第6話 理解
仕事をしているフリをしながら、おしゃべりしている女性達の元に足早に向かう。
「失礼」
そしてさっきまで、私がさばこうとしていた頭がない魚を、彼女達のリーダー格の女性の顔に思いっきり押し付けた。
「きゃぁぁぁぁああ! 何するのよ!」
「あんた、何のつもり!」
「臭っ! こんな事して済むと思っているの!」
彼女達は鬼の形相で怒鳴ってきた。
「失礼、手が滑りました。それよりお顔は大丈夫ですか? 何やら魚の腹のあたりに、光るものがあったようなんですが」
その瞬間、彼女達は一斉に青ざめ、私が顔に魚を押しつけた女性は、自分の顔を指で触り確かめだした。
やはりそうか。
彼女達は私への嫌がらせで、魚の腹近くに縫い針を潜ませていたのだ。
今までの嫌がらせを、私がスルーしていた為にエスカレートしてしまったのか。どちらにせよ、今回はいたずらが過ぎる。
一人が魚を私から奪って縫い針があるか確認する。針が無い事を確認すると、全員安堵の表情をした。そしてすぐにこちらに怒りの目を向ける。
「あんた、最低ね。謝罪だけじゃ済まされないわよ!」
彼女達の1人がそう叫ぶので、淡々とした口調で返す。
「ご存知の通り、これは陛下のお口に入る食材です」
私の言葉に、彼女達は一斉に固まった。
「つまらない事の為に、何も関係もない人の命を危険に晒すつもりですか? それにもし、陛下に何かあったらあなた方含め、厨房の人間は皆処刑ですよ」
さすがに許せなかった。
嫌がらせなんて可愛いものだ。だけど、これはダメだ。陛下がこれを間違って口にしていたらと思うとゾッとする。私達は美味しいものを提供する以前に、安心して食べれる食事を出さなくてはいけないのに。
「だって、あなたが生意気で……」
「事の重大さが分からないのなら、他の仕事をした方がいいですよ」
冷たく言い放ち、私は元の作業台に戻って行った。彼女達の方はただただ呆然として動けないでいる。戻る途中に視界の端で料理長が彼女達に近づいて行くのが見えた。
で、作業台に積み重なった魚についてだが……幸いな事に、縫い針はその1尾だけだった。だけどこの事件のせいで時間がたってしまい、魚担当の料理人が、もう時間がないから別の料理を作る。それは捨ててしまおうと言い出した。
こんな大量のお魚さんを捨てるだと! そんな勿体ない事できません! と私が反論した為、今こうして干物にするべく1人で捌いてるわけだ。
もう窓の外は真っ暗だ。この世界は時計がないから、今何時なのかさっぱり分からない。
早く終わらせて寝なくては。そんな事を考えながら一人で黙々と作業をしていると、背後から声がした。
「あんたは本当に変わりもんだな」
「……料理長」
料理長は私の横に椅子を持ってきて座り、私と同じように魚を捌き出した。どうやら手伝ってくれるみたいだ。
「あ、ありがとうございます」
私がお礼を言うと、手元を見たまま料理長が口を開く。
「針を仕込んだ奴等だが……異動処分だ。厨房には入らせねぇで当分薪拾いをさせる」
「そうですか」
「この処分じゃ不満か?」
「いえ反省してくれているなら、十分です。逆にそれだけで済んで良かった」
「ふん、お人好しだな」
しばらく無言が続き、少し気まずくなってきたタイミングで料理長は手を止め私に向き直った。
「あんたは何で、そんなに陛下の食事を変えたいんだ?」
「……」
料理長の瞳は深いグレーの瞳だ。いつもその瞳からは仕事への熱意を感じる。そして、今その真剣な眼差しが、私の考えは何かを探ろうとしているのが分かった。同時に、この人には誠実にありのままの気持ちを言わなくてはいけないという事も。
「私は、陛下の栄養マネジメントを行い、陛下の体重を、3ヶ月で落とすとお約束しました。そして、期間までに成果がなければ処刑されます」
料理長は一瞬呆気にとられると、やや動揺した表情で口を開く。
「な、なんだそれは。何でそんな事になった?」
「詳しくは言ってはいけない事になっていますが、そのせいで料理長に迷惑をかけた事は謝罪します。すみません」
「……」
「気持ちが焦ってた事は事実です。でも今は自分が助かりたいからだけではありません。陛下の事はまだあまりよく知りませんが、陛下の現状を知ってしまったからには、何とかしたいんです。体重があそこまで重いと、既に何か病気を抱えているんじゃないか心配で。陛下とも結果を出すとお約束しましたしね」
そうだ。
これはいつもの仕事と同じだ。たとえ患者さんの身体が心配で、私がムキになって食事について力説しても、患者さんや周りの人達の心は動かせなかったじゃないか。
心を通わせて、理解して、初めて栄養マネジメントとして一歩進めるのだ。
「それがあんたの目的か?」
私はまっすぐ料理長を見た。
「それが私の仕事です」
「……」
しばらく考え込んだように動かなくなった料理長に、ぺこりとお辞儀をする。
「手伝って頂いてありがとうございます。後は1人でやりますので……」
「協力してやるよ」
「え?」
「少しだけな」
口を開けて驚いている私を見て、料理長は少し笑った。
「あんたが今まで何考えてるか分からなかったが、少し理解できた。俺も陛下は大切な人だ。だから協力する」
「……」
その言葉を聞いて少しだけ泣きそうになった。なぜならこの世界にきてから、一度も人と心を通わせた事がなかったから。
ここは日本じゃないけど、自分を受け入れてくれる人がいるのだ。
心が温かい気持ちになった。
だけど次の日その気持ちは急降下する事になるのだけど……
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