第8話 今度こそ本当に、、
「何の騒ぎだ」
その一言に、一瞬で皆の動きが止まる。広間の扉から陛下と、後ろからプロン様が現れた。陛下は大臣と私を見て、少し驚いた顔をしたが、すぐに怒り心頭の大臣に問いかけた。
「大臣。これは一体どういう事だ?」
「陛下! この女、我々にとんでもない物を食事に出して来ましたぞ! 見てください」
大臣はピクルスの皿を持って陛下の前に差し出した。陛下は数秒ピクルスを凝視して今度は私を見た。
「カンナ、何だこれは?」
「ピクルスです。野菜を酢で漬けた物です。普段のお食事は肉や魚、パンだけで栄養が偏ってしまうので本日一品だけ野菜を提供させていただきました」
「……」
「ピクルスはとても栄養価が高く、疲労回復や整腸作用、高血圧の予防など沢山の効果があります」
陛下は再び黙ってピクルスを凝視する。大臣の方は、ほらねこの女ヒドイでしょって顔をしている。私は気にせず話を続けた。
「もちろんこの一品だけで健康的になれるわけではありません。ですが、これから少しづつお食事を変えさせていただければと思っています。今日はそのスタートとして1品提供させていただきました」
「聞きましたか陛下! とんでもない女です! デタラメな事を言って我々を侮辱している」
「1口食べて見てください」
「毒かもしれませんぞ陛下!」
あぁもう、大臣邪魔しないで!!
陛下は無言のまま大臣からピクルスの皿を受け取りテーブルに置くと、そのままテーブルを回り込みいつもの席に座り食事を始めた。
え、食べてくれないの? 失敗した?
私がショックを受けていると大臣と目が合った。極悪人のように笑っていた。あ、死ぬわ。
大臣が衛兵達に合図する。私と料理長は衛兵達にがしっと両脇を掴まれ引きづられた。
「ちょっと待ってぇぇ! まだ食べてないだけだからっ! デザートの感覚で最後に食べるつもりなのかもしれないじゃん! 助けてぇぇ!」
「うまい」
「……へ?」
皆が一斉に陛下の方に振り返る。静かになった大広間に陛下がボリボリと咀嚼する音だけが響く。陛下は飲み込むと、また一つ掴み口に放り込んだ。
ボリボリ……
「……」
私は衛兵達に掴まれたまま、おそるおそる陛下に尋ねた。
「陛下、お味はいかがですか?」
その瞬間、陛下はこちらを向き目を輝かした。
「カンナ、これはとても上手いぞ。酸味も程よく味がいい。それに赤や緑、オレンジと色鮮やかで綺麗だ」
「赤色はビーツで、緑は胡瓜、オレンジは人参です」
「野菜とはこんなに美味しい食べ物だったのだな」
陛下の目はキラキラして楽しそうだ。大変失礼だが小学生みたいで可愛い。こういう表情もするのだとまじまじと眺めてしまった。
横にいた陛下の叔父プロン様もピクルスを口にする。
「おぉ、これは上手い! 初めて食べる味だ。カンナ、良くやった! お前は天才だ!」
プロン様はわははと豪快に笑ながら食事を始めた。プロン様は褒めすぎだ。しかも王族なのにフレンドリーでニコニコしてるからか、親戚のおじさんみたいな親近感を感じてしまう。
私と料理長は目を合わせ、同時に胸をなで下ろした。
は〜心臓に悪い。でも助かった。
これがきっかけで少しでも陛下の気持ちが変われば、こちらとしては嬉しいのだが。
結局、ピクルスの件は陛下に咎められるどころか大絶賛だったので、そのまま料理長と私は、無事に厨房に戻る事ができた。
大広間を出る時、チラッと大臣を見たが、顔を真っ赤にして怒りに震えながら私を睨んでいた。
厨房に到着し扉を閉めると料理長はいきなり大声をあげた。
「この大バカ者が!」
「はい!! 巻き込んでしまい申し訳ありません!」
「あははは! いやいや、こんなに愉快な気持ちになったのは久しぶりだ」
料理長は大声で怒ったと思ったら今度は笑いだした。どうしたんだ。変なキノコでも食べたのか。厨房にいる人達も若干引いてるぞ。
「あんな嬉しそうなご尊顔を拝する事ができるとは! あはははは! カンナ、良くやった」
「……」
「私達も陛下に喜んでいただけるように努力し続けなくてはいけないな」
「料理長……」
料理長に褒められた。嬉しい。なんか父親に褒められている気分だ。
すると、周りにいた料理人達が声をかけてきた。
「カンナ、ピクルスの話はもうここまで広まってるよ。すごいじゃないか」
「みなさん……」
先ほど起きた事が一瞬で城中に広まっている。相変わらず怖い所だ。
まぁ、それは置いといて、今まで遠巻きに私を見ていた人達が話しかけてくれるようになった。純粋に嬉しい。少しづつ皆に受け入れられているように感じた。
ピクルスは家庭でも作れるお手軽な一品だが、こうまで好評いただけるとは……それだけ王族や貴族が野菜を使った料理を食べてこなかったからなのか。
とりあえず今日は激動の1日だった。
――その夜
自分の部屋で今後の献立を考えながら、ウトウトと眠りに就こうとしていた時、誰かが扉を強く叩いた。
「カンナ殿! カンナ殿、扉を開けられよ」
「え、はっはい!」
え、今度は何? 何が起こったの?
急いで扉を開ける。扉の前には沢山の衛兵がいた。
「夜分に失礼。カンナ殿、あなたに国家侮辱罪の容疑がかかっております」
「…………は?」
いきなり何? 国家侮辱罪? 何だそれは、聞き慣れない言葉ですけど。取り敢えず、良くない事が起きているという事は分かる。
恐怖を顔に出さないように、はっきりとした口調で答えた。
「なんでそんな容疑が? 身に覚えがありません」
「とある方から、あなたを審議する必要があると仰せつかっています」
「とある方?」
瞬時に思い当たる人物が頭に浮かぶ。
「あ! あの大臣!」
私を捕らえるように命令したのは、間違いなく今日大広間で大恥をかいたあの大臣だ。
くっそー仕返ししたつもりか!
「まずは地下牢に拘束、その後、その方が取り調べを行います。さぁ行きましょう、カンナ殿」
「え、えっと先にトイレに行っていいですか?」
「地下牢の中にあります」
「……」
誰か助けて……
こうして私は今度こそ本当に地下牢にぶち込まれてしまったのだった。
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