県大会 男子
女子のレースが終わると今度は男子だ。
悠希兄は一番目の出走だ。その次が親友でライバルの瑛斗先輩だ。
「悠希兄ー! がんばれ!」
3年生男子はやっぱり格段にうまい。凸凹の雪面なんて気にもとめないかのように、あっという間に小さくなっていく。
悠希兄はコツコツ努力型だ。夏の陸上で長距離をやっているのも、クロカンのための体力作りだ。それに対して瑛斗先輩は天性の感がいいみたい。どんなコースもきれいなフォームで乱れないで滑る。普段の努力は、学校が違うからはっきりはわからないけど、聞いた話ではあんまりしてなさそう。だからそんな瑛斗先輩が悠希兄と互角なのは、明日香には気に入らない。絶対、悠希兄に勝ってほしい。
「前を走ってる選手より、後ろから追いかける方が相手との距離がわかるから頑張れるよね?」
と前に悠希兄に聞いたことがある。時間差スタートを教えてもらったときのことだ。
「へえ。同時にスタートするんじゃないんだね。あ、待って。スタート時間が違ったら、全員がゴールするまで順位はわからないってこと? それってこわくない?」
陸上では一斉スタートばかりだ。
「陸上だって、組が分かれてるだろ。他の組のタイムはわからないじゃないか」
「そういえばそうか。でも、同じレースのメンバーの中では、何位にいるかはわかるじゃん。クロスカントリースキーは、それもないってことでしょ」
「それが面白いんじゃん」
「じゃあ、完全に自分との闘いだね。ラストスパートをどこでかけるとか、かけひきみたいなのはないってことよね」
「それがそんなこともないんだよな」
悠希兄がぐっとのりだしてくる。
「例えばさ、後ろからずっと追いかけてきている選手がいるとするだろ。上り坂もずっとついてきている。坂を上りきるとめちゃくちゃ疲れてるよな。そこから平地だったりなだらかな下りだったりすると、気持ち的には少し休みたくなる。だけど、そこで根性を出してぐっとスピードをあげるんだ。そうすると後ろの選手が坂の上に見えなくなった背中を追いかけて上りきった時、また見えるはずの背中が見えなくなってたり、ずっと離されているのを見て気持ちが少し萎えるかもしれないだろ」
瑛斗先輩の前を滑っている悠希兄は、どこかでそんな風にしかけてるんだろうか。姿が見えない間も心の中で応援した。前を、後ろを滑り抜ける選手たちに応援の声をかけながら。
2周目、遠くに見える坂を悠希兄が登っていった後、坂の下で周回遅れの誰かが転んだのが小さく見えた。その後ろから来たもう一人がまたその近くで転ぶ。あれじゃあ完全にコースをふさいでしまっているにちがいない。もうすぐ悠希兄が下りてくるのに。はやくどいて! と心の中で思っても小さな影はもそもそ動いているだけにしか見えない。
どんどんやってくる選手に応援の声をかけながらも、意識は遠くグランドの向こうの坂の二人に向いている。そこへ悠希兄が降りてきた。直線の下りをクラウチングスタイルで滑走してくる。転んだ二人をうまく避けた! かのように見えたのに、ちょうどそのときに立ち上がった一人がバランスを崩して、避けた悠希の方へ滑り……ぶつかる! 思わず目をつぶる。おそるおそる目を開けると、転んでいた二人より少し手前で悠希兄が起き上がって滑り出すのが見えた。
けど、なんだか少し滑りが変だ。
片方ストックを持っていない! 折れちゃったんだ!
「悠希兄ー! がんばれー!」
まだまだ声は届かないほど遠くにいるのに、思わず声が出てしまう。
みんなのいるスタート地点まで戻った時に、先生が渡したストックを滑ったまま受け取って通過していく。その少し後を瑛斗先輩。
「悠希! 2位だ。トップと5秒差!」
戻ってきた悠希兄に先生が声をかけた。
転んだ分とストックが一本だった分でどれくらいロスしただろう。この登りと奥の坂で追いつけるだろうか。明日香は去っていく後ろ姿に精一杯声をかけた。
坂を下りてきたときには差は3秒に縮まっていた。
「がんばれ! 悠希兄! ラスト! がんば!」
一瞬で通り過ぎた背中へ繰り返し叫んだ。
悠希兄が奥の坂をおりてくる姿が見えてからは、もう視線はそっちに釘づけだった。横や後ろを通過する他の選手にはごめんなさいだけど。悠希兄の後ろから瑛斗先輩が追いかけてくる。くやしいけどフォームはきれい。疲れているようにも見えない。悠希兄。負けないで。がんばって。
「悠希~! ラストだ! がんばれ!」
「瑛斗! 行け行け! ラスト!」
「悠希先輩! 瑛斗先輩! がんばれ~!」
男子の1位2位争いに、それぞれが思い思いの声援をかける。
明日香の時計のカウントできっかり15秒後に瑛斗先輩がゴールする。ストップウォッチを持って声かけしてくれていた先生に聞くと、一秒差で、負けてる!?
「正確なタイムは、あっちの公式の結果が出ないとわからないけどな」
ゴールした二人は、さっきの明日香みたいに寝っ転がったまま、笑って話している。少し息が落ち着くと立ち上がってじゃれ合って。ほんと、仲がいいんだから。本気出して勝負するけど、その後はけろりとしてる。気にしても結果はすぐには出ないのは確かなんだけどさ。二人のすっきりした笑顔を見てるとどっちも憎めないな。明日香は苦笑した。
県大会の結果は、やっぱり瑛斗先輩が一秒差で勝っていた。3、4位に大差をつけての1、2位。明日香もまさかの4位で全国大会出場が決まった。先輩の一人が3回転倒したらしい。足での圧雪、いつもと違うコース。初滑りの選手多数の周回コース。いろんな悪条件で、思うような結果を出せなかった選手はいっぱいいたと思う。6位入賞できなかった人たちの分も、しっかりがんばらなきゃ!
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