第27話 恋愛や結婚を焦ると、ろくなことにならない

 一撃でフィリアの偽物を両断すると、幻覚は霧のように消えた。


 偽物の正体は、巨大な目玉に触手をまとった不気味な魔物モンスターだった。


「ドリームアイか。珍しいやつがいたもんだ」


 別名サキュバスアイ。単にサキュバスとも呼ばれる魔物モンスターだ。


 狙った獲物の記憶を触手で読み取り、理想の相手との幸せな状況を見せてくる。


 誘惑された獲物は、ドリームアイの意のままに、食事や寝床といった一切の世話を焼くようになる。理想の伴侶にするように。


 さらにおぞましいことに、こいつは獲物と交わることも望んでおり、その子種を利用して自身の子供を作る。そして母子ともに、獲物が死ぬまで寄生し続けるのだ。


 今回はメスだが、オスもいる。別名インキュバスアイ。対象の獲物が、男性オスから女性メスとなる。こちらは獲物を犯し、子を産ませる。


 なんとかして殺さない限り、寄生された人生から脱することはできない。だが獲物自身は幸せの絶頂にあるのが厄介だ。異世界でも、自宅にドリームアイを隠して暮らしていた者を何人か見たことがある。


 自力で誘惑を振り払い、殺すのは困難を極める。


 知識のあるおれだって、夢を見せられている間は、これがドリームアイだと思い至れなかった。


 しかしどんな生き物でも、失敗することはある。


「おれの願望を形にし過ぎたのが、お前の失敗だ……」


 偽フィリアは巨乳だった。きっと美幸の胸が魅力的すぎて、その印象が理想の女性像に混ざってしまったのだ。巨乳がフィリアにミスマッチしていたからこそ、幻覚に気づけた。


 もし美幸と知り合ってなかったらと思うとゾッとする。


 第2階層を見渡してみれば、遠くにグリフィンの群れが確認できる。


 目を凝らして観察してみると、その中心にはドリームアイがいた。


「そうか……。第1階層のあいつが追い出されたのは、あれのせいか」


 グリフィンの群れはライオンと同じく、オスが一頭にメスが複数で構成される。


 他の強いオスが群れに入ってリーダーとなると、最初にいたオスは追放される。


 あのドリームアイは、メスのグリフィンたちを魅了し、まんまと理想のオスとしてリーダーに君臨しているわけだ。


「もう少し調べたかったけど、ここまでだな……」


 さすがにグリフィン複数に一度に襲われたら危うい。さらに、珍しい魔物モンスターとはいえ、ドリームアイに再び襲われる可能性もある。次も撃退できる自信はない。


「対策を立ててこなくちゃな……」


 おれは魔物モンスターに気づかれぬよう、慎重な足取りで引き返した。



   ◇



 その頃、フィリアたちは解体したエッジラビットを前に雑談していた。


「あたし、いつもおうちに持って帰ってるんです。魔物モンスター食べたほうがいいって言われてますし、それに食費も助かりますしっ」


「はい、やはりそれは大きいです。これだけのお肉を得られる上に、討伐報酬までいただけるなんて、いいお仕事です」


 フィリアは紗夜と一緒に、捌いた生肉をファスナー付きのビニールパックに詰めていく。


「こちらは末柄様へ、おすそ分けです」


 そこそこ大きめのパックをふたつ分、美幸へ渡す。


「いいの? 私、なんにもしてないっていうか……むしろ払わなきゃいけないのに」


「いいえ、末柄様も切り分けるのを手伝ってくださいました。お気になさらず、受け取ってください。どちらにせよ、わたくしたちだけでは食べきれません」


 口には出さないが、フィリアは美幸の生活をおもんばかっていた。


 なかなか仕事ができなかったということは、ただ貯金を切り崩すだけの日々だったろう。あるいは借金さえしているかもしれない。


 少しでも家計の足しになればいいと思う。


「……ありがとうフィリアちゃん。助かっちゃう」


「いえ。きっと一条様も同じように言うでしょうから」


 フィリアの隣で、紗夜もうんうんと同意する。


「ふふっ、じゃあ一条くんにも感謝しなきゃね。それにしても……」


 美幸はフィリアと紗夜を交互に見て、柔らかく微笑む。


「一条くんってモテるのね。美少女をふたりもはべらせちゃって」


「あはっ、美少女って言われちゃいました~!」


「はい、確かに。葛城様は可愛いです。立派な美少女ですよ」


 嬉しそうに照れ笑いする紗夜に、フィリアは微笑みを返す。


 ふと、拓斗に美人で可愛いと言われたことを思い出す。いつもの冗談だと思うけれど、正直、嬉しい。他の人に言われても平気なのに、彼に言われると胸がどきどきしたりする。


「でも美幸さん、あたしは先生たちにただ付いてきてるだけなんですよ。お似合いなのは、おふたりのほうなんです」


「やっぱりそうなんだ。そうなのかなって思ってたー」


 フィリアはぱちくりと瞬きを繰り返してしまう。


 紗夜の勘違いは前からだが、今日会ったばかりの美幸にまで言われるとは。


「そう見えてしまいますか……? そういう関係ではないのですが」


 嬉しくて、つい顔がにやけそうになる。平静を装うが、あまり自信がない。


「でもフィリアちゃんは満更でもないのね?」


「わ、わたくしはともかく、一条様はその辺り、まったく無頓着のようですから。冗談で、わたくしをからかって楽しんでいらっしゃるのです」


「えー、そうかなぁ。本音を冗談で隠してるだけじゃないですか? そういうの、マンガで見たことあります」


 紗夜は両拳をグッと握って迫ってきた。


「告白しちゃうべきだと思います。あたし、協力しますからっ」


 告白と聞いて、急に顔が熱くなる。


「いえ、あの、まだ早いです……。その、わたくし自身、そういう話は疎くてですね……。自分の気持ちもよくわからないので……」


「……慎重なのね」


「告白すればきっとわかりますっ」


 発破をかけてくる紗夜に、美幸はゆっくりと首を振る。


「いけないわ、紗夜ちゃん。恋愛や結婚を焦ると、ろくなことにならないから」


 そして小さくこぼした。独り言だったのかもしれない。


「私が、いい例……」


「ただいまー。みんな、なんの話してるの?」


 と、そこに拓斗が帰ってきた。


 フィリアは慌てて、紗夜と美幸に対し、唇に指を立ててみせる。


「い、今の話は秘密ですからねっ」

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