第15話 利益と隙

相談室を予約して、夕食後にまた兄達に集まってもらった。


「リブール子爵家の三男に隣国の商業ギルドで働きたければ伝手があるからいつでも頼ってくれと言われました」

俺の言葉に兄達が顔を顰める。


「第二王子に伝えておこう。

外交的な計画に基づいた動きだとしても、王家の血を隣国に出すなんて危険すぎる。

どこの馬鹿がそんな計画に承認したのか、調べたほうがいいだろう」

アキウス兄上が溜め息を吐いて言った。


「本人が隣国の親戚と通じて親に無断で動いているとは思いませんか?」

王宮で働く文官の親がアホな野望で動いていると考えるよりは、ジェイの評価を鑑みると『学友』と『祖国の王家の血』をクルトが自分の栄達の為に売ろうとしている可能性の方が高そうに思えるが。


「先の見通しが暗くて鬱屈していた三男をその親戚が言い包めた可能性も十分にあるが、王族が居る学年に入る子供の行動すらしっかり管理することも出来ないような父兄に国の外交を任せるのは不安しか無い。どちらにせよしっかり調べて対処する必要があるだろう」

アキウス兄上が肩を竦めながら言った。


なる程。

子供が考え足らずなのは当然な事なのだから、王族に近い場所に出入りする自分の子の管理はしっかりやっていなければ無能判定待ったなしか。

外交的な情報が家族経由で漏洩しても困るのだし。


「なんかこう・・・どうやったら人の悪意を見極められる目を培えるのか、心配になってきました。

クルトが特に善人と言う訳では無いにしても、知人を危険な状況へ積極的に売るような人間にも見えてなかったんですよねぇ」

隣国に留学するなんて言う危険極まりない愚かな行為をするつもりはないから今回は大丈夫だが、信じてはいけない人間を信じていたらそのうち何かの罠に引っ掛かるだろう。


今回のは罠と言うのも烏滸がましい程に露骨だったが、これからもそんな露骨な悪意にしか遭遇しないと思えるほど楽観的では無い。


「悪意っていうモノは相手を嵌める事で得られる利益と、つけ込める隙がある見做されると増幅しやすいようだよ。

勿論、隙や利益とは関係なく好き嫌いや偏見で生じる悪意も多いが、そう言うのは比較的分かりやすい事が多いだろう?

それよりも不意を突かれやすいのは、最初に出会った頃には無かった悪意が、利益と隙に釣られた欲に唆されて発生し膨張するケースだね」

アキウス兄上が指摘した。


確かに。

出会った時はニュートラルだったから警戒対象にしなかった人物でも、後になってから私を嵌めれば利益を得られると考えるようになり、嵌めても反撃がないと思わせるような隙を私が見せていると危険な悪意を持つ存在に変化しやすいのだろう。


「なんかこう・・・それって誰もが絶えず用心していなければならないって事ですよね、つまり?」

普通の貴族や商人だって、隙を見せれば食い物にしようと待ち構えている存在が周囲に多数いるだろう。

それこそどこかの職人に弟子入りしただけでも、兄弟弟子や競合店、取引先など。隙を見せたら利用してやろうと考える人間はそれなりにいる可能性は高い。


この世界は弱肉強食なのだ。

と言うか、『俺』の世界だって命に関わる様な危険こそほぼ無かったようだが、仕事上の出し抜きや成果の横取りはそれなりにあった。


生活基準がこちらよりも良く社会のセーフティネットも整備されていたし、露骨に人を陥れて上に這い上がる行為そのものが卑しいと見做される社風だったせいで、もう少しおっとりとした職場だった様だが。


「我々兄弟は大きな魔力や王位継承権と言う便利な道具や付加価値がある代わりに、それらを欲する人間から狙われやすい立場でもあるからね。

どうしても自己防衛に自信を持てないと言うのだったら、キャルバーグに引き篭もって私か兄上の下で働くならそれなりに安全に過ごせるだろうし・・・王家に言って適当な子飼い貴族に婿入りすると合意すれば便利な種馬として守って貰えると思うよ?」

