完全犯罪の館
石田徹弥
完全犯罪の館
「犯人はあなたです」
この言葉を吐いたことを、
階下から二郎を探す数人の男女の怒声が聞こえた。
「おい、見つかったか!」
「地下かもしれない、探せ!」
「見つけ出して……殺せ!」
運よく彼らは地下へと降りて行った。
人里離れた場所に立つここは、地下一階の二階建ての全体が星の形をした異様な洋館だった。
館に向かう道で最後に出会った不健康そうな近隣住民の老人からは、ここが「完全犯罪の館」と呼ばれていると聞いた。
二郎は数十室にのぼる客室の一室に滑り込むと、すぐに鍵をかける。
部屋は真っ暗だが、灯りを点けるわけにはかない。
乱れた呼吸をどうにか落ち着かせながら手探りでベッドを探し、身を隠そうとしゃがんだ。
外は猛吹雪のせいで、窓がガタガタと揺れている。
心臓は高鳴り続けた。
「二郎ちゃん」
思わず大きな声を上げそうになった。
「美冬か……」
部屋には、幼馴染の美冬がすでにいた。高校生の二人は、仲が良すぎるくらいのお互いの両親の影響で、生まれた時から一緒。だから今回の旅行も一緒だった。
「よかった、無事で」
美冬が二郎に触れた。
「ごめん、俺だけ逃げちゃって」
「いいの。みんなの狙いは二郎ちゃんだったから」
二郎は今すぐにでも美冬に抱き着きたい衝動にかられた。好きだからというだけではない、人生でも最大の恐怖を感じ、少しでもそれをやわらげたかったからだ。
「まさかこんなことになるなんて」
これまで二郎は、その類まれな推理能力で殺人事件の犯人を何度も暴いてきた。その度に賞賛はされど、今回のような状況になることはなかった。
美冬の整った顔が浮かび上がった。
違う、美冬の手に持ったスマホが光ったのだ。
「美冬、どこに連絡してたんだ……」
美冬の顔に笑みが浮かんだ。
「ここだ!」
部屋が強い力で叩かれた。
美冬が立ち上がりドアに向かおうとする。
「美冬、お前もか……」
美冬は部屋の電気を点けると、鍵を開けた。
扉は勢いよく開かれ、手に包丁や金づちを持った男女が流れ込んできた。
船上料理人の霧島、懲戒免職された高校教師の若園、ゴシック球体関節人形師の成 富、過去に大炎上したユーチューバー古舘……それに二郎の友人でもあり信頼のおけるポンコツ刑事の
それなのに。
「金林くん……」
一番後ろに、臆病そうな中年の男が不安な表情を浮かべて立っていた。
今回の「黒狼殺人事件」の真犯人であった嵯峨原だ。
「みんな、どうしたんだよ。殺したのは俺だ。だから、彼を襲うのはやめてくれ!」
嵯峨原が説得するように言った。彼だけはまとものように見えた。
しかし目を血走らせた人々が手に持った凶器を下ろすことはない。
「そんなことはどうでもいい」
「大事なのは犯人じゃない」
美冬が笑顔を浮かべた。
「探偵よ」
もうだめだ。
二郎は窓に向かって駆けると、そのまま飛び出した。
ガラスを突き破って落下していく。
下は深く雪が積もっており、鈍痛を受けるだけですんだ。見上げると、窓に人々が立ち、じっと二郎を見つめていた。
まるで人ではないような目で。
二郎は恐怖が強まり、館から離れた。
吹雪は強まり、足は積雪に取られうまく前に進まない。
体は凍りそうに冷たい。歯がガチガチと鳴って止まらず、呼吸すら満足にできない。
俺は死ぬのか。犯人を暴いたのは俺なのに……。
足が重い。意識が薄れる。
その時、目の前に灯りが見えたような気がした。
死が近いせいで見る、幻覚だろうか。
いや。
足を一歩近づけるたびにその灯りは大きくなっていく。
そして、小さな祠を見つけた。灯りはそこから漏れていた。
中に入ると、三人の男性が火にあたり暖を取っていた。
その中の一人が二郎に気付いた。
「君もか」
もう一人の男性は顔を火から離さずに言った。
「君も探偵だろう」
この人たちどこかで見たことがあると、二郎は既視感を感じた。
