正統派ヒロインを目指します!

サーモン青木

第1話 目が覚めたら悪役令嬢でした

閉じた目にかかる明るい陽射しに顔をしかめる

そうだ私、雪の中職場に向かって・・・

それでどうしたんだっけ?


目が覚めるとそこは見慣れぬ天井だった。

詳しくは見慣れた天井だったが、たった今過去の記憶ー

”雪本玲奈”としての過去を思い出した”リエリン・アルフォルグ”としては、の話だ。


過去の私、雪本玲奈はどこにでもいる平凡な23歳の女だった。

両親との折り合いが悪く大学進学を諦め、高校卒業後就職をした。

20歳になるタイミングで家を出、一人暮らしを始めた。

正直一人暮らしをして余裕のある暮らしではなかったが、真面目に勤め続けることでだんだんと評価され、暮らしにも少しずつ余裕ができるようになっていた。


それでも自分を支えることができるのは自分だけだった。

両親に頼ることはできず、頼れる恋人もいなかった。

そして10年に1度と言われる程の大雪が降った朝、仕事は休みとなったがどうしても終わらせたい仕事があり、職場まで徒歩で10分の距離だった為必要な書類を取りに向かった。

雪に慣れていない地方ということもあり、色々なところで車がスリップ、立ち往生・・・そして坂道を上る最中、誰かの大きな悲鳴が聞こえて・・・

おそらくスリップした車に突っ込まれたのだろう。

そこで雪本玲奈としての人生は終わったのだと思う。



「リエ!森に行こう!」

過去の記憶に想いを馳せまだぼんやりとした頭を起こしたのは弟のユイエンだった。

「ユイ、、おはよう」

まだ眠い目をこすりながら挨拶をする。


私はいわゆる異世界転生をしてしまったのだ。

ここは日本とは全く違う、魔法のある世界。

でも、何かー

「リエ!早く~」

「ごめんごめん、今行く!」


ユイと2人、屋敷の裏にある森へと向かう。

森と言っても小さな雑木林のような場所だ。

そしてここはアルフォルグ家の領地でもある。そう、私が生まれ変わったのは所謂貴族様だったのだ。


弟は森の中で練習していた魔法を使う。

「水よ!この木を潤せ!」

ポタポタポタ・・・


弟はあまり魔法が得意ではない。人が生まれ持った魔力量に問題はないらしいが、それを形にするのが苦手なのだ。

その点、私リエリンは比較的魔法を扱うのが得意だった。

そうだ。魔法の基本は魔力に意味を持たせることー・・・

「水よ、この森を潤せ」


ポタ・・ポタ・・・

ザーーーーーーッ


「・・・え?」

「リ、リエ・・・すごいよ!!」

ユイは興奮した様子で目を輝かせている。

降り始めた雨は森だけをすっぽりと包み込み、木の葉を、土を濡らした。


一番驚いたのは私自身だった。

生まれつき魔力量は多いほうだったが、これまではせいぜい木を1,2本濡らす程度のことしかできなかったからだ。

もしかしてー・・・私が過去の記憶を思い出したことと関係が・・・?


そう考えを巡らせた刹那、ある記憶が蘇る。

それは前世で愛読していた漫画のワンシーンだった。

「君と魔法の恋」略してキミコイ・・・よくある恋愛ファンタジーだ。

主人公は王立魔法学園に入学した一般市民だ。

平凡な彼女には実はずば抜けた魔法の才能があり、学園に入学し魔法開発師となることを目指し色んな難題を乗り越えていく。その中で貴族たちも彼女に1目置くようになり、好意を寄せていた相手との距離は徐々に近づいていく。

それを邪魔するのが私、リエリン・アルフォルグだった。


自分以外に注目が集まるのを面白く思わなかった私はべたでベタベタな嫌がらせを繰り返し、パーティーの当日、ドレスを着た主人公をみじめな姿にしてやろうと例の水の魔法を放った。

そしてその水はたまたま近くにいた主人公の思い人・・・そう、この国の第二王子、ルイ・フォルディエンだった。

私の放った水は見事ルイに命中し、それまでの悪行も相まり、私は学園を退学処分となった。

その後は漫画には詳細に描かれていなかったが、おそらく本来は処刑にされても仕方ないような罪を、家柄を考慮され退学処分で済まされたのだ。

おそらく田舎に追放され、半自給自足のような生活を送ったのではないだろうか。


「リエ、これで学園に入学しても安心だね!」

ユイの言葉で我に返る。

そうだ・・・例の学園への入学はあと1か月後に迫っているのだった。


田舎での自給自足生活・・・も悪くはないけれど・・・

そもそも私が主人公に嫉妬して幼稚な嫌がらせなんてしなければ悠々自適の貴族生活を送り続けられるのでは?

というかこの魔力と魔法を扱える力があればそれだけで食べていけるのでは・・・?


そうして1か月後に漫画の本編を控えた私は入学までの期間、魔法の腕を磨きつつ、正統派ヒロイン・・・いや、「良い人」として学園生活を送ることを胸に決めたのだった。

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