第5話 厨房の人々

「料理長お願いします! 話を聞いてください」


「うるせぇ邪魔だ。あっちに行け」


「ここの食事はとても美味しいですが、陛下に長生きしていただくには、美味しいだけじゃダメなんです!」


「お前みたいな小娘に説教される程、俺は落ちぶれちゃいねぇ」


 鉄の大鍋を運ぶ料理長の後に、くっついて行き必死に説明する。


「でも栄養のバランスが悪いと身体の調子が悪くなったり、身体の維持に支障が出たり、最悪病気になったりします」


「そりゃ大変なこった」


「料理長!」


 料理長がわなわなと震えだす。


「あぁもう、うるせぇぇ!」


 料理長の怒号に厨房は静まり返る。


「お前が陛下に健康な食事を提供したいなら好きにしろ! だが厨房の事を何も分からねぇ奴が偉そうに口出すな!」


 料理長は言い終わると、天井から下がっている鎖に大鍋の取っ手をかけ、鍋の真下にある薪に火をつけた。


 料理長の言った事は確かにその通りだ。私はここの厨房の事は何も知らない。ここは働いていた病院の厨房ではないのだ。何も知らない人間にあれこれ言われるのは、不愉快だし、納得出来ないだろう。


「料理長! では私を料理長のアシスタントにして下さい! この厨房の事を教えて下さい」


「あ? いきなり何言ってやがる。却下だ」


「……」


 しばらくお願いし続けたが、料理長が却下としか口にしなくなったので、別の方法をとることにした。私はナトムさんの所に急いで行き、(強引に)説得し紹介状を(強引に)書いてもらった。こうして最速で料理長のアシスタントになる事ができた。


 と言っても、やる事はじゃがいもの皮を延々と剥いたり、食材を何度も往復して運んだり、皿洗いを延々としたり……要は下っ端のお仕事を仰せつかったわけだ。単純作業だが大事な仕事で、そして過酷な作業を。


 しかも新入りの定めなのか、ちょくちょく先輩の女性数名が嫌がらせをして来るのだ。背中を押されて、保管してあった大量のブドウの池に突っ込んだり。洗い終わった食器に生ゴミをぶちまけられたり……まぁ普段の私ならブチ切れてるが、今は小さな事にかまっていられない。


 こっちは命が助かるかこの3ヶ月にかかってるのだ。諦めてたまるか。分かってくれるまで料理長に何度も話しかけるのだ。


 あ! 視界に料理長を発見。ストーカーのごとく静かに背後に接近する。


「料理長」


「うぉ! なんなんだお前は! 脅かすな」


「あ、すみません。どうしてもお話したくて」


「あ? しねぇよ」


 話は終わりとばかりに手元の包丁に視線を戻し黙々と魚を捌く料理長。だが終わりにされては困る。


「栄養には3つの役割があります。1つは身体、精神の調子を整える。2つ目はエネルギーになる。3つ目は筋肉や血液、歯や骨など身体を作る役割があり……」


「おい」


「バランスの良い食事を続ける事で、病気のリスクを減らす事が出来るのです」


「……」


 ……あれ? 何も返ってこない。


「お前は自分勝手だな。俺はお前には協力しない」


「……」


「俺は忙しい。仕事の話以外で話しかけるな」


 料理長は私に背中を向けて去っていってしまった。


「……」


 さすがにあそこまで言われたら、図太い精神の私でも追いかけられない。ちょっと、いや大分へこむ。そう思われるような事を自分はしているのか。助かりたいあまりに周りが見えていなかったかも知らない。反省しなくては。


 だけど、ひとまず今は与えられた任務――作業台に大量に積まれている魚の解体作業を終わらせよう。


 腕をまくって、切れ味の悪い包丁を握る。そして猛スピードで魚をさばいていった。


 少しでも料理長に認められように仕事をどんどん片付けよう。


「痛っ」


 そう思った矢先、手先に違和感を感じた。


「え……何で」


 見ると左の親指から血が出ていた。

 

「今日は厄日だぁー」


 思わず溜息がでた。

 でも何で血が出たんだろう。


 さばいていた魚に顔を近付ける。原因はすぐに分かった。


「……あいつら、ゆるさん」



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