしている薄いグレージュのロングヘア、これを絶世の美女と言わずなんと言おう。


過去の記憶の蘇った私はまじまじと現在の自分を観察する。

ビジュアルは漫画で見て知っていたが、実物はこの世のものとは思えない美少女だ。


現在は学園への入学前、鏡の中の美少女は15歳のまだ幼い少女である。

果たしてこの美しい少女が嫉妬して嫌がらせしてしまうほどの主人公とは?

いや、この美しさゆえに自分以外の人間が注目を浴びることを許せなかったのか。

ここがキミコイの世界でなければ、間違いなく私は主人公かヒロインのポジションだったろう。


しかし15年の記憶を振り返ってみても、私は悪役令嬢と思えるほどの振る舞いをしていない。どちらかといえば好奇心が強いがらも、思いつきで行動しないような思慮深さがあり、周りの両親や使用人のことも大事にし、弟の面倒をよく見る姉だった。


ーあれ?

何か…悪役令嬢と変わるきっかけがあったような…

漫画のほんの数コマ、きっかけを現したようなコマがあった気がする。

しかしそこまでの詳しい内容を思い出すことができない。

それならどんな事があっても、自分は今のまま大人しくしていれば良いだけだ。

そう、私は正統派ヒロインのように、優しく慈悲深く美しく!過ごすだけなんだ。




時は戻り現在。

ユリアは隣の席でルイを真っ直ぐみつめている。

この少女がこの物語の主人公ー…

少女は暗めの茶髪で色白、瞳は薄茶色で色素の薄い日本人のような容姿だ。

ぱっちりとした目に小さな顔、低めの身長に細い手足。たしかに主人公、と思えるような可愛らしさだ。


そう、前世でテレビ越しにみた1000年に1人のアイドル、みたいな。


ルイの挨拶が終わると式は終了され、各教室へと案内される。

私たちが案内されたのはAクラスで、成績優秀者たちが上から順に集められたクラスだ。


ちなみに一般市民は少ないが、いない訳では無い。入学基準に達していれば入学は可能だ。

現在の王政では民が知識を持つことを重要視しており、授業料なども所得に応じて奨学金を借りることが出来たり、また優秀な生徒には身分関係なく特待生として様々な免除が設けられている。


たしかユリアは裕福な家の家庭ではなく、魔法成績により入学料、授業料の免除がされていたはずだ。


担任の先生から挨拶と、これからの説明がされる。

私たちは今日から学校附属の寮に入り、5年間寝食を共にする事になる。


入寮に関して1人、メイドや執事を連れてくることができる。

私は同世代で幼い頃から一緒に育ってきた、マリーを連れてきた。




「はぁ〜疲れたぁ」

無事入学式を終え、クラスメイトとの顔合わせを済まし、寮へと帰ってきた。

「お疲れ様です、お嬢様」

ふふ、と微笑みながらマリーが上着を掛けてくれる。


寮はおよそ12畳くらいの部屋と6畳くらいの部屋の2DK仕様となっており、部屋にバストイレ付き、大浴場に食堂もついている。

さすが貴族も住む寮だ。余計な装飾は無いものの、高級ホテルのような上品な出で立ちだ。


「お嬢様、入浴の準備が整いましたよ」


お湯に浸かりながら身体の力を抜く。

今日は幸い、主人公やその周りの男たちとも関わりを持たずに済んだ。

できるだけ関わらないに越したことはない。

明日からは悪役令嬢のルートを避けつつ、自分の味方を増やしていかなければならない。

「はぁ…明日から大丈夫かなぁ…」


広々とした風呂場に、小さくため息がこだました。

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