始動前
明日香の通う中学校には、『冬だけクロスカントリースキー部』というのがある。他の季節はそれぞれの部活で活動し、冬前に募集をかけて始動するのだ。
滋賀県では北部にしか雪が積もらない。そしてクロスカントリースキーは湖西の高島市の中学校だけがやっている。高島市内の箱館山にしか公式コースがないからだ。
今年も11月半ばに募集があった。従兄の
「12月になって雪が降ったら、土日の午前中は箱館山スキー場に上って練習します。ゴンドラのパス券は後で配布します。スキー板、ブーツ、ストック、試合時に着るツーピーは学校の備品がありますが、手袋、帽子は各自で用意してください」
体育の中井先生が説明する。
「ねぇ、ツーピーってどんなの?」
隣に座っている千夏がこそっと聞いてきた。
「身体にピタッとフィットしたツーピースだよ」
明日香も小声で答える。
「え、それって体型まるわかりじゃん」
「水着も一緒でしょ。風の抵抗を受けないんだよ」
「そこ! ちゃんと聞いてね」
中井先生に指摘されて、二人して首を縮める。
「冬休みに入ると希望者は野沢温泉スキー場へ合宿に行きます。箱館山でも毎日練習はあります。ただ、今年は暖冬と言われているから、雪が降るのは遅いかもしれません。箱館山に雪が積もって練習できるようになるまでは、ローラースキーで練習します」
ローラースキー? 何それ。今度は黙って千夏と顔を見合わせる。
中井先生が両端にタイヤのついた板をみんなに見えるように持ち上げた。
「スキー板の代わりにこれを使います。ブーツはスキーと同じもので、ビンディングも同じようにつま先だけがついた状態になるものです。これでバランス感覚や、滑走のイメージを養います」
「雪なし県だから仕方ないよなー」
3年生男子のぼやく声が聞こえてきた。
翌日から始まったローラースキーの練習は楽しかった。運動神経もバランス感覚もいい明日香は割とすぐに滑れるようになった。ローラースケートをやったことがあるからかもしれない。
「ちょっ。まって。これ、難しいんだけど。なんで明日香は滑れるの?」
千夏をはじめ一年生はみんなへっぴり腰でよろよろしている。滑るというよりかろうじて前へ進んでいるという感じだ。それでも2、3週間もするとみんなそれなりに滑れるようになってきた。それなのに雪が降らない。あったかくてすごしやすいけど、雪上練習が全くできない。
野沢の合宿には、1年生は誰も行かなかった。
「初めてなんだから、箱館山の練習でいいんじゃない? そのうち降るでしょ」
母の言うことを信じて明日香は参加しなかったのに、年が明けても雪は降らなかった。
「こんなに降らない年も珍しいね。やっぱり温暖化なのかなぁ」
千夏があっけらかんと言う。ローラースキーも楽しいけど、雪の上で滑るのを楽しみにしていた明日香は雪が待ち遠しくてたまらない。
県大会は1月11日。6位までが全国大会に出場できるそうだ。だけど長期の天気予報では小さな雪マークしかついていない。雪がなければ県大会は開催されない。当日に開催できなかった時のために、前もって予備予選をいつもはしていたみたいだけど、その予備予選すらできそうにない。
「何年か前の雪が全くなかった年には、ローラースキーで全国大会の出場者を決めたんだって」
悠希兄が同級生に話している声が聞こえてきた。
「今年もそうなるのかなぁ。雪上と全然違うのに」
うらめしそうに雪のない箱館山を眺めている。
「天気予報が変わったみたいだぞ! 北陸で大雪みたいだ。こっちにも雪雲、来るかも!」
県大会前々日。天気予報で10日と11日に大きな雪マークがついた。どの程度積もるか。開催できるの? みんな期待したのに、10日は思ったほど積もらなかった。ただ、夜中にかけて降りそうだとのこと。
「現時点では、ローラースキーで行うかどうかは決定しないことになりました。明日の朝八時にコースの状態を見て決定します」
先生たちもやっぱり雪上で開催したいみたいだ。
その晩はみんな、ドカ雪が降ることを祈って眠った。
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