第81話 絶対助けてやるからな、覚悟しやがれ!

 吾郎には、幸せな記憶は子供時代くらいにしかない。


 勉強も運動も人並み以上にできていたし、きっと将来はなにかしらの分野で名を上げるに違いないと思っていた。毎日、良い気分で過ごしていた。


 大人から見れば、さぞかし生意気だったろう。許されていたのは、それに見合う結果を出していたからだ。


 だが、余裕だと思っていた大学受験に失敗して、なにもかもが変わってしまった。


 さらに世界的な投資銀行の経営破綻に端を発する大不況で、父親が失職。経済的な事情から吾郎は就職を選ばざるを得なかった。


 吾郎はどこでも長続きしなかった。


 自分はこんなところにいる人間ではない。


 こんなつまらない仕事をしていていい人間じゃない。


 本当なら、こいつらを顎で使う立場であったはずなのに!


 自分よりバカな相手に頭を下げて、命令されるなんてごめんだ。


 生意気だった少年は、傲慢で口の悪い大人になっていった。


 やがて誰かに使われるのに飽き飽きした吾郎は、個人事業主にでもなろうと思い立ち、資金稼ぎのため冒険者になった。他人とは違うことができる、と主張する気持ちもあったろう。


 しかし、やってきた迷宮ダンジョンで、彼は思い知った。


 自分が優れているなどと誤認しては、迷宮ダンジョンでは命取りになる。


 己の実力を正確に把握し、敵や環境を冷静に分析しなければ、続けられない。


 そんな日々が、かつての自分が現実逃避していたことを気づかせた。


 実力不足。経験不足。浅い経歴……。それらを、こんなはずじゃなかった、と見て見ぬふりをして一切改善してこなかった。


 現実を正しく認識できるようになったからこそ、一条拓斗がどれだけ凄い男なのか理解できる。劣等感を抱いてしまい、焦って無茶な挑戦もしてしまう。


 そして、そんな過去があるからこそわかるのだ。


 目の前の若いパーティメンバーが、どれだけ愚かなのか。


 沢渡が、自身を過大評価してしまう気持ちも。


 城島が、上下関係を嫌う気持ちも。


 彼らの実力では、思い通りにならない現実も。


 自分を認めてくれる相手に、容易く騙されてしまう心の弱さも。


 それらは、すべて吾郎が経験してきた愚かさなのだ!


「目ぇ覚ませ、このバカヤロウども!」


 半下級吸血鬼の沢渡と城島の同時攻撃を、ぎりぎりでさばきながら吾郎は叫ぶ。


「バケモノにされて、そのまま終わっていいのか!? ビッグにもなれず! クソ野郎に利用されて捨てられる! それが望みのはずがねえだろう!」


 沢渡も城島も、もう言葉に反応しない。


 吾郎に致命傷はないが、外傷は増えていく。毒がどれだけ体を蝕んでいるのか想像もつかない。


 きっと発症まで、時間がない。


 自分が死ぬだけならまだいい。だが彼らを止められなければ、結衣が背後から襲われて倒される。そして紗夜と沢渡、城島は、拓斗や丈二の背後も襲うだろう。上級吸血鬼との挟撃で、全滅もあり得る。


 なんとしても今ここで、沢渡と城島は止めなければならない。


 拳銃は弾切れ。ショットガンを拾う暇はない。無力化できる武器は、剣だけだ。


 だが剣を使えば、彼らを殺してしまう。


 覚悟を思い出す。いよいよのときは、一緒に死んでやるつもりでここに来た。


「仕方ねえのか……?」


 剣の柄に手をかける。


 が、同時に思い出す。拓斗は「絶対、死なないでね」と言った。吾郎も当たり前だと返した。絶対に助ける、と。


「気楽に言いやがって、くそが!」


 吾郎は剣を抜いた。沢渡と城島が一瞬怯む。


 そしてその剣を放り捨てた。これで迷いはない。ふたりを殺す方法は、もうない。


「てめえら、絶対助けてやるからな、覚悟しやがれ!」


 宣言して拳を構えたのに、ふたりは襲ってこない。


 剣を捨てたのが、よほど意外だったらしい。


「な、んで……」


 戸惑った上、わずかに瞳に光が戻る。


「なんで……俺らに、そこまで、するんすか……」


「武田さん、ぼくらが嫌いでしょう、に」


「ああ……嫌いだよ。大嫌いだ! オレがバカだったときおんなじなんだからな! でもよ、だからこそ放っておけねえんだよ!」


 吾郎はこの隙に、ショットガンを拾った。弾は2発は装填できていたはず。


 その銃口をふたりに向ける。


「なあ、こんなの嫌だろ? 本当はわかってんだろ、お前ら……?」


 城島が唇を震わせた。


「いや、です……ぼくは、使い捨てにされたく、ない……」


「……俺も……。武田さん、俺、モブのまんま、終わりたくねえ、っす」


「……バカが。ここで終わらせるくれえなら、ハナから仲間になっちゃいねえよ」


「じゃあ、お願い、しま、す」


「また、正気を失う前、に」


「ああ、安心して寝てな……」


 吾郎は一発ずつ発砲した。頭部に直撃して、ふたりとも失神する。


「……ったく、世話が焼ける、ぜ……。くっ」


 ぐらり、と目眩がした。その場に膝をつく。いよいよ毒が回ってきたらしい。


 ショットガンを手放し、丈二から渡されていた解毒剤の入った無針注射器を取り出す。首筋に投与。


 無事に回復するかはわからないが、少なくとも自分の役目は果たした。


「あとは任せたぜ、小さい嬢ちゃん……」


 紗夜を相手に奮闘する結衣を見つめながら、やがて吾郎は意識を失った。



   ◇



「紗夜ちゃん! やめようよ、こんなこと! こんなことして、なんになるの!?」


「わからないなら邪魔しないで!」


 返事とともに火球が飛んできた。結衣はまたも盾で防ぐが、受けるたびに腕がしびれるほどの衝撃がある。


 その疲労は蓄積され、自身の握力が弱まってきたのを感じる。盾も重く感じる。このままでは、いずれ防ぎきれなくなる。


「わかんない。わかんないから教えてよ! ユイに、もっと紗夜ちゃんのこと教えて!」


「うるさい、黙って!」


 紗夜はまた魔法を使う素振りを見せた。結衣は反応して盾を構える。


 が、それはフェイントだった。急速に接近した紗夜は、結衣の右側――盾を持たないほうへ回り込む。そこで改めて発射。


 タイミングを外されて、盾では間に合わない。代わりにメイスで防御するが、爆風までは防ぎきれない。


 弾き飛ばされて地面を転がる。これで何度目かはわからないが、結衣は不屈の闘志で立ち上がる。


「黙らない、よ……。だって……知りたいもん、紗夜ちゃんのこと。パーティなのに、友達なのに……いつも、なんにも話してくれない! もっと、なんでも話せるようになりたいのに!」


「話すことなんてないから!」


「あるよ! なんでメガネ外してるのとか、ユイがお願いしても着てくれなかった衣装、なんで着てるのとか!」


「メガネはもう目が悪くないからだし、衣装はお姉ちゃんが着ろって言うから!」


「そのお姉ちゃんって誰なの!? 教えてくれなきゃわかんないよ!」




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果たして結衣は、紗夜を止められるのでしょうか!?

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