第5話 妖狐の一家
『いただきます』
十数分後、運ばれてきた昼ご飯を前にしながら俺達は手と声を合わせて言った。木の茶碗に盛られホカホカと湯気を上げる白いご飯と味噌汁、そして綺麗な焦げ目がついた焼き鮭と白く瑞々しい豆腐は見るからに美味しそうで、こんなに良い物を食べて良いのかと感じる程だった。
「お、美味しそう……!」
「喜んでもらえてよかったよ。この様子だとハル君の世界とここの食べ物はそんなに変わらないみたいだね」
「変わらないどころかまったく同じだと思います。そうじゃなかったとしても出された物は食べますけどね」
「まああまり無理はしないようにね。さて、君の名前が花村春樹だという事や家族構成はだいたいわかった。後は君の両親や妹さんの事だけど、話を聞く限り本当に酷いようだね」
俺は俯きながら頷いた。
「……はい。前々から妹にばかり何かをあげたり褒めたりしていて、それを妹や弟がいる友達に相談しても
けど、両親の俺の扱いが明らかにおかしいと感じ始めたのは妹が調子に乗り始めた頃からで、明らかに妹が何かをやらかしても何故か俺のせいにされたり妹は出来が良いけど俺はそこまでよくないと親戚達に話しているところを見かけたりした事でやっぱりおかしいんだなと感じました」
「それはたしかに酷いですね……そう言われるようになったきっかけに何か心当たりはありますか?」
「それがまったくで……だからこそ不思議なんです。どうしてあそこまで妹ばかりを贔屓するというか可愛がるのか」
「心当たりもない、か……けど、流石にいなくなったからには探すだろうし何か自分達に落ち度があったと思うんじゃないか?」
「そうであってほしいけどな。俺が話せる事はそのくらいです。後は向こうの世界の話くらいですし」
「わかった。それじゃあ今度は私達の話をするんだけど、まずはこれを見てくれるかな?」
そう言って珠樹さんは真樹と紅珠に目配せをした。そして二人が頷いてから持っていた器や箸を置くと、二人から突然煙が発生し、それに驚いている内に煙は晴れ、二人がいたところには黒い目をした茶色の毛の狐と黒色の毛の仔狐が座っていた。
「……え?」
「見てもらっている通り、この子達は狐だ。そしてそれは私達も同じで、この姿は人間の姿に化けているだけなんだよ」
「人間の姿に……え、それじゃあ珠樹さん達の正体って、狐なんですか!?」
「正確には妖狐という妖だよ。他所の世界では、妖狐は長い時を生きた狐が成るもので、私と真紅の歳ではまだ妖狐には成れないと言われている。けれどこの世界、神妖界では他所の世界の常識から外れた事が多く、私と真紅が既に妖狐になっているのもそれが理由なんだよ」
「なるほど……」
「それで、真樹と紅珠はまだ自分で化ける事も出来ないし、化ける事で消費される妖力もまだ賄えるほど多くも無いから私達がそれを肩代わりしながら化けさせているというわけなんだよ」
話している間に再び煙が上がると、二人は人間の姿になっていて、珠樹さんにとって二人を化けさせるのは話しながらでも出来る事なのだと感じて素直にすごいと思った。
「珠樹さんってすごいんですね……」
「そんな事……でも、ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいよ」
「因みに、もう少し年上にも年下にも化けさせる事は出来るみたいだけど、親父が言うには前後一歳ずつしか出来ないんだってさ。狐の姿の間は喋れないし」
「あ、そうなんだ。道理で何も言わないなと思ったけど」
「鳴き声は上げられるけどな。それで、この服も親父が化けさせる事で出来てる物だけど、普通に脱ぐ事も出来るし無しで人間の姿になる事も出来るんだ。よかったな、ハル」
「良かったって何がだ?」
ご飯を食べながら俺が不思議に思っていると、真樹はいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「これで紅珠と普通に裸の付き合いが出来るぞって話だよ」
「んぐっ!?」
「お、お兄ちゃん……!?」
「だって、別に良いだろ。俺達まだ子供なんだから一緒に風呂入るくらい」
「いやいや、問題あるって! そもそも裸の付き合いって言葉の意味は何も隠さずに正直に言い合える付き合いの事だからな!?」
「へー、そうなのか。でも、俺は兄貴として別に紅珠がハルが男女として仲良くなっても良いぜ? 紅珠の奴、この通り内気って奴みたいだから他の奴と中々話そうとしなくて困ってたんだよ」
そう言いながら真樹は紅珠の頭をポンポンと叩く。その様子は内気な妹を心配する兄の姿だったが、少々本人にはデリカシーが欠けているようだった。
「まあしばらくお世話になる以上は仲良くする気だけどさ。けど、流石に線引きはするからな」
「はいはい。それにしても、ハルって結構物知りなんだな」
「まあ成績だけは上位をキープしてきたからな」
「キープ? ってのはよくわからないけど、まあ成績だけなら問題ないって言うなら、良いところがあるぜ?」
「良いところ?」
俺が疑問に感じていると、真樹はニッと笑った。
「寺子屋だよ」
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