第4話 家族の暖かさ

 家の中に入ると、まず目に入ってきたのは玄関と板張りの廊下の先にあった現代でも見るような日本家屋的な居間だった。町の風景が江戸時代風だったから、昔話で見るような内装なのかと思っていたが実はそうじゃないようで、その光景に俺は思わずキョロキョロしてしまった。



「こういう家はあまり見慣れないかな?」

「あ、はい……本とかでは見る事はあっても、実際に行く機会はないので」

「まあそんなもんだろうな。今回行ってきたとこはちっと都会なとこだったしな」

「今回は人間しかいないところだったのか?」

「ああ、だから何人かこっちに引っ張って来ようかと思ったんだが、その前にコイツを、ハルを見つけたからとりあえず戻ってきたんだ。お前達一家の新しい家族にはうってつけだからな」

「うってつけって……連れてきた事といい彼に何かあったのか?」



 珠樹さんが不思議そうに聞いてきたその時、ぱたぱたという足音が聞こえ、居間に三人の人物が入ってきた。入ってきたのは栗色の長い髪の女性と二人の子供で奥さんと二人の子供がいると聞いていたから、この三人が珠樹さんの家族なのだろうとすぐに察しがついた。



真紅しんく、それに真樹しんじゅ紅珠こうじゅまで」

「玄関先で何かお話をしてると思って来てみたのですが……ジョウさんがいらしていたんですね。それと、そちらのお子さんは……」

「ウチの新しい子供だそうだ。ジョウがまた別世界で見つけて連れてきたみたいだ」

「あら、そうなのですね。とりあえずお話を聞きましょうか。お話を聞かない事には何も始まりませんから」

「ああ、そうだな。真樹と紅珠も良いか?」



 その問いかけに真樹は胸を張りながら答える。



「ああ、良いぜ! なっ、紅珠」

「う、うん……」



 短い茶髪の真樹に対して長い黒髪の紅樹はその背中に隠れながら答えると、俺とシンは靴を脱いでから中へと入り、居間の囲炉裏を囲みながらゆっくりと座った。



「さて、それじゃあ話してくれるか。そのハル君について」

「ああ、良いぜ。まず、ハルは見ての通り人間の子供で、歳は……」

「小学5年生で11歳だ」

「おっ、俺と同い年じゃん!」

「そうなのか?」

「ああ、それで妹の紅珠は二歳下の9歳だ」



 真樹の言葉を肯定するように紅珠はコクコクと頷く。どうやら活動的な兄と内向的な妹という兄妹のようだ。



「まあそんなまだまだガキンチョのハル、花村春樹だが、あまり本当の家族からは愛されてない。それは間違いないな」

「……俺から見ればそうだ。妹ばかり贔屓して褒めるし、妹も妹で調子に乗って生意気な態度ばかり取る。まあ、兄貴なんだから我慢すれば良いと他人からすれば思うだろうけど、俺はもう我慢の限界だ。だから、俺は家出をしようと……」



 その時、俺は奥から込み上げてくる物を感じ、そこで言葉を切った。そして目から涙が溢れてくるのを目を瞑る事で堪えていると、何かに抱き締められたような感覚があった。



「え……」



 目を開けると、そこには珠樹さんの優しい顔があり、それを見た瞬間にこれが家族の愛なのだろうかと考えてしまい、俺の目からは止めどなく涙が溢れ始めた。



「す、すみません……」

「いや、良いんだ。涙が出るという事はそれだけ我慢を強いられてきたという証明だから。だから、今は好きなだけ泣いても良いんだ。泣かないのは男の強さだと言う人もいるけれど、ちゃんと泣く事だって必要なんだからね」

「珠樹さん……!」



 限界を迎えた俺は珠樹さんの胸の中で子供らしく泣きじゃくった。嬉しかった。突然泣き始めた俺の事を抱き締めてくれた事やしっかりと話を聞いてくれた事が嬉しかったのだ。


 そうして珠樹さんの胸の中で泣き続けていると、シンの落ち着いた声が聞こえてきた。



「それで、どうだ? 出来ればずっとが良いが、とりあえずしばらくここに置いてやってくれないか?」

「……わかった。ウチにはまだ貯えは十分にあるから一人増える程度ならどうって事ないし、こんな子をそのまま帰すわけにもいかない」

「そうですね。初めての事ばかりでハルさんは戸惑うかもしれませんが、私達は受け入れますよ」

「俺も問題なし! 紅珠はどうだ?」

「わ、私も良いけど……知らない人がいるとやっぱり緊張する……」

「そこはゆっくりと慣れていけば良いよ、紅珠。さて……」



 珠樹さんは俺から体を離すと、俺を見てにっこり笑った。



「我が家へようこそ、ハル君。これからよろしくね」

「……はい、こちらこそよろしくお願いします」



 軽く涙を指で拭った後に珠樹さんの顔を見ながら言うと、シンはゆっくりと立ち上がった。



「それじゃ俺はそろそろ行くかね。ハル、珠樹達と仲良くな」

「ああ。シン、ここに連れてきてくれてありがとう」

「どういたしまして。それじゃあな、お前達」



 そう言うと、シンはそのまま玄関へと向かい、戸を“すり抜けて”外へと出ていった。



「え? い、今戸をすり抜けた……!?」

「ジョウはちょっと変わった奴だからそういう事も出来るんだよ。そういえば、そろそろ昼九つだけど、昼ご飯は食べたかな?」

「昼九つ……あ、正午の事か。いえ、まだです」

「それじゃあ昼ご飯を食べながらお互いに自己紹介といこう。お互いにまだまだ話していない事はあるからね」

「わかりました」



 珠樹さんの言葉に答えた後、真紅さんは立ち上がったが、それに続けて真樹と紅珠も立ち上がった。



「お袋、手伝うよ」

「私もて、手伝うよ……」

「ありがとう、二人とも」

「それじゃあ俺も……」

「ハル君は珠樹さんと一緒に待っていて下さい。珠樹さんにはいつも手伝ってもらってますが、今回はハル君のお相手をお願いするので」

「……わかりました」



 少し申し訳ない気持ちを抱えながらも台所へ入っていく三人を見送った後、俺は台所から聞こえてくる楽しそうな話し声や包丁で何かを切るような音を聞きながら珠樹さんと待ち続けた。

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