58:本気で怒った。

 



 部屋を見渡す。人間界の私の部屋。

 出て行った時と何ら変わりのない、そのまんまの部屋。


「っ! お姉様っ! お姉さまぁぁぁ!」


 目の周りを赤く腫らしたヒロイン(妹)が、バタバタと駆け寄ってきて、抱き締められた。


「良かった! 本当に、ご無事で良かった!」

「…………どうなってるの?」

「国王陛下も王太子殿下も、お姉様のことを受け入れてくれています! 大丈夫です!」


 いや、なんの事よ。意味不明すぎるんだけど。

 なんで、ここにいるのよ。


「なぜ、私は人間界に戻されることになったの? なぜ、受け入れるとかの話になっているの?」

「え? 魔王陛下がご説明を――――」

「されてない。無理矢理ここに連れてこられて、置いていかれた」


 妹いわく、妹の善意が発端だった。

 せっかく仲良くなれたのに、このまま離れ離れは悲しい。

 私は魔界に行きたがっていたけれど、人間が魔界で安全に暮らせる可能性は低い。力も能力も違う。

 

 魔王は私が魔界で楽しそうに生きていると言うが、私からの便りはないし、魔王が言うことが本当か分からない。

 私から直接話が聞きたい。

 怪我はしてないのか、怖い思いはしていないのか、ちゃんと安全に暮らせているのか。

 もし日常的に少しでも安全が脅かされることが起きたりするのなら、無理に魔界で暮らさず、人間界に戻ってきて欲しい。


 人間界で好きな人と結婚して、子供を産んで、幸せになって欲しい。

 私が生きやすいようにしていい。

 お父様もお母様も、寂しがっている、悲しがっている。私が断罪されたのは自分たちが甘やかしていたからだと。妹に嫉妬していることに気付いていたのに、見てみないふりをしていたと。


 そこまで聞いても、魔王が私を人間界に置いて行った理由が分からない。


「魔王陛下は……安全で幸せな未来が人間界にあるのなら、お姉様にとって、その方がいいだろう。と、納得されていました」

「どこに納得できる要素があるのよ」

「え?」


 ヒロイン(妹)がきょとんとした顔で私を見る。

 コミックを読んでいた頃はこういう純真無垢な感じが可愛いと思っていたけれど、今はちょっとイラッとしている。


「私ね、魔界で家を手に入れて、定食屋を開いていたの。シセルの持たせてくれた宝石類のおかげよ。ありがとうね」

「お姉様っ!」


 ヒロイン(妹)が頬を染めて嬉しそうに微笑んでいる。本当に可愛い子。全身から輝きを放っているようにしか見えない。


「私ね、魔界で手に入れた家で、魔王と一緒に住んでたの」

「え………………お姉、さま?」

「二人で一緒にご飯食べたり、一緒のベッドに寝たりしてたの…………」

「っ――――」


 ヒロイン(妹)の顔がみるみるうちに、真っ青になっていった。


「恋人だったのよね、魔王と」

「そんな…………だって……魔王陛下は……」


 それなのに、なぜ人間界で幸せにならなきゃいけないの?

 幸せになりたかった場所は、魔界にあるあの定食屋だったのに。

 一緒に幸せになりたい相手は、魔王だったのに。

 

「うん。魔王が了承したんでしょう?」

「…………はい」

「あのクソ魔王。殴ってやる」


 私、本気で怒ったんだからね。

 待ってなさいよ?

 ギッタンギッタンにしてやるんだから。


 魔界に戻らないと。

 今すぐに――――!



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