カルぺウス兄上が小さく笑いながら言った。


種馬ねぇ。

ちょっとそれは嫌かな。

価値観が合わない相手と結婚すること自体を出来る事なら避けたいと思っているのに、教育や躾に関与できるか分からない子供を世に出すのに関わるのも気が進まない。


自分が関与したところでこの世界の貴族として正しい子供の育て方が出来るかどうかも自信がないが、自分の子が平民を気まぐれに殺してもいいと思う様な傲慢な糞ったれに育つかもと思うとますます萎えてしまいそうだ。


とは言え、貴族として生きないとしたら・・・。

探索者は人目の少ない危険な場所へ行くことも多い上に、指名依頼を受けた場合は危険だと分かっている場所へ事前に知られたタイミングで行くのだ。

誰かが罠にかけて自分を捕獲しようと思っていたら、これ以上ないぐらい捕まえやすいカモだろう。


商人だって、あちこちの貴族領に支店があるような豪商まで伸し上がろうとすると、貴族が商談があると呼びつけたら拒否するのは難しいのだから嵌めるのは容易だ。


そう考えると。

出向く必要性が無い商売を選ばねばならない。


だとすると、それこそ以前母が言っていた『街の店を経営する』のが一番現実的なのかも知れない。

単に物を仕入れて売るだけの商売では自分に平均以上の才覚があるとも思えないし、貴族に呼びつけられかねない商人と大して変わりはない。

ここは前世の便利な家電から着想を得て、あまり表に出ずに便利な魔道具を開発して売るのが一番現実的そうだ。


「う〜ん、種馬になるよりは誰か信用出来る貴族を見つけられたらその領都ででも魔道具を開発・販売しようかと思うのですが、安心できるところが見つからなかったらキャルバーグの領都で開業しても良いですか?」

領主に呼び出されたら魔道具職人だとて出向く必要があるから、実家か信頼できる領主の治める街で開業する必要がある。


「勿論だよ。

キャルバーグにはあまり最新式な魔道具が入ってこないからね。

どのくらい売れるかは知らないが、魔道具を作って・・・時々魔物退治に協力してくれたら嬉しいかな」

アキウス兄上がにっこり笑いながら言った。


王家の血を引く貴族に生まれるなんて、ラノベだったら内政無双のテンプレルートになりそうなものなのに。

国をひっくり返す様な度胸もないショボい貴族の三男じゃあ、却って王位継承権は邪魔なだけだった。


まあ、ちょくちょく魔物を狩りつつ便利家電もどきな魔道具を開発してのんびり暮らしていくのも悪くはないだろう。

何だったら人を見る目があるジェイに店長をやってもらって、私は売る魔道具の製造開発だけに専念すると更に良いかも?


今度、ジェイに店を合同で経営する将来設計に興味がないか、聞いてみようかな。

勿論私が魔道具製造をちゃんと習った上で、自分で新規魔法陣を造れる程度の才能がないとこのプランも絵に描いた餅だが。


前世ではかなりあくせくと忙しかった記憶が漠然と残っている。

今世ではゆったりとのんびり人生を楽しめるよう、しっかりプラニングしつつ手を打っていこう。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

今回はこの話を読んでいただけて、ありがとうございました。


去年のカクコムコンテストのお題目から得た思い付きだけで始めたこの話を、どうやって終わらせるか色々と悩みました。

色々危険な目に遭ったり成功したりっていうのも書いていったら面白いだろうな~とも思ったのですが、少年が一人前の大人になるまでを描こうとしたら果てしなく長く壮大なストーリーになりそうなので、この話はここで終わりにすることにしました。


不定期な更新に付き合っていただき、改めてありがとうございました。

良かったら他の話も読んでみてください!


極楽とんぼ



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