86:魔王が知りたかったこと。

 



 冷蔵庫は、おじいちゃんに相談することで決定。

 前世の事をもっと知りたいと魔王に言われた。前世の事ってなんだろう?


「……どう生きてたかとか、何をしていたとか」

「んー? 普通」

 

 普通オブ普通。

 地域密着型の大型スーパーで働いていた。

 品出ししたり、レジ担当したり。配置換えはわりと好きだったので、人手不足だと良く移動させられてたっけなぁ。

 長期休みになると学生バイトが増えるから基本的に品出しに戻る感じ。

 仕事を終えたら一人暮らしの家に帰ってご飯作って食べて、テレビ見たりスマホで動画やコミック見たりしてた。

 

 私がポソポソと話している間、魔王は静かに話を聞いてくれていた。


 コミック。ヒロイン(妹)が出てくるコミック。

 魔王も出てきたんだよね。出番はね、あんまり多くなくてちょっと残念だったけど。まさかフッて気づいたらそのコミックの世界にいるとか思わないじゃない? しかも悪役令嬢に転生って。

 本当にコミックみたいな生まれ変わり方。

 

 ――――変なの。


 もうコミックの話とか全く関係なさそうな状況だけど、どうなってるんだろうね?

 色々あったけど、毎日が楽しいから良いんだけどね。

 

 明日からまたお店開けて、お客さんたちとワイワイ騒ぎながらすごしたいなぁ――――。




 ◆◆◆◆◆




 ルヴィが前世の話をぽそりぽそりと話してくれていた。

 言葉を迷って、ゆっくりと選んで、そっと紡ぎながら。


 前世で読んだコミック――本のようなものだろう。その中にいるんだと言い出した。その中には、ルヴィの妹や王太子や俺がいたのだと。

 読んでいた頃から、俺のことを気に入っていたのだと。

 でも出番が少なくて、ちょっと残念だったらしい。

 

 いまいち意味が解らないというか、理解し難くはあるが、ルヴィがそういうのだから、そうなんだろう。

 

 数カ月後に断罪されることが判っていたから、妹に相談して魔界で生き抜く方法を模索したのだとか。

 悪名の轟いてしまっている人間界では、生き辛いから。


 その悪名のおかげで俺はルヴィと出逢えたのかと思うと、嬉しくもあるのだが、腹立たしさもある。

 もしあの森を抜けられず、魔獣の餌になっていたらどうするんだ。もっと命を大切にしろよ。




 ルヴィは話しているうちに寝てしまった。

 腕の中ですうすうと穏やかに寝息を立てている。可愛いくて、騒がしくて、極稀に聡明で、得も言われぬほどに美味い飯を作り、屈託のない笑顔を向けてくる。

 今世はなんとも言えないが、きっと前世では心がとても健康だったのだろう。


 眠るルヴィの頬をゆっくりと撫で、肩を撫で、背中を撫でる。すると、寝ているはずなのにもそりと動いて俺の脇腹のシャツをキュッと摘んできた。


 これは擽りたいのか、抱き着いて来たのか、微妙だな。

 なんせルヴィだから。


 しかし、本当に知りたかったことは知れなかった。

 …………前世では相手がいたんだろうか?



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