第2話 妖の世界

 歩き始めてから数分後、俺は辺りを見回した。



「この辺に車でも停めてるのか?」

「車? いいや、停めてはないが……ああ、なるほどな。人攫いと言ったから、そんじょそこらの奴と一緒だと思ってるのか」

「そうじゃないのか?」

「人攫いと言ったのはあくまでも言い方としてはそれが適当だっただけだ」

「じゃあ何者なんだ? まだ自己紹介だってしてないだろ?」



 不審な人物はクックッと笑った。



「ほんとお前さんは威勢が良いな。俺は……そうだな、まあなんとでも呼んでくれや。おやっさんでも救世主様でもな」

「そんな呼び方はしない。不審者から取ってシンとでも呼ぶのが妥当だろ」

「それならそれでも良いさ。それでハル、突然の事で笑うと思うが、お前さんは妖っていると思うか?」

「妖……ああ、妖怪の事か。いるんじゃないのか? 俺は見た事がないけど、火のない所に煙は立たぬとも言うし、見た事がある人がいたからそういう話や絵が伝わってるんだろ」

「幽霊の正体見たり枯れ尾花って有名な句もあるから、一概には言えないがな。んで、その妖だがこれからお前はそいつらと出会うと聞いたらどうする?」



 俺は一度足を止めた。妖がいると聞いて怖くなったんじゃなく、いるんじゃないかと答えた相手が実際にいるという事に驚いたのだ。



「いるのか、妖って」

「いるさ。だが、こっちの世界じゃめっきり減っちまったし、中には人間に化けて生活してる奴もいる。まったくつまらない世の中になったもんだ」

「それを知ってるシンは結局何者なんだ? シンも人間に見えて何か違うモノなのか?」

「そうだな……まあ、気が向いたら教えてやるよ」

「気が向いたらって、そんな時が本当に来るのか?」

「来るさ。そんな予感がするんだ」

「ふーん……」



 シンの言葉は何となく胡散臭かった。けれど、これから妖と会うという言葉にはワクワクしていた。


 別に妖というものが特別好きというわけでもないし、いるならいる、いないならいないで良いと思うレベルだった。


 だけど、昔話の中くらいでしか聞いた事がないような存在が実際にいて、これからそんな奴らと会うと聞いたら不思議と気持ちが高揚してきたのだ。



「ほら、そろそろ着くぞ」



 その声にハッとして顔を上げると、俺の視界は白い光に包まれ、その光が眩しくて俺は目をぎゅっと瞑った。そして目を開けると、そこには驚くべき光景が広がっていた。



「な、なんだこれ……」



 そこはまるで江戸時代のような街並みだった。アスファルトや電柱なんてなく、見える建物のほとんどが木造で、人間のような奴もいれば明らかに違う姿をしている奴もいて、その光景に俺は驚くばかりだった。



「ここが妖達の住んでるところなのか……」

「その一つに過ぎねぇさ。ここは人間達の中で生きられなかったり時代について行けなかったりした奴らが住む世界で、この町は田舎の方にあるとこだ」

「へえ……じゃあ、都会の街もあるんだな」

「ある。それに、俺ぁ都会住みなんだ」

「それじゃあどうしてここに?」



 シンはニッと笑った。



「ハルにはここくらいのんびりしたとこが合ってそうだからな」

「俺がここに合ってる……」

「そうだ。今のお前は子供らしくもないとこばかりになってる。それはお前が大嫌いな家族のせいだ。だから、ここに住んでる俺の知り合い一家とお前を引き合わせてお前に本当の家族ってもんを学ばせ、本当のお前を見つけさせる。それがお前をここまで連れてきた理由だよ」

「本当の俺、か……」



 シンの言葉を俺は呟いた。本当の俺というのはよくわからないし、まだシンの事をちゃんと信じてるわけでもない。だけど、何故だかわからないけど、シンは嘘をついていないように感じた。



「……まだシンが何者かもわからないし、これから何が起こるかはわからない」

「だからこそ、人生は面白いんだがな」

「そう、面白いんだ。だから、俺も面白がらせてもらうよ。その知り合い達がどんな人達かは知らないけどさ」

「少なくとも良い奴なのは間違いないぜ。ただ、そこの家のガキがちょっとな……」

「素行が悪いとか?」



 その問いかけにシンは首を横に振った。



「いいや、珍しく純真で良い奴らばかりだ。だが、兄と妹の二人兄妹なんだ」

「妹……なるほど、そういう事か」

「そういう事だ。どうだ? やっぱり相手を変えるか?」

「……いや、良い。どんな相手かまだわからないのに決めつけるのも良くないからな」



 それを聞いたシンはニイッと笑った。



「やっぱりお前を連れてきて正解だった。それじゃあ行こうぜ、ハル」

「ああ」



 答えた後、俺はシンの後に続いて妖達が住む町の中をゆっくりと歩き始めた。

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