37:牛丼とおじいちゃん。
お昼のピークが終わるまで、フォンがめちゃんこ働いてくれた。常連のお客さんも新規のお客さんも、笑顔がほにゃほにゃだった。
幼児パワー恐るべし。
三時過ぎからはデザート注文がほとんどなので、しばらくケルベルスに戻って休んでもらう。
フォン・ダン・ショコラはいつも通り店内の入口横でお昼寝。
夕方のピークはダンが手伝ってくれるらしい。
いや、ほんと助かる。
今まで、タダ飯喰らいの愛玩動物みたいな扱いしててごめんなさい。
「むお? なんかいい匂いがするのぉ」
「あ、おじいちゃん! いらっしゃーい」
なんか妙に疲れた顔をしているので、どうしたのかと聞くと、新しい魔具の開発で行き詰まっているのだとか。
話を聞きつつ、新作で用意することにした親子丼と牛丼の具材だけを小皿に入れて渡す。
「こっちが親子丼ね。鶏肉と玉ねぎを卵で閉じたやつ」
「ほぉぉぉ! それで親子か。面白い!」
「で、こっちが牛丼。牛肉と玉ねぎのちょい甘辛な醤油煮って感じかな?」
「くっ……これは米が欲しくなるやつじゃな」
両方とも、カレーのようにご飯の上に乗せてつゆをたっぷりかけて、ガガッとかき込んで食べるのだと話すと、おじいちゃんの目がギラリと光った。たぶん。
「牛丼っ!」
「はいはーい」
前世でいう、ご飯特盛、アタマも特盛。
牛丼とスープでセットにして、お箸とスプーンをおぼんに乗せてドンとおじいちゃんの前に出す。
おじいちゃんの喉がゴクリと鳴った。
お箸を手に取ると、ガシッと丼を掴み口元へ。それ一口でいける?ってくらいの量を勢いよく頬張った。
「んぐ……むぐぐ…………」
「だ、大丈夫?」
「んむ! ふんむー!」
何を言っているのか全くわからないけど、唸りながらガッツガツと食べているので美味しかったんだと思う。
瞬く間に半分以上が無くなっている。
そもそも、前世で牛丼や豚丼が嫌いって人はほぼいなかった気がする。
「むぐっ!?」
あ、いきおい良すぎて喉に来たな?
そっと冷たいお茶をグラスに注いでおじいちゃんに渡すと、ゴッゴッゴッと音を立てながら飲んでいた。
「ぶはぁぁぁぁ! ぬぁんじゃこらぁ! 甘い、確かに甘い。醤油が甘いが、美味い。肉に絡むこの甘じょっぱい味と醤油の香ばしさがなんとも言えん! このクタッとした玉ねぎもいい。玉ねぎが肉汁と醤油をしっかりと吸って、なんとも言えん旨味が…………くそっ!」
饒舌になったおじいちゃんに『美味いって言うだけでよくない?』ってツッコミを入れるのを我慢していたら、なぜか軽くキレながら続きを食べ出した。
ドンッと空になった丼をカウンターに置いたタイミングで話しかけてみる。なんか面倒だけど。
「どーしたの?」
「もっと食いたい!」
「食べれば?」
本当に面倒な返事が来た。
「違うんじゃ! 腹いっぱいじゃ!」
たしかに。ふつうに大盛りだしね。
お腹いっぱいならいいじゃないと思うんだけど、何やらそういうことではないらしい。
「いや、昼めしは普通に食ってきた」
「え? なんで普通に牛丼食べれてんの」
「美味かったから」
「どーも?」
どうやら、お腹いっぱいだけど、食べたい。もっと食べたい。夕食にも食べたい。でも、今はガッツリ満腹だから営業時間内にはお腹は減らない。だから、今日はもう食べられない。それが悔しいらしい。
「アタマの持ち帰り、する?」
牛丼の具材――アタマの説明をしつつ、持ち帰りを提案すると、小手鍋いっぱいに詰めてくれと言われた。
おじいちゃんはこれで開発が進むぞ! とか叫びながら帰って行った。
何か知らないけれど、元気になったみたいなので良しとしよう。
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