第60話 メガネも人生も同じです

「なんで丈二さんが怒るんだ?」


「メガネは顔の一部です。軽々しく外せばいいなどと言うのは、目や鼻を外せばいいと言うのと同じ暴言です」


「いや思いつかなかったから、言ってみただけなんだ。そんな睨まないでよ」


「いいえ、一条さんは分かっておりません。メガネっ子がメガネを外すことが、どれほど重大な事態か。認識が甘すぎます」


「えぇ、おれが悪いのかな……。ごめんなさい?」


「私ではなく葛城さんに謝るべきです」


「なんか、ごめん。紗夜ちゃん……」


 おれが頭を下げると、紗夜は苦笑を返した。


「いえいえ、あたしとしてもメガネ外すのもありなのかなって思ってましたから」


 すると丈二は激しく衝撃を受けた。


「なんですって! それはいけません!」


「いけない、ですか? あたし、変わりたいなって思うんですけど……」


「いえ、変わることを否定するつもりはありません。ただ、変わるなら、あくまで自分のまま、自分らしく変わっていくべきです。無理に自分以外の者になろうとしても、不必要に苦しむだけです。かつての私が、そうでした」


「津田さん……」


「周囲の望む大人になったつもりでしたが……想像より遥かに窮屈で退屈でしたよ。しかし、かつて否定し、封じていた自分自身を解放してからは、これこそが我が人生だと胸を張れる日々です」


「えっと……メガネの話ですよね? 人生みたいな大袈裟な話じゃないと思うんですけど……」


「比喩ですよ。メガネも人生も同じです。嫌々つけているのでしたら捨てるのもいいでしょう。ですが、好きでつけているのなら、他者がどう言おうと気にすることはないのです」


「う~ん、深いような、そうでもないような……? あたし、メガネは小さい頃からかけてるし、好きでも嫌いでもないんですけど……」


 丈二はにこりと笑顔になった。


「どおりでメガネ姿が自然で、お似合いだったわけです」


 すすすっ、と結衣が紗夜の隣にやってきた。前髪に隠れたジト目で見上げる。


「ユイの紗夜ちゃんを、口説かないで、ください……」


 丈二は両手を小さく上げて、降参のポーズ。


「正直な感想を言ったまでですよ。おふたりの間に挟まるつもりはありません」


 結衣は、むー、と唇を尖らせる。


「津田、さん……。ユイたちの動画に、コメントしてた人、ですか?」


 丈二の瞳が、一瞬揺らいだ。


「なんのことでしょう」


「白々しい、です……」


 フィリアも合点がいったらしく、呆れてため息をついた。


「メガネっ子過激派と呼ばれていたのは、津田様だったのですね……」


「コメント欄荒らすのやめてよー」


 フィリアに乗っかっておれも文句を言ってみる。


「あの程度で過激派とは心外です。まして荒らしなどと……」


「自供、取りました……」


「しまった」


 結衣に指摘され、丈二はバツが悪そうに肩を落とす。


「丈二さん、自分自身を解放しすぎじゃない……?」


 いや本当、ステータスカードや魔法の話をしたあたりから、どんどん愉快になってきてるんだよなぁ……。


「……自重いたします」


 丈二が反省の一言を絞り出す一方、いつの間にか紗夜はその場から離脱していた。


「うん、おしゃれなメガネもあるし、まずはそれを試してみたらどうかしら? 髪型はそのままで、リボンつけてみるといいかも。元が可愛いから、ちょっとの工夫でずいぶん変わると思うわ」


「ありがとうございますっ! えへへっ、じゃあさっそくいいの探してみますっ」


 紗夜は美幸に相談に行っていたようだ。


 そうか……見限られたか……。


 頼れる先生のつもりだったけど、こういう分野じゃ役立たずだったか……。


「紗夜ちゃん……買い物、ユイも一緒に行って、いい?」


「うんっ、一緒に行こっ。結衣ちゃんの髪留めも選んであげるね」


「……えへっ、嬉しい……」


「じゃあ美幸さんっ、先生! それに一応津田さんも、ありがとうございました! あたしたち、もう行きますね!」


「ごきげんよう、葛城様、今井様」


「はいっ、フィリア先生も、一条先生とのこと、頑張ってくださいねっ」


 そうして紗夜は元気に、結衣の手を引いて事務所から去っていった。


「……おれとのことって?」


 尋ねてみると、フィリアは恥ずかしそうに視線を落とした。


「葛城様なりの冗談かと」


「あらあら。フィリアちゃん、あんまり順調じゃない感じ?」


 美幸はフィリアの様子にくすくすと笑う。


「順調の基準がわかりません……」


 呟いてから、フィリアは顔を上げた。


「それより、あれからマッチング希望の方はいらっしゃってますか? 動画はなかなか人気ですから、かなりの宣伝になったかと思うのですが」


「あ、誤魔化してる~」


「もうっ。末柄様、からかわないでくださいっ」


「ごめ~ん。だって照れるフィリアちゃん可愛いんだもん」


 ちょっとばかり頬を膨らませてから、フィリアは改めておれに黄色い綺麗な瞳を向けた。


「それで……どうなのですか?」


「うん。美幸さんの言う通り、照れるフィリアさんも可愛いよ」


「タクト様!」


「あははっ、ごめんごめん。マッチングサービスは大好評だよ。もう10組くらいは、仮パーティができてる。今はお試し冒険に行ってるけど、たぶん、みんな成立するよ」


「良かったです。それなら期日までに、みなさん誰かしらとパーティが組めるのですね」


「それが、良いことばかりじゃないみたいなの」


 美幸の言に、フィリアは首を傾げる。


「と、申しますと?」


 その問いには丈二が答えてくれる。


「優良物件ほど、早くに選ばれていくのです。冒険者の数は限られていますからね。言葉は悪いですが、このままでは相性を無視した、余り者パーティができてしまいます」


「それは……問題ですね。足を引っ張りあうパーティでは、むしろ単独のほうがまだマシでしょう」


「そうなんだよね。いま残ってる人たちを見る限り、ほとんどはなんとか相性を合わせられそうなんだけど……数人はどうしようもない」


「しかし、お顔を見る限り、すでに対策を思いついていらっしゃるのですね?」


 その言葉に、嬉しくなって笑みが漏れる。


「さすがフィリアさん。おれのことよく見てくれてるね」


「はい、親愛なるパーティメンバーですもの」


 もっと親愛になりたい、とか言いたいがやめておく。それはさすがに照れる。


「美幸さんや丈二さんとも相談したんだけどね。これ、依頼に出したら解決するかも」


 その内容を話すと、フィリアはぽんっ、と胸元で手を叩いた。


「それは良い考えです!」



   ◇



「なにがいい考えだ、くそ!」


 しかし数日後、白羽の矢を立てたベテランの吾郎は、憤りを口にした。




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