36:人型になるということ。

 



「いらっしゃーい」

「いらっしゃいませ」


 フォンと二人で店内の入り口に並んで、一番目のお客さんを出迎える。

 

「やぁ、ミネルヴァちゃん。あれ? 新人? あれ? ケルベロスは?」

「こんにちは、ゾンディールさん」


 ゾンディールさんは、近くの建設現場の職人さん。ムキムキマッチョメンである。

 見た目はいかついけれど、来るたびにフォン・ダン・ショコラを撫でてくれる、優しい人。


「おっちゃん、ぼくここ!」


 フォンがゾンディールさんに自分がフォン・ダン・ショコラのフォンだとアピールしていた。

 取り敢えず、人型になれるようになったと私からも説明すると、ありえないと言われた。


「へ?」

「いや、そういう魔具はあるが……国宝レベルのはずなんだが?」

「まじょりか……」

「マジョ?」


 あまりにも衝撃すぎて噛んでしまった。

 それよりも、あんの魔王! なんてものをペイッと渡すんだ!

 返さないからねっ!


「いや、なんか、たぶん、触れたらいけない話題だな。うん。よしよし」

「わーい、なでなでぇ。おっちゃん、きょうも、からあげていしょく?」

「おお! 米は大盛りな!」

「はーい」


 フォンが楽しそうに貯蔵庫に入っていった。昨日のうちにやり方を教えたら、直ぐに覚えてしまった。

 思っていたよりもフォン・ダン・ショコラは頭が良かった。

 ということで、準備はフォンに完全おまかしてみることにした。


 私はゾンディールさんにカウンターの端を案内して、お水を渡す。何でかいつも端っこを選ぶから、人が少なくても端の席を案内するようにはしているのよね。


「はい、おまたせしました」


 フォンがえっちらおっちら唐揚げ定食を運んできた。


「おっ、待ってました! いただきます」


 ゾンディールさんが唐揚げを箸でつまみ上げ、がぶり。

 ザクッ、ザクッ、じゅわっ。唐揚げを咀嚼する音は、いつ聞いてもお腹が鳴りそう。


「っ、ぷはぁ……いつ食ってもザクザク、肉汁たっぷりで、スパイスが程よく効いて、最高のメシだよ」

「あはは! ありがとうございます」


 ゾンディールさんが唐揚げを食べている姿を眺めつつ、ストック作りをしていたら、次のお客さんの来店。

 キッチンから挨拶をすると、調理具店の店員さんだった。


「こんにちはー」

「こんにちは、エビフライ定食ね! で、昨日の人だけど!」


 案内もしてないのに、カウンターのど真ん中に座り、乗り出し気味。これ、わりといつものこと。おしゃべりが大好きなのよね。

 そして、デートじゃないって言ってたけど、何だったのかと根掘り葉掘り。

 買い出しって言ったじゃないですかと言うも、「信じない!」とのことだった。

 

「あんなイケメンが買い出しに手を繋いで付いてくるとか! どこの世界にそんなラッキーがあるのよ!」

「この世界ですけど」

「……そうだけどぉ! そういうことじゃなくて……」


 何やら納得がいかないらしい。


「おまたせしましたー」

「ありが――――なにこの幼児」

「あ、フォン・ダン・ショコラです」

「は……………………はぁぁぁぁ!?」


 どうやら、人型になるのは、本当に凄い事だったらしい。



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