第46話 もてあそばれた……

「いいね。なかなか面白そうだ」


 フィリアの話を聞き終えて、おれは頷いた。実際にいいアイディアだ。


「ありがとうございます。実現するには、たくさんの方々の協力が必要になりますが……」


「そこは丈二さんにお願いしてみよう。彼ならきっとなんとかしてくれる」


「はい。もし実現できたなら、たくさんの人のためになります。そして……わたくしたちの懐も、とてもあたたまるかと」


 にんまりと笑って冗談を言うフィリアだ。おれもつられて笑ってしまう。


「それも結局、誰かのために使うものだけどさ」


「儲けが出るだけでも、わたくしは嬉しいのです」


「あんまりお姫様っぽくないセリフだね」


「よく言われましたが、これは父や母が悪いのです。新しい物を作ろうとするのは良いのですが、毎度毎度採算を度外視しておりまして……」


「ああ、それは誰かがしっかりしないと国が傾くなぁ」


「わたくしがいなくて大丈夫でしょうか……。それ以前に、まだわたくしを――」


 フィリアはふるふると首を振った。


「いえ、まだなにもわからないのに悲観的になってはいけませんね。今はやるべきことを、ただやるのみです」


 ぐっ、と両手で拳を握ってみせる。


 そんな、無理にでも笑顔を作る様子に、不意に胸が打たれた。


 守ってあげたい気持ちが湧き上がる。好意が言葉になって溢れてくる。


「フィリアさん……いつか帰れる日が来たらさ、おれも一緒に異世界リンガブルームへ行くよ」


「タクト様……?」


「そしたらさ、もし元の時代に戻れなかったとしても、君はひとりにはならない」


 フィリアは表情を崩した。安心したような、嬉しいような、柔らかい自然な顔に。


「……ありがとうございます、タクト様」


 その儚い微笑みに、ますます心が惹かれていく。


「嬉しいです、とても……。ですが、どうしてそこまでしてくださるのですか?」


「それは君のことがす――」


 無意識に「好きだから」と言いそうになって、途中で止める。


 勢いで告白していいものか? 魔物モンスター退治では、勢いで突っ込むと大抵失敗するのだ。勢い任せはよくない!


 告白は、明確な意志を持って、計画的にしなくては……!


「す?」


「す、素晴らしい女性ひとだからさ。助けたくなるんだ」


 フィリアは小さくため息をつく。


「そうなのですか……。てっきり、わたくしを好いてくださっているからかと思っておりました……。だって、わたくしも……」


 潤んだ瞳で見上げられて、顔が熱くなる。


 フィリアもほのかに頬を染めている。その表情がゆっくりと、悪戯っ子みたいな笑顔に変わっていく。


「……なんちゃって。冗談です」


「じょ……!?」


「いつも思わせぶりなことを仰るタクト様への、仕返しです」


「くっ、くそう」


 思わずテーブルに突っ伏してしまう。


「もてあそばれた……」


「いつもタクト様がしていらっしゃることです」


 ああもう、顔が熱すぎて上げることができない。


 でも、悪い気はしない。むしろ心地よくって、楽しくて、幸せに感じる。フィリアになら、ずっと悪戯されたっていい。


「覚えておいてよね、フィリアさん」


「ふふふっ。望むところです、タクト様」


 そんな風に1日は流れて、おれたちの初デートは笑顔のまま終わった。



   ◇



 翌日。おれは丈二に連絡して、話し合いの場をもうけてもらった。


 場所は、役所の会議室。おれと丈二のほか、フィリアにも同席してもらっている。


「――そうですか。やはり一条様は異世界リンガブルームに10年間……。しかし行き来する方法に関しては、本当に不明なのですね?」


「知っていたらとっくにフィリアさんたちを送り返してあげてるよ。いや、それ以前に、おれが異世界リンガブルームへ戻ってたかな」


「ふむ……となると、やはり迷宮ダンジョンに鍵があると考えるべきでしょうか」


「そう思う。ただ、おれやフィリアさんだけじゃ、調査に何年かかるかわからない。もっとたくさんの冒険者にも協力してもらわなきゃならない」


「その話は前にもしましたね。冒険者を育てて、第2階層でもやっていけるようになったら調査に送り込む……。育て方にも、やっていけると判断する基準にも、課題がありました」


「育て方なら、いい方法がある」


 おれは迷宮ダンジョンに満ちる魔素マナについて、丈二に説明した。


 その魔素マナを活用できる体質になれば、普通に鍛えるよりもずっと強く身体能力が強化されることも。


「まさか。そのような成分が迷宮ダンジョンにあったとは……」


「この魔素マナに守られてるから、魔物モンスターたちには普通の武器が効きにくかったんだ。魔物モンスター迷宮ダンジョンから手に入れた素材で作った武器なら、同じく魔素マナをまとってるから、ダメージを与えられる」


「なるほど。銃ではなく剣を使う方が増えたのは、その情報が広がったからでしたか……」


「その中でも目覚ましい活躍をしているのは、ベテランの人たちだ。迷宮ダンジョンに長くいる分、魔素マナによる強化効果が色濃く出ているんだ。ただ、ひとりだけ例外がいる」


「葛城紗夜さん、ですね? 彼女はこの島に来て、まだひと月も経っていない。なのに、ベテラン勢と互角以上の討伐数です。いったい、彼女は何者なのですか?」


「ただの可愛い女の子だよ。唯一違うのは、おれが教えたことを素直に守ってくれてることかな」


「なにを教えられたのですか」


魔物モンスターを食べることさ」


 丈二は目を丸くしたが、すぐ理解を示した。


魔物モンスターを食することで、より多くの魔素マナを取り入れられ、体質変化を早めることができるのですね?」


「ご明察。つまりは、迷宮ダンジョンには長く滞在させ、魔物モンスターをたくさん食べてもらう。それが一番効率的な育て方だ」


「超常的すぎますが、事実なのでしょうね……」


 丈二は軽く頭を抱えてから、呑み込むように息をついた。


「この方法を迷宮ダンジョン関係者全員に共有いたします。もちろん、あなたがたが得られるはずだった情報料は、政府に支払わせます。よろしいですか?」


「助かるよ。ぜひそうして欲しい」


「続いては、各人の強さの基準ですが……」


「それについては、フィリアさんがいい物を作ってくれたんだ」


 促すと、フィリアは1枚のカードを机の上に差し出した。


「それは?」


「はい。ステータスカードと名付けました」




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