家出先は異世界だった(仮)

九戸政景

第1話 家出

「……絶対に帰ってやるもんか」



 怒りで肩を震わせながら俺はズンズンと道を歩いていた。怒りの理由はいたって単純で、両親が妹ばかりを贔屓にするからだ。


 俺も兄だから我慢しないといけない事があるのはわかる。けれど、ウチの両親の妹贔屓は本当に酷い物で、どんなに俺がテストで高い点を獲ったり家の手伝いをしたりしても俺の事を褒めはせずに少し悪い点を獲った妹に慰めの言葉をかけるし、出掛ける時も俺じゃなく妹ばかりを誘うのだ。


 その上、お兄ちゃんなんだから我慢しなさいだのその程度じゃ足りないだの勝手な事を言ってくる。その結果、我慢の限界が遂に来たのだ。



「……でも、どこへ行こう」



 家出すると決めたは良いが、俺はまだ小学5年生だ。持っている荷物だってリュックサックに入れた財布くらいで、まだまだ子供な俺に行けるところなんて限られてる。


 財布に入ってるなけなしの小遣いなんて高が知れていて、当然着替えや食べ物だって必要だからすぐに無くなるのなんて火を見るよりも明らかだ。



「……帰る、しかないのか」



 悔しさを滲ませながら言う。帰りたくないというのが本音だし、帰ったところで何も変わらないのはわかる。でも、このまま家出を続けようとしても何も出来ないのだって真実だ。それなら帰るしかないのだ。



「くそっ……!」



 悔しさが限界に来て俺はドンとアスファルトを強く踏んだ。悔しい。まだ子供で何も出来ない自分が、変えたいと思っても何も変えられない自分がたまらなく悔しいのだ。



「……欲しい。自分の未来を変えられるだけの力が大切にしたい家族が、色々な物が欲しい……!」



 目から溢れてくる涙は足元のアスファルトを濡らす。でもただそれだけで、涙混じりに出てきた言葉も俺の現在いまも未来を変えるだけの力は無かった。そうして道の真ん中で一人声も上げずに泣き続けていたその時だった。



「よお、ボウズ。こんなとこで何をしてるんだ?」

「え……?」



 顔を上げると、そこには知らない誰かがいた。少し銀色よりの白髪に丸いレンズの黒いサングラス、スラリとした高身長を包む和風な着物に口に咥えたキセル、とその出で立ちは中々怪しく、本来ならすぐにでもこの不審な人物から逃げるべきだった。


 けれど、この不審者らしき人物が何者でも俺にとってはどうでもよかった。本当に不審者で俺に危害を加えるならそれでも良い。むしろそうして欲しいくらいだった。



「……家出中だよ。あの家の連中には俺は必要ないだろうから」

「ほー、行くアテはあるのか? 家出と一口に言っても行くアテくらいはあんだろ?」

「……ないよ。それに、自分には結局何も出来ないってわかって悔しくなってたところだよ」

「何も出来ない、ねぇ……まあ見たところまだ小学生っぽいからな。そんなガキンチョが出来る事なんざ高が知れてる」

「そうだよ……ところで、アンタは誰なんだ? そんな怪しい出で立ちをして、俺みたいな奴に話しかけて……」

「人さらい、って言ったらどうする?」



 不審な人物はニヤリと笑いながら聞いてくる。でも、本当に人攫いなら渡りに船だ。さっさと拐われてしまおう。



「だったら、俺の事を連れてってくれよ。身代金はどうせ払われないけど」

「んなもんいらねぇさ。これでも俺は結構金は持ってるんだ。お前一人くらい養う余裕もあるが……」

「あるが、なんだよ?」

「さっきのお前の心からの叫び、実は聞いてたんだ。それで、別に俺はお前が望むような家族にはなれない。だから、俺はお前を養う気もない」

「じゃあ、何をするって言うんだよ! 冷やかしならいなくなってくれ!」

「お前、結構色々な言葉知ってるんだな。こいつぁ驚いたぜ」



 不審な人物はクックッと笑うと、その顔を俺に近づけてきた。



「だから、一緒に来てもらう。そして然るべき相手にお前を渡す」

「然るべき相手?」

「そうだ。さてボウズ、お前はどうしたい? このまま俺に拐われると、お前は自分の価値観や常識が壊れるような体験をこれからするようになる。これまでの自分とサヨナラするだけの覚悟はお前にはあるか?」



 不審な人物は口調こそちょっと軽かったが、サングラスの奥にうっすら見える目は真剣な物だった。


 正直そんな覚悟を決めてきたわけじゃない。でも、これまでの自分とサヨナラする気はある。自分の現在と未来を変えるためなら、俺は過去なんて捨ててやる。



「……ある」

「そうかい。それなら遠慮なく拐わせてもらおう。お前さん、名前は?」

「……春来はるき、花村春来」

「良い名前じゃねえか。んじゃあ、これからはハルだな」

「好きに呼べば良いだろ」

「それじゃあそうさせてもらう。さあ行くぜ、ハル。お前がこれから住むべきところへ」



 不審な人物の言葉に頷いた後、俺はその後に続いてゆっくりと歩き始めた。

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