第53話 小動物系美少女冒険者

「許して、ください……! 出来心だったんです……っ!」


 いきなり謝られても、わけがわからない。


「頭を上げてくれないか、結衣ちゃん。なにを謝られてるのかわからないよ」


 結衣は小さな体をますます小さくしつつ、上目遣いにおれを見上げた。まるで捨てられた子犬のようだ。


「だって……モンスレさんが呼び出したってことは、あの動画のことで……怒ってるってこと、ですよね……?」


 おれは少しばかり身をかがめて結衣と目線を合わせた。なるべく穏やかな声で問いかける。


「あの動画って?」


「……あの、ユイが、勝手に配信しちゃったやつ、です」


「もしや、グリフィンを退治したときや、みなさんに緊急依頼を出すときの動画でしょうか?」


 フィリアが口にすると、結衣はそっと目を逸らしてしまう。


「そうなのかい、結衣ちゃん?」


「……はい」


「そっか、あの配信者は君だったのか。知らなかったよ」


「知らな……え、じゃあ、ユイのこと怒ってたわけじゃ、ない……?」


「知ってたとしても怒らないよ。人に見られて恥ずかしいことをしてたわけじゃないし」


 おれが答えるとフィリアも頷く。


「はい。すごい再生数で羨ましいとか、どうせならわたくしたちが配信したかったとか、広告収入はいかほどかとか、思うところはたくさんあって悔しい気持ちもありますが、決して怒ってはおりません」


「ひぅ……絶対、怒ってるぅ……」


「こらこら、フィリアさん」


「なんちゃって。冗談ですよ、今井様。わたくしたち、これでも自作の動画が大人気なのです。広告収入も入るようになって、もはやなにも悔しがることなどないのです」


 微笑んでから、えっへんと胸を張るフィリアである。ドヤ顔が可愛いな。


「大人気……なんですね。羨ましい、です。ユイも、そんな風になりたいのに……モンスレさんの動画くらいしか伸びなくて……」


 結衣はまたもうつむいてしまう。


 ふむ、と丈二がおれに顔を向けてきた。


「小動物系美少女冒険者の動画配信……いいですね」


「なに言ってんの丈二さん」


「上手くやれば人気が出そうだと思いませんか?」


 こくこく、とフィリアも頷く。


「わかります。なにか、こう、庇護欲が駆り立てられる気持ちになります……」


「わかるんだ……」


「いかがでしょう、一条さん。ここはコラボ動画などを撮影しては?」


「ぜひやりましょうタクト様。きっと楽しい動画になります」


「え、いや、断る理由もないけど、なんで丈二さんが?」


 すると、よくぞ聞いてくれましたとばかりに、丈二はにやりと微笑んだ。いや本当、最近楽しそうだなこの人。


「実は、リアルモンスレ関連の動画が公開されて以来、資格に関する問い合わせが増えておりまして。来期の試験者数は倍増する見込みなのです。ぜひともこの勢いに乗り、冒険者や探索者の絶対数を増やしたいと考えていたのですよ」


「そんなに影響が出ていたのか……」


「人気の迷宮ダンジョン配信者が現れるのは、こちらとしても喜ばしいことなのです。ぜひやっていただきたい。私もお手伝いいたします。なんでもお申し付けください」


「ノリノリだなぁ……。ま、そろそろ次の動画も作りたいところだったし、いい機会かもね?」


「はい、もちろんです。今井様も、よろしいでしょうか? 一緒にやっていただけませんか?」


 結衣は控え目ながら、はにかむように微笑んだ。


「はい……。やってみたい、です……」


「あの~……」


 と、話がまとまったように見えたところで、紗夜が苦笑しつつ声を上げた。


「あたしのパーティの話は、どうなっちゃったんですか……?」


「あっ! ごめん、紗夜ちゃん。そのために結衣ちゃんを呼んだのに」


 すると結衣は首を傾げた。


「パーティ、ですか?」


「そうそう。ほら、あと2週間で、パーティ組んでない冒険者や、護衛か魔物モンスター除けの無い探索者は迷宮ダンジョンに入れなくなっちゃうでしょ? なのにみんな、なかなかメンバーを見つけられないみたいでさ。おれたちで仲介してみようって話になったんだ」


 結衣はきょとん、と目を丸くする。


「知りません、でした……。ユイ、ひたすらレベル上げしてたから……」


「あー、そっか……」


 おれの横で、丈二が渋い顔をした。通知連絡の改善の必要性を強く噛み締めているのだろう。


「まあ、とにかくそういうわけで、パーティメンバーを探してたのが、こちらの葛城紗夜ちゃん。結衣ちゃんと相性が良さそうなんだけど、どうかな?」


 尻込みする結衣に対し、紗夜は満面の笑みを向ける。


「はじめまして、葛城紗夜ですっ」


「あっ、はい。今井、結衣……です」


 紗夜がやや強引に結衣の手を取って両手で包み込む。


「よろしくね、今井さんっ」


「え、あ、ゆ、結衣で、いいです」


「じゃあ結衣ちゃんでいいかな? えへへっ」


「あ、えへっ、はい。それでいい、です。ユイも、紗夜ちゃんって呼んで、いいですか?」


「うんっ。年も近いし、お互いそれでっ」


 人見知りっぽくあった結衣だったが、紗夜の人懐っこさにさっそく打ち解けつつあるようだ。


「ふたりとも、パーティを組むのはやぶさかでもない感じかな?」


「はい。あたし、結衣ちゃんとなら上手くやっていけそうな気がしますっ」


「ユイも……」


 おれの問いかけに、ふたりとも頷いてくれる。


「なら正式にパーティを組む前に、お試しで迷宮ダンジョンに挑戦してみよっか。それで相性を確かめて、お互い問題なければパーティ成立ってことで」


「はーい!」


「は、はい……!」


「では、わたくしたちも準備をいたしましょう。せっかくの機会です。パーティ成立までの動画を撮ってみてはいかがでしょう」


 結衣はきらきらと輝く瞳を、前髪の奥から覗かせた。


「お、お願いします……っ。楽しみ、です」


 そうしておれたちは迷宮ダンジョン突入の準備を始めたわけだが……。


「あれ? 丈二さんも行くの?」


「もちろんですよ、一条さん。私にはあなたがたをガードする役目があります」


 ふーむ、とおれは周囲を見渡してから、首を振った。


「今日はダメだ、丈二さん」


「なぜです? いや、ダメと言われても私は――」


「事務所が手薄になるからね。おれとフィリアさんが抜けた分、仕事しててもらわないと」


「そんな……」


「ごめん。じゃあ留守番よろしくー」


「く……。事務員の増員が必要ですね……」


 最後に丈二の悔しそうな呟きが聞こえたが、振り返らない。


 目の前を歩くふたりの新人冒険者の行く末のほうが、今は気になるのだ。




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