「そして、犯人を暴いたのに襲われ、逃げてきた」
もう一人の男性が呟いた。
「あなたたちは……」
そう言いかけて、二郎は思い出した。
彼らは、二郎とは違う探偵だ。
誰もが有名で有能で、そしていつからか消息がわからなくなっていたんだ。
「あなたたちは、こんなところにいたんですか……」
「それはいい。体を温めなさい」
二郎は迷うことなく、火に体を近づけた。
死に近づいていた凍えた体が急速に温まっていく。
「あそこが『完全犯罪の館』と呼ばれるゆえんだよ」
「え?」
「君もあそこの館で殺人事件に巻き込まれ、そして推理して真犯人を特定した。だろう?」
「そうです……」
「すると、犯人以外の人間がどうしてか探偵の君を襲い始めた」
二郎は先ほどの光景を思い出した。
みんなをリビングに集めて一つ一つトリックを明かしていった二郎は、最後に嵯峨原を指差して「犯人はあなたです」と突きつけた。
嵯峨原は認めた。
だが、その瞬間だった。一人、また一人と嵯峨原を擁護し始めた。いや、擁護ではない。突然、「馬鹿らしいことはやめましょう」「どうして突然つまらないことを言い出すんだ」「興が覚めた」「空気を壊す人は……殺してしまいましょう」と。
そして二郎は襲われ、逃げた。
自分の身の上を語り終わると、三人の探偵はさも「そうだろうな」という顔で頷いた。
「あそこは呪われている。それは比喩ではなく、本当の意味でだ」
「館で行われた殺人は絶対に解決されることはない」
「なぜなら、犯人が見つかった時点で、探偵を殺し、なかったことにするのだから」
男たちは冗談を言っているようには見えなかった。
だがそれは、何かを諦めた、心の折れた者の顔に見えた。
「それでいいんですか? 人を殺した犯人をのさばらせたまま逃げるんですか! 僕たち探偵は犯人を捕まえることが使命でしょう?」
男たちは小さく笑った。
「あの館は、それを許さなかったのかもな」
一人の探偵が言った。
「人の行動を逐一拾い上げ、暴き、そして晒して制裁する」
二人めの探偵が言った。
「それは本当に使命だろうか。許されるものなのだろうか」
三人目の探偵が言った。
二郎は立ち上がった。
「探偵は……犯人を見つけることとは、僕の使命です」
充分温まったとは言えないが、二郎は祠から飛び出した。
振り返ると、灯りは消えていた。まるで最初からそこには何もなかったように。
気にせず、二郎は先ほど通った道を思い出しながら足を進めた。
何度も迷いそうになったが、また凍死しそうになりながらも、どうにか館に辿り着いた。
運よく裏口の通用口に鍵はかかっていなかった。
音を立てないように中に入り、進んでいく。
誰もいない。
館に、気配は感じない。
みんなどこにいったのだろう。
二郎が吹き抜けの中央ロビーに足を踏み入れた。
ここは玄関から入って最初に立ち入る場所だ。二階と地下への階段はここにあり、天井には大きなシャンデリアが吊るされている。
その時である。
ポタリと何かが二郎の頬に滴った。
触れてみると、それは血だった。
嫌な予感を感じ、上をゆっくり見上げた。
犯人である嵯峨原がシャンデリアに磔にされ、胸には包丁が突き刺さっていた。
ずるりと包丁が抜けた。
まるで決壊したダムのように、二郎に嵯峨原の血が降りかかった。
「あっ、あああ……」
恐怖と混乱で声にならない。
「二郎ちゃん」
地下へ降りる階段から、美冬がゆっくりと上がってきた。
同時に、別の階段からも先ほど二郎を追いかけまわした人々がも現れた。
美冬はいつものように、幼馴染の二郎に向ける優しい笑顔を浮かべた。
「さぁ、犯人は誰でしょう?」
完全犯罪の館 石田徹弥 @tetsuyaishida
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます