全国大会

 全国大会は、ここ7、8年長野県の野沢温泉スキー場で開かれているらしい。その前は、持ち回りであちこちの県で開催されていたようだ。瑛斗先輩のお姉ちゃんは、青森、北海道、山形に行ったらしい。行きのバスの中で瑛斗先輩がぶつくさ文句をたれた。

「ちぇっ。いいよな。あねきはいろんなところに行けて」

「どうせスキー場にしかいないんだからおんなじだろ。コースだってよくわかっている方がいいじゃないか。合宿だって毎年野沢なんだし」

 悠希兄は現実主義みたいだ。

 1月半ばから箱館山にもしっかり雪が積もり、いっぱい練習できるようになった。週末だけじゃなく放課後も、悠希兄と瑛斗先輩が練習するというので、悠希兄のお母さんの絵美おばさんが送迎してくれることになった。明日香もそれに一緒に乗せてもらい、できる限り練習した。


 大会会場には、各県のテントが所狭しと並んでいる。それぞれ、チューンナップルームになっている。気温によって雪の質が変わる。その変化に合わせてワックスを調整するためだ。アップ板で練習して、ワックスの滑り具合を確認する。100人以上の選手が出走するから、かなり長時間になる。その間に変わった天気にも臨機応変に対応するのだ。ワックスを間違えると、滑りが全然変わってくるらしい。一応教えてもらったけど、まだまだよくわからない。言われるままにやっている状態だ。これもしっかり覚えていかなきゃね。


「うわ~! すごい! 速い! きれい!」

 思わず声に出そうなほど、東北の選手たちの滑りはすごい。きれいで速いと思っていた瑛斗先輩と悠希兄の滑りなんて、大人と子どもくらい違う。女子なのに。

「何あれ。なんであんなに速いの? 体重移動? ポールの使い方? 筋力の差? ってか全部なのかな」

 明日香は特にきれいでスピードのある選手のフォームをしっかりと目に焼きつける。

「……体重がやっぱりだいぶ前だな。そんなに強く蹴ってるようには見えないけどな」

 ぶつぶつ言いながらじっくり観察しては、ちょこっと真似をしてみる明日香を見て、瑛斗先輩がけらけら笑った。

「いくら見たって、そんな急には体得できないぞ」

「そんなことわかってますよーだ。でも、クラシカルはまだまだ練習不足なんだもん。あんな風に滑りたいじゃないですか?」

「だな。俺もクラシカルの方が苦手。悠希はうまいよな」

 県大会はフリー走法だけだったけど、全国大会は二日にわけてクラシカルとフリーの両方をやる。2本のレールの中に板を入れて滑るクラシカルはまさに体重移動が大事だ。先にフリーをやったからか、レールの中だけで滑るのは、明日香はなんとなく窮屈に感じていた。でも、今目の前に見る東北の選手たちはのびのびと滑っていて、明日香とは全く違う。明日香がすいすいすいなら、彼女たちはす~~いす~~いす~~いという感じだ。あんなにのびやかに滑れるなら、クラシカルも楽しそうだ。

「高校に入ったら、もっと長く合宿も行けるし、まだまだ上を目指せるよな。俺もクラシカル、しっかりやるぞ」

 あんまり野心なんてなさそうに思っていた瑛斗先輩の熱い思いを聞いて、明日香はちょっと見直した。

「まあ、今へたに真似してフォーム崩すより、今日はお前の今まで通りの滑りでいいんじゃないか? ほら、もうそろそろアップ行かなきゃだろ」

 めずらしく真っ当なことを言う瑛斗先輩に、明日香も素直に返事をしてテントへ駆け戻った。


 県大会とは比べようもないほどの人数が15秒毎に出走する。緊張もあの時の比じゃない。フリーゾーンを何度も滑って気持ちを落ち着かせる。

 今日は晴天。あの日みたいに急に降りだすことはない。明日香は、せっかくだから気持ちよく滑ろうと決めて、スタートラインに立った。

 ゴーの合図とともに出発。グラウンドを出て坂を登っていく。滋賀の応援がちらほら声をかけてくれる。1キロも行ったか行かないかのうちに後ろからバンフライの声がかかる。慌ててレールから出てやり過ごす。一人、抜かれた。悔しい思いを胸に滑り続ける。登って登って登って。ひたすら登り続けるコース。きつくなってきた辺りに悠希兄がいた。

「明日香! がんば!」

 声に応えたくてがんばるけど、続けざまにバンフライをかけられる。くじけそうになる明日香の後ろからずっと悠希兄の聞こえ続けて、なんとかがんばった。そして登りの一番最後のところ、これで休みたいところに瑛斗先輩が立っていた。

「がんばれ! 休むな! 進め!」

 きつい~。でも絶対この人の前で弱っちいところを見せたくない! 明日香は歯をくいしばって滑った。登ったぶんだけ、後半は下り、下りのコースだ。最後に少しアップダウンしてグラウンドに入る。ラストは滋賀の声がたくさん聞こえる中、最後まで気を抜かずにゴールを滑り抜けることができた。みんなの声におされて、今の自分の中では一番の滑りができた。

 ゴールの先で転がって空を見た明日香の頬を、風がそよと撫でていった。


 男子のレースの時、明日香も瑛斗先輩がいたところに立った。滋賀の6人とも、きつそうな顔をしていたけど、一生懸命声をかける明日香の前をぐいっとさらに力をこめて滑り抜けていった。

 翌日のフリーのときも、二人とも同じところで応援した。一番いてほしくないところ。それは一番がんばらないといけないところ。

 他のメンバーもあちこち散らばって応援し、お互いにそのありがたみを感じた。連帯感を感じたところで最終日のリレー。男女とも選抜の4人が青空のしたを精一杯滑り抜けた。

 



 

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