第153話 け、結婚すか!?
少し時は戻って、隼人の検査中のこと。
雪乃は声に不安を滲ませていた。
「こういう、なんにもできねー時間ってやっぱ苦手だぜ……」
「落ち着きなさい、ユキノ。ハヤトはあんなに元気で明るくしていたじゃない。きっと心配いらないわ」
「そんなのわかんねーよ……。アタシの弟だって、平気そうに見えたのに、検査で良くない結果出たことあるしよ……」
雪乃はうつむき、やがて上目遣いでおれに問う。
「やっぱ、隼人って、長くない……のか?」
ごまかしても仕方がない。おれは頷いた。
「
「でもよ、上手くいくかなんてわかんねーんだよな……?」
「……うん。保証はできない」
「なあロゼ、お前はどんな気持ちで津田と付き合ってんだ? お前らも、寿命の差があるだろ。お前からすれば、短い期間しか一緒にいられねーんだよな?」
「……そうね。それはわたしも考えたわ。ずっと一緒にいるために、眷属にしてしまう手段もある。でもそれでは、彼はわたしに支配されてしまうの。そんなの、わたしの愛するジョージではないし、支配するわたしは、ジョージが愛してくれたわたしではないわ」
「じゃあ、どうするんだ……?」
「……どうもしないわ。人の生き死になんて、本来、変えようのないことよ。だからといって、この幸せな日々が否定されるわけでもない。いずれ失うのなら、そのときに後悔しないよう、精一杯に幸福を味わうだけよ」
その真剣な紅い瞳に、雪乃は息を呑んで、ゆっくりと頷いた。
「……やっぱロゼはアタシよりずっと大人だな。そっか……後悔しないように精一杯、か。それしかないよな……」
それきり、雪乃は覚悟を決めたように口をつぐんだ。
そしてフィリアに連れられて隼人が戻ってきた瞬間、その覚悟を口にしたのだ。
「は、隼人、結婚しよう!」
「はえっ!? け、結婚すか!?」
耳も尻尾も立てて驚く隼人である。
「えっ、でも俺たちまだ付き合い始めたばっかりっていうか……手もつないでないのに」
「アタシなりに考えたんだよ! お前が……その、あんまり長くないなら……後悔しないように精一杯、幸せにしてやるしかねーじゃねーか!」
「そ、それで結婚……すか」
「あ、あのー……」
フィリアが声をかけるが、スルーされてしまう。
「わ、わりーかよ……。アタシだってこういうのは照れるけどよ、段階踏んでる時間だってもったいねーだろ」
「いやでも雪乃先生……」
「お話、聞いてくださーい」
再びフィリアが声を上げるが、これまたスルー。
「子供だって欲しいんだぞ! お前だって赤ちゃん抱いてみたいだろ。早くしないと、そんな時間だってなくなっちまう」
さすがに隼人は真っ赤になった。
「みんなの前でなに言ってんすか! マジで気が早いですって」
「なんだよ、いけないのかよぉ! アタシだって、そういう憧れあるんだよ! その相手はお前じゃなきゃ嫌なんだよぉ……」
だんだん涙目になる雪乃。隼人は困惑しつつも、無意識にか尻尾がぱたぱた揺れている。かなり嬉しそうだ。
そこで大きく息を吸って、フィリアが声を上げた。
「――風間様は、長生きされますよ!」
その大声に、やっと雪乃はフィリアのほうを向く。
「……へ?」
言葉の意味が、よく理解できなかったらしい。
「ですから、検査の結果、風間様は長生きされそうなお体であると確認できたのです」
「え? ん……?」
「本当かい、フィリアさん!? どういうことなんだ?」
混乱している雪乃は一旦置いておいて、おれはフィリアに問いかけた。
「どうやら風間様と合成された生物は、もともと人間の体と相性の良いものばかりが選ばれていたようなのです」
「それで長生きってことは……」
「はい。人間本来の寿命は超えているかと。もちろん、再生や変身を繰り返せばその限りではありません。ですが、それを見越しての予防処置なのでしょうか。そういった行為で受ける苦痛を麻痺させる処置も取られていないのです」
「もしかしたら、俺の生きたいっていう望みを、真剣に叶えてくれたのかもしれないっす」
補足する隼人に、フィリアは頷く。
「はい。斎川様は残念な結果になってしまいましたが、望みを叶えることに関しては、とても誠実なものを感じました」
「そういえば
「…………」
フィリアは答えない。なにか、べつに気がかりがあるようだった。
「どうしたの、フィリアさん?」
「あ、はい。すみません。偶然なのかもしれませんが……この結果は、わたくしに
「フィリアさんのお
「んなことより!」
考え込んでしまいそうなところ、雪乃が大声で軌道修正する。
「つまり、隼人はどうなんだよ? 手術はするのか、しねーのか?」
「はい、風間様はすこぶる健康。手術しなくても、長生きされることと思われます」
「マジか、マジだな! うぉおっしゃぁあ! 隼人、よかったぁあ!」
全身で喜びを表現して隼人に抱きつく雪乃。隼人は照れてまた顔を赤くした。
「あはは……。まあ、だから言ったんすよ、気が早いって」
すると雪乃はハッとして隼人から離れた。
「お、おまっ! 知っててアタシに言わせっぱなしにしてたのかよ!」
「いや、俺らの話聞いてくれなかったのは、雪乃先生っすよ……」
「いやそれは……あ、あぅあぁ――!」
蒸気でも噴き出しそうなくらい赤面して、雪乃はその場にしゃがみこんだ。両手で顔を覆ってしまう。
「わ、忘れろぉ、バカー……!」
ぽん、とロザリンデが雪乃の肩を叩いた。
「いいことじゃない。おめでとう」
「うー、そうだけどよぉ」
「支配下に置かずに長生きさせられるなら、それはそれでいいかもしれないわ。ジョージにも試してもらおうかしら」
雪乃は、がばっ、と顔を上げた。
「お、おめー、さっきと言ってること違くねーか!?」
ロザリンデは肩をすくめて、微笑んだ。
「ええ、幸せのためなら柔軟にならないといけないわ。あなたもそうしなさい。ハヤトが短命でも長命でも、気持ちは変わらないはずでしょう?」
雪乃は涙目で隼人を見上げた。隼人は、はにかみつつ答える。
「えっと、不束者ですが、よろしくお願いします」
しかし――。
「あ、でもダメです! 大事なことが抜けています!」
落ち着くかと思われた空気は、フィリアの一言でまた変わってしまうのだった。
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