64:魔王には泣かされてない。

 



 ヒロイン(妹)からの手紙を受け取った翌日、魔王がお店に来た。


「ヒヨルドから聞いた…………参加、しないのか?」 


 未だにちゃんと目を合わせてもくれないくせに、何を言ってるのこの人は。

 こんな変な関係なのに。ドレスを着て飾り立てて、人前で魔王とくっついて仲睦まじい振りをしろっていうの?

 何のために?


「妹に伝えてないんだろう? でなければ、『ぜひ二人で』なんて書かないだろ」

「……じゃあ、魔……ウィルが伝えればいいじゃない! 私とはもうなんの関係もない、って。ウィルがっ…………! 馬鹿っ!」


 視界が涙で歪む。

 こんな顔で、接客なんて出来ない。


「ショゴラァ……っ、おみせ……しめてっ」


 お手伝いをしてくれていたショコラに無茶振りをして、バタバタと走って居住スペースに逃げ込んだ。

 ずっとずっとずっと泣いてばかり。 

 魔王に泣かされていると思うと悔しい。


 貯蔵庫に行って玉ねぎを両手で掴んでキッチンに行った。

 皮を剥いて、おろし金を取り出し、ガッシュガシュとすり下していたら、もっと涙が溢れてきた。


 魔王に泣かされてるんじゃない。

 玉ねぎが目に染みるだけだもん。


「ルヴィ――――」


 ――――バシャッ!


 魔王の声が聴こえたから。つい、反射的にだった。

 すりおろした玉ねぎを魔王の顔面ににぶちまけた私は悪くない、と思いたい。食材を無駄にはしたけど。悪くないと思いたい。


「…………っ、目に滲みる。顔はやめろ」

「うるさいっ! 馬鹿魔王!」


 魔法で避けれるくせに。


「避ければいいでしょ!?」

「……ルヴィに何をされても避けない」


 そんなことを言って。危ないものが飛んできたら避けるくせに。


 持っていたおろし金を魔王に向けて投げつけた。

 当てるつもりはなかった。ただ、避けさせたかった。魔王の言葉なんて何も信じたくなかった。魔王は嘘つきだから。

 好きだって言ったのに、あんなふうに裏切る人だから。


 力任せに投げたはずのおろし金が、くるくると回転しながら魔王の顔に飛んで行ってしまう。

 ガツッと響く鈍い音。

 魔王の右頬の上あたりに赤い線が浮き出て、じわりと血が滲み出てきた。怪我をさせてしまった。怒りに任せてなんて馬鹿なことをしたんだろう。


「っ、あ…………ウィルっ!」


 慌てて駆け寄ると、魔王にパシッと両手首を掴まれた。


「気にしなくて良い、すぐ治るから。………………っ、すまない。夜会の参加は、して欲しい。すまないと、思っている」


 魔王がギュッと抱き締めてきて、右頬にちゅっとキスをして消えてった。


 ――――わけ、わかんない!



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