第9話 初体験
「うわぁ最悪……」
地下牢がどういうものかなんてイメージでしかなかったが……大方イメージ通りの場所だった。
日の光も入らないから薄暗いし、カビは至る所に生えているし、クモの巣はあるし、そして何より寒い。煉瓦の隙間から、ときおり冷たい風が入ってくる。
牢の中には、カビと汗が混じったきつい香りを放つボロボロのベッドと、トイレ(というかバケツ)があるのみだ。とりあえず部屋の真ん中あたりに、膝を抱えて座り込んだ。
うぅ寒い。パジャマ姿で即座に連行されたので、着替えも毛布も持って来れなかった。あの大臣め、絶対許さん。
この世界は身分社会だ。日本では考えられないが、ここでは身分の高い者が絶対で、その者の機嫌一つで首が飛んでしまう。私の事も建前上は取り調べをするが、実際もう処刑は決定しているかもしれない。そう考えると身震いした。
今までこちらに来てから、激動の毎日を過ごしていたので、あまり深く考える事は無かったが、急に家族や日本が恋しくなってしまった。お母さんやお父さんは今頃、私を探しているのだろうか。悲しんでいないか。病院の患者さん達は大丈夫なのか。考え出したら、不安は止まらない。
私は日本に帰れるのだろうか。帰りたい。日本のご飯が食べたい。お母さんが作った味噌汁やおにぎりが食べたい。
どの位時間が立っていたのだろうか。気が付くと視界がぼやけていた。
「……久しぶりに泣いたかも」
そういえば、こっちに来てから一度も泣いてなかった。
「あんたが、大臣に突っかかった奴?」
涙を袖で拭っていると突然男の声がした。
顔を上げると鉄格子の向こうで、愉快そうにこちらを見ている男がいた。乙女が泣いているのに、空気が読めない奴だ。突然の事で驚いたが、涙を拭ってから返事をする。
「別に突っかかってはいない。自分の仕事をしただけ」
男は泣いていた人間がいきなり強気な返事を返して来たので、少し面食らったようだった。
「へぇ、そりゃ災難だったな。あんた外国人だろ? この国では長生きしたければ、どんなに理不尽で間違った事でも、取りあえず頷いておくんだよ」
「そんな事出来ない」
「上手く立ち回れって事だよ。あんた下手そうだもんな。このままだと明日には処刑だぞ」
男は鉄格子越しに毛布を投げてきた。
「それでも巻いとけ。少しはマシだろ」
思っても見なかったプレゼントだ。誰か知らないが助かった。
毛布はそこまで生地も厚くないし、ゴワゴワしていたが、身体に巻けば風が凌げた。
男をまじまじと見る。
腰に剣を差していたので、衛兵だという事は分かったが、ただの衛兵ではない。赤いマントに、胸元には王家のエンブレム――近衛騎士だ。何度か陛下に会いに行った時に見た事がある。
ナトムさんに聞いた話だと、近衛騎士になるには、貴族の血筋、剣の腕が必須で、貴族の男子の憧れだとかなんとか。
という事はこの男も貴族なのか……失礼だが口調が貴族らしくない。
しかし明るいグレーの瞳に、少しウェーブのかかった黒髪、長身で顔も整っているので、さぞやモテるのだろう。
「俺はマグシム。騎士団第三部隊隊長だ。宜しくな」
「カンナです。それよりマグシムさん助けてくれませんか? 近衛騎士様でしょ」
「俺が大臣より身分が高いと思う? 助かりたければ真剣に女神に祈るんだな」
「はい?」
何言っているんだこの人は。なぜ、そこで女神?
「女神は本当に助けが必要な時は、必ず助けてくれるらしいからな」
「……そうなんですね」
ここの人達は信仰心が厚い。というより神様と人との距離が近い。
みんな毎日のお祈りを欠かさないし、何か本当に困った時は、女神様が助けてくれると強く信じている。私自身も、別の場所に瞬間移動という不思議体験をしてるけど、これも女神の仕業なのかね。それなら、お願いだから元の場所に帰して欲しいな。
そんな事考えているうちに、マグシムさんはいつの間にか、椅子を用意して、鉄格子の前に座っていた。長話する気満々だよこの人。
「本当だぞ。有名な話を挙げるなら、50年前の王様が、ある日、文字が読めない病気になったそうだ。それで女神に祈ったところ、空から二つの不思議な丸いガラスが落ちてきた。それを顔の前にかざしたら、なんと文字が見えるようになったとか」
「いやそれ眼鏡だろ」
思わず、つっこんでしまった。
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