56:国からの伝言。
タコス生地を焼き焼き。
めっちゃ暑い。
調子こいて二〇枚も作っちゃって、キッチンの室温が爆上がりしちゃった。
夏真は通り過ぎたのに。
フォン・ダン・ショコラしかいないし、脱いじゃえ。
ブラウスとフレアスカートとという普通の格好だったけど、暑過ぎてブラウスを脱いで、キャミソールみたいな肌着とスカート姿になった。
知ってたよ、知ってたのよ、大概こういうときに誰か来るって。
「――――なんて格好をしてるんだ」
「おっかえりぃ!」
後ろから聞こえる、低くて柔らかな落ち着きのある声。
魔王のご帰還だ。
笑顔で振り向いて『おかえり』と伝えたら、なぜか険しい顔をされてしまった。やっぱり、肌着姿は駄目だったのかな? スカートまで脱いでなくて良かったや。
「食事の前に、少しだけ話し合いたい」
「え? うん……」
魔王が今までに見たこともないような真剣な顔をしていた。なんだか妙な気迫までも醸し出している。
――――何か、あったの?
タコス生地を焼き終え、出来上がったものは貯蔵庫へ。
後で魔王と一緒に食べたいなぁ。食べれるかなぁ?
服を着ろと渋い顔で言われたので、仕方なしにブラウスを着た。まだ暑いのになぁ。
リビングに移動すると、魔王が三人掛けのソファに座るようにと言う。そして、魔王は向かい側にある一人掛けのソファに座った。
――――横じゃないんだ?
「
とても暗い表情で、とても重たい声で、名前を呼ばれた。
凄く、凄く凄く、嫌な予感。
「ミネルヴァ・フォルテア侯爵令嬢」
「え……」
「それとも、ミネルヴァ・フォルテア侯爵令嬢
「っ――――!?」
射抜くような目と言葉に、息が浅くなる。
「その反応を見るに、事実だったようだな」
「なに、が?」
「エーレンシュタッド王国より伝言がある」
エーレンシュタッド王国、私の出身地。
「王国は、ミネルヴァ・フォルテア侯爵令嬢の帰還を望んでいる。人間界で安全で幸せに暮らし、良き伴侶を見つけ、幸せになって欲しい」
「っ……そ、んな……ことを、言う人は、私にはいません。何なんですか?」
「いる。だから、伝えている」
魔王の表情が険しいままで、いったいどういう感情で、どういう思いで話しているのかが分からない。
まるで人間界に戻れと言っているみたい。
いつもみたいに軽口なんて叩けない。
「いません」
「妹のシセルが心配している」
「っ――――!」
この先の言葉は聞いてはいけない。本能的にそう思った。
立ち上がって、魔王に背中を向けて、とにかく走ろうとした。
逃げられるわけもないのに。あてもないのに。
だけど、相手は魔王。
一瞬にして手首を掴まれて、阻止されてしまった。
「ミネルヴァ・フォルテア侯爵令嬢、魔界は貴殿を人間界へと送り届ける用意がある。貴殿の準備が出来しだい、エーレンシュタッド王国に送り届ける」
伝えられたのは、絶望的な言葉だった。
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