第82話 この手は、絶対離さない!

「お姉ちゃんは、お姉ちゃんだよ。あたしの大好きだったお姉ちゃん!」


「紗夜ちゃん、やっぱりおかしいよ。死んじゃったお姉ちゃんが、どうして紗夜ちゃんに命令するの?」


「だからそれは、先生に死んでもらえば生き返るから……」


「順番がおかしいよ、紗夜ちゃん! それだとまだ生き返ってないよ。紗夜ちゃんに命令してるのは、違う人――悪い吸血鬼ヴァンパイアだよ!」


「え……あれ? でも、あれ?」


 紗夜は自分の言動の矛盾に気づき、困惑の表情を見せた。頭に手をやり、軽く首を振る。


「でもあたし、お姉ちゃんに誘われて……お姉ちゃんが、また一緒にいてくれるって言ったから……」


「お姉ちゃんが一緒だったら、どうなるの……?」


「一緒なら、また家族みんなで……お父さんやお母さんとも仲良くできる……。みんながちゃんとあたしを見てくれて……寂しくなくなる……」


「そっか……。紗夜ちゃんは、寂しかったんだね……」


「そうだよ。あたしは、一条先生をやっつけて、お姉ちゃんに褒めてもらうんだ……。そしたら家族がまた一緒にいられるから……だから邪魔しないで!」


 結衣はもう矛盾を指摘するつもりはなかった。騙されていると知ったところで、紗夜の心は満たされない。むしろ心の隙間を埋めるべく、誘惑にすがり続けてしまうだろうから。


 再び魔法の構えを取る紗夜に、結衣はただ真っ直ぐに目を向ける。


 いつもは前髪に隠れがちな瞳に、強く想いを込めて。


「そのために、ユイたちを捨てていくの? 自分自身を、捨てていくの?」


「違う……! あたしは、捨てられた自分を取り戻したいだけ!」


 叫びとともに火球が放たれる。それに向かって、結衣は盾を投げつけた。同時にメイスを捨て、正面に駆ける。


 爆風で跳ね返ってくる盾をかわし、身軽になった体で紗夜に飛びついた。


 地面に転がり、結衣は紗夜に馬乗りになった。彼女の両手を捕まえて押さえる。吸血鬼化の進む紗夜の腕力でも、ここ数日戦いに明け暮れて成長した結衣の筋力には敵わない。


「違わない。違わないんだよ、紗夜ちゃん! 言ってたでしょ、ここはもう自分の居場所なんだって! 変われたんだって! 思い出して!」


「離して!」


「離さない! この手は、絶対離さない!」


 そして、ぽつり、と紗夜の頬に雫が落ちた。感情が溢れて、結衣の瞳から涙がこぼれていた。


「紗夜ちゃんは、ここで頑張ってきたんだよ……! モンスレさんたちに会って、ユイとパーティになってくれて……一緒に動画撮って、魔法覚えて、ふざけて衣装作って……! 自分の居場所を自分で作ってきたのに、それを全部捨てちゃうの!? それは……寂しくないの?」


「どうして、結衣ちゃんが泣くの……?」


「だって……だって! うぅ、えぅうっ、ユイだって紗夜ちゃんのこと好きなのに……。大好きなのに! 捨てられるなんて、いやだよぉ……っ!」


 紗夜の顔に戸惑いが生まれる。どこか虚ろだったその瞳に、わずかに光が宿る。両腕の抵抗が弱まる。


「あ、泣かないで……。捨てたりなんて、しないから……」


「うそつき。ユイたちよりお姉ちゃんのほうがいいんでしょ……」


「それは……でもあたし、ずっとお姉ちゃんに、もう一度会いたくて……。あたし……なんにも取り柄がなかったけど、お姉ちゃんが褒めてくれたから……怖いことでも頑張れたから……」


「そっか……。紗夜ちゃんのお姉ちゃんは、ユイにとっての紗夜ちゃんなんだね……?」


「結衣ちゃんにとっての、あたし?」


「そうだよ……ユイ、紗夜ちゃんのお陰で頑張れたんだよ」


 こつん、と自分の額を、紗夜の額に当てる。


「励ましてくれて、このバンダナを結んでくれたでしょ。あの日から、ユイは変われたんだよ。だから、本当は怖くてつらくて悲しいけど、こうやって紗夜ちゃんを助けに来たんだよ……」


「あたしが……お姉ちゃんと同じこと、できてたの……?」


 紗夜の両腕から力が抜ける。


「なのに……あのお姉ちゃんは、褒めてくれなかったんだ……。そっか……。あれ、うそのお姉ちゃんだったんだ……」


 紗夜の瞳に完全に光が戻る。そして大粒の涙がぽろぽろとこぼれ出す。


「あたしのお姉ちゃんは、もういないんだ……。あたし、お父さんにもお母さんにも捨てられて……もう、あの日には帰れないんだ……」


 結衣はそっと紗夜の腕から手を離し、手のひら同士を合わせるように繋ぎなおした。


「代わりにユイが……ユイたちがいるよ……。紗夜ちゃんが作った居場所があるよ。それじゃダメかな?」


「ダメ……。ダメだよ、あたし……みんなに迷惑かけちゃった。こんな体にされて……もうここにいられないよ……」


「大丈夫、モンスレさんが治るって言ってたから。そしたら、ユイと一緒にお礼を言いに行こう? 一緒にごめんなさいしに行こう?」


 紗夜はその言葉に、少しだけ顔をほころばせた。


「なんだか……それって、家族みたいだね……」


 そしてすがるように、結衣の手を握り返してきた。結衣は頷いて返す。


「うん……。そうなれたら、嬉しい」


「前に、一緒に暮らそうって言ってたね?」


「今も、そうしたいって思ってるよ」


「じゃあ……これらからもよろしくね、結衣ちゃん……」


「うん。こちらこそ、紗夜ちゃん」


 結衣は馬乗りの姿勢から、横にころりと転がって仰向けになった。片手は繋いだまま、ふたりで横になる。


 紗夜と結衣は互いに見つめ合い、笑いあった。



   ◇



「一条拓斗とその一味が来たようだ」


 フィリアの軟禁部屋にやってきて、ダスティンは開口一番そう言った。


「貴女を口説き落とせなかったのは残念だが、なかなか悪くない時間だった」


「わたくしも有意義な時間であったと思います。だからこそ残念です。貴方の考え方が少し違っていれば、受け皿になって差し上げることもできたでしょうに」


「私の孤独を癒やそうという貴女の考えは好ましかった。しかし居場所なら自ら作る。貴女たち人間が、仲間や家族を作って居場所を得ていくのと同じように」


「そのために多くの方々を本来の居場所から切り離し、大切な人との繋がりを断つようなことは許されません。貴方も孤独であったなら、その苦しみを理解できるはずでしょうに」


「もちろん。だからこそ人間を余すことなく我が家族にしようというのだ」


「家族は支配するようなものではありません」


「ふふふっ、こうしてずっと話していたいが、来客をもてなさなければならぬのでな。そろそろ失礼させていただく」


「ではその前に、最後になるでしょうから、お伝えしておきます」


「ほう、なにかな?」


「貴方とは相容れませんでしたが、ひとつだけ感謝を申し上げます」




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フィリアの感謝とは? そして拓斗と丈二の動きは?

次回、いよいよ突入です! ご期待いただけておりましたら、ぜひぜひ★★★評価と作品フォローで応援ください!

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