第14話 どんな魔物でも退治してみせるさ

「できない? そりゃ、一時的とはいえ働けないのは嫌だろうけど……」


「それだけではないのです、一条様。わたくしたちは、ここ以外では生きていけないのです」


「そんなことはないはずだ。日本にも色んな土地がある。きっとどこかで、受け入れてもらえるはず……」


 言いかけて苦しくなる。


 おれも受け入れてもらえてたのに、苦しくて仕方なかったじゃないか。


 言い淀んでいると、フィリアは思いがけないことを口にした。


「……そういうことではないのです。わたくしたち異世界リンガブルーム人は、この島から離れたら、たぶん死んでしまうのです」


「死……?」


「お婆様に救われたあと、わたくしたちは政府の方々に保護されることになりました。本州で生活することになり、島を離れることになったのですが、離れるほどにわたくしたちの体調は悪くなってしまい……意識不明にまで陥ってしまったのです。島に引き返していただけていなかったら、今頃どうなっていたことか……」


「そんなことが……。もしかして、魔素マナの影響か?」


「おそらく。昨日、魔物モンスター料理を頂いたときに思い至りました。わたくしたちは、魔素マナに生かされているのだと……」


 きっと、おれとは魔素マナの重要度が違うのだ。


 おれは異世界に行ってから魔素マナに順応したわけだが、初めから異世界で生まれ育った彼女らは、魔素マナが必要不可欠な体になっているのだろう。


「でも、ここには魔素マナが感じられない」


「いえ、知覚できないほど薄いですが、存在はしているようです。迷宮ダンジョンから近いですから、洩れ出た分が漂っているのだと思います。実際、島にいても迷宮ダンジョンから離れるほど調子が悪くなりますので」


「そうか……それなら、島から避難しろなんて言えないけど……」


「大丈夫です。魔物モンスターの脅威に関しては、他の方々よりよく知っております。危なくなっても、きっとなんとかいたします。それに――」


 フィリアは黄色い綺麗な瞳で、おれを見つめてくる。


「一条様は、きっと異世界リンガブルームで名を馳せたお方なのでしょう? 貴方が倒すと仰るのなら、その成果を期待してお待ちするのみです」


「わかった。期待されちゃってるなら、さっさと仕留めちゃおう」


「ちなみに、助っ人が必要でしたらいつでもウェルカムです。わたくし、これでもそれなりの実力があると自負しておりますので」


 冗談めかして胸を張るフィリアである。


 そのドヤ顔は可愛いが、さすがにもう企みは読める。


「あわよくば賞金を山分けかい?」


「おわかりになられましたか」


「悪いけど、グリフィンは強敵だ。君がやり合うには第1階層の魔素マナじゃ足りないよ。料理で強化バフしてもね」


「それは一条様も同じでは?」


「おれは専門家だよ。魔素マナの強化がなくったって、どんな魔物モンスターでも退治してみせるさ」


 と、そこにスマホのメッセージアプリに着信があった。紗夜からだ。


『やっぱり、あたし逃げません』


「……紗夜ちゃんもか」


「葛城様が、どうかなされたのですか?」


「あの子にも一旦避難するように言ったんだけどね。考えててくれたみたいだけど、やっぱり逃げないって」


「きっと、葛城様にもなにか事情があるのでしょう」


「そうらしい。仕方ないな」


 まったく。せっかく知り合った可愛い女の子が、ふたりも揃って逃げないなんて言うんじゃ、頑張るしかないじゃないか。


「それじゃ、おれはもう行くよ」


 そこで別れようとすると、フィリアは少し残念そうに視線を下げた。


「今日は残念ですが、落ち着いたら、またお店に寄っていってくださいね?」


「賞金が出たらそうするよ」


 そうしておれは宿に帰った。


 そして横になることなく、グリフィン狩りの準備を進める。


 それが済んだ頃にはすっかり深夜だったが、眠くなりつつある身に鞭打って、再び迷宮ダンジョンへ向かう。


 町を襲うかもしれない危険な魔物モンスターを、一秒たりとも放ってはおけない。



   ◇



 第1階層に居座っているグリフィンに関しては、いくつか考察がある。


 まず、今朝観察したところ、やつには爪でつけられた傷やくちばしで抉られた痕があった。


 おそらく、本来はもっと下の階層にいたのが、なんらかの事情で群れから迫害され、第1階層まで逃げてきてしまったのだ。


 グリフィンは強力な魔物モンスターだ。その本来の強さを維持するには、もっと下の階層の濃い魔素マナが必要なはずだ。第2階層の手前に巣を構えているのは、少しでも魔素マナの濃い環境に居たいがためだろう。


 そうであるなら、出現頻度が低かったのも頷ける。魔素マナ不足で能力が低減する第1階層で活動するのは、本能的に危険だと感じていたはずだ。


 迷宮ダンジョン外での活動なんて、以ての外だろう。


 ――やつが、


 幾度となく冒険者と戦って、やつは学習したはずだ。人間は、弱いと。


 そして今、やつは知ってしまった。人間は、美味い、と。


「……いない?」


 おれがグリフィンの巣に辿り着いたとき、やつはすでにいなかった。


 入れ違いになってしまったのだ。


 だが、こんな深夜にいったいどこへ?


 ……決まっている。狩りだ。


 人間が昼に活動し、夜は休んでいることも学んでいたに違いない。


「くそ、町が危ない……!」




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2024/2/20 改稿

主に第12〜21話の、フィリアの同居人周辺の設定が変更されており、それに伴う改稿となります

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