第14話 人を見る目

「デリクは将来探索者になるつもりなの?

それとも商業ギルドとかでポジションを得る方向を目指すのかな?」


休息日にジェイと王都城壁外の簡単な依頼をこなし、今日は商業ギルドでいつもの依頼助っ人バイトをしていたら、同じくバイトに入っていたクルトが雑談っぽく話を振ってきた。


「探索者か行商人か魔道具職人か、まだ適性を見極めているところだな。

商業ギルドそのもので職を得るのは・・・取り敢えずは目指してないかな?」

何と言っても王都で働こうとしたらケスバート公爵家王妃の実家から横槍が入る可能性が高い。

本店王都ギルド本部で働けないとなると、組織での昇進可能性はかなり限定される。


地方都市だって、支部トップは基本的に領主との繋がりを利用して街の利害調整をする立場だ。

その下でしこしこと只管実務を熟す激務の責任を負いたいと言うのでない限り、商業ギルドに入ってもあまり将来の展望は明るく無い。


要は本格的に王妃とケスバート公爵家が失脚しない限り、私が商業ギルドで働いてもストレス満載なだけだろう。

とは言え変な横槍が入る可能性があるからこそ、商業ギルドにもこっそり頼れる伝手がある方が良い。だから学生の間はここでの依頼を受けてそれなりに親しい知り合いを増やそうとしているのだ。


「ふ〜ん。

まあ・・・ベルギウス王国の商業ギルドはちょっと難しいかもだよね。

でも、他国のギルドはどうだろう?

デリクみたいに計算が早くて書類の扱いも上手い人間なら、邪魔が入らずにしっかり働ければ商業ギルドの幹部にのし上がるのも夢じゃないよ?」

クルトがさりげなく他国の商業ギルドルートを勧めてきた。


「他国の商業ギルドねぇ。

全然伝手がないし、祖国を捨ててまで行こうと思い切るほどは現時点では商業ギルドに魅力は感じてないかな?

でも、何か思うことがあったら考えてみるよ」

と言うか、国を出るとなったらマジで国からの暗殺者を撃退できるだけの戦闘力を身につけなきゃダメだろう。


探索者として大成して、国外での依頼を単発的に受けるとか、何か防具なり武器なりを作る為に魔物を仕留めて素材を集める必要があるからとかで一時的に国を出る程度ならまだしも、デスクワークがメインな商業ギルドの職員になる為に国を出るなんて・・・それこそ他国のベルギウス王国への介入口実を提供する為と受け止められかねない。


「なんだったら隣国にでも留学してみて国民性が合うか試してみるのも手かも?

ウチの母方の叔父があちらで結婚していて、それなりに商業ギルドで上の方のポジションにつけそうなんだ。

何かあったら手を貸せると思うから、遠慮せずに言ってね」

にっこり私に笑い掛けながらクルトが言った。


いや、それって手を貸してくれると言うよりも、その母方の叔父が栄達する為に私を売るから是非声を掛けてくれという話な気がする。

『良かったらネギを持参してパーティに来てね』と誘われたカモになった気分だ。


リブール子爵家って当主と長男が文官として王宮で働いている筈だが・・・将来の展望が微妙な三男に国を出た叔父がこっそり声を掛けたのか、リブール子爵家そのものがベルギウス王家の血を隣国へ提供するのに協力しようとしているのか。


ちょっと不味くないか、これ?

ある意味、ベルギウス王国の1番の売りと防衛力は高い魔力を有する王家の血筋なのだ。


それを安易に他国に売ろうとする人間が王宮に居たら、国防的に危険な気がするんだが?

取り敢えず、父上に一報入れた方が良さそうだ。


ついでに兄上たちにも相談して、場合によってはアキウス兄上から第二王子経由で国王の方に話を伝えて貰うべきだろうか?

まあ子供の安易で考えたらずな親切心の可能性もあるから、あまり話を大きくしない方が良い気もしないでもないが。


「ああ、覚えておくよ。

ありがとう」



◆◆◆◆



「私が紹介しておいてなんだけど、クルトってちょっと危険かも知れない。

私を隣国に売ろうとしている可能性がある」

寮に帰って、宿題をしていたジェイに伝える。


「売る?」

ちょっと首を傾げながらジェイが聞き返す。


「隣国の商業ギルドだったら変な横槍無しに思