63:営業再開。
◇◇◇◇◇
魔界に戻ってきて二日目にお店を再開した。
お客さんにはちょっと風邪を引いてたのって誤魔化したら、みんなが心配してくれてすっごく気まずい。
あれもこれもそれもぜんぶ魔王のせいだ!
馬鹿魔王っ。
戻ってきて半月たったくらいに、偽ヒヨルドが来た。
いらっしゃいって言ったけど、視線合わせてくれなくて『あ、魔王か』って気付いた。
注文はダンに小声で伝えて、スネを蹴られてた。ダン、強いな。
結局、魔王は一言も喋らずに、唐揚げ定食を食べて帰っていった。
それからは、三日に一度食べに来るようになった。
「はい、牛丼定食」
「……ん」
「……」
「…………」
「……美味しい?」
つい、聞いてしまった。
偽ヒヨルドがガバリと顔を上げて、へニャリと笑って頷いた。
だけど、私が見たかったのは偽ヒヨルドの笑顔じゃないって気付いてしまった。
魔王の笑顔が見たかった――――。
「――――次、偽ヒヨルドで来たらもう店に入れないから」
「……ん」
また魔王が偽ヒヨルドのままで笑った。
――――馬鹿魔王。
魔界に戻って、三ヶ月。
毎日のんびり楽しく営業している。
魔王は角なし黒髪姿で来るようになった。
「んまい」
「おかわりは?」
「いる」
短い言葉でポツポツと話していると、常連さんたちから『もしかして恋人?』『ウサギ獣人の彼は?』と聞かれる事が増えた。取り繕いたいのに困ったように笑うしか出来なくて、またみんなに心配させてしまっている。
事情を知っているおじいちゃんは、魔王を何度か説教していたらしいけど、魔王が何かを言ったらグッと黙ってしまった。
「ちゃんと話し合うんじゃ……わしゃ、どうにも納得は出来ん」
「…………話し合ってくれなかったんだもん。何も言わずに人間界に置いていかれたんだもん」
あの時のことを思い出すと、悔しくて涙が出る。
ベッドに寝そべっていると、ふとした瞬間に楽しかった頃のことを思い出してしまう。
魔王と買いに行ったベッド。
魔王と選んだ寝具。
捨てられない魔王の枕。
おそろいのカップや食器。
いつか、捨てれるんだろうか?
まだ、手放せないけれど、いつか。
色々な葛藤を胸の奥に抱えたまま、魔界に戻ってきて半年が経とうとしていた。
『お姉様へ
ぜひ今度の夜会には魔王陛下とご参加下さい!』
そんなヒロイン(妹)からの手紙を、お店にご飯を食べに来たヒヨルドに渡された。
魔王のところに届いてたから、ついでに持ってきてくれたらしい。ありがたい。
よくよく聞くと、魔界と結んでいる契約を更新する会議が行われるらしい。それとともに、魔王を歓迎するための国を挙げての夜会。
コミックにあったイベントだ。
ヒロイン(妹)には魔王と別れたとか諸々を伝えられないでいる。
無事に到着したこと、お店を再開して楽しく過ごしていることだけを伝えた。
伝えていないだけだから、嘘じゃないもん。
だから、今回の手紙を見て本当に焦った。
行きたくない。お店が忙しいから無理って言おう、うん。
これも嘘じゃない。本当に忙しいもん。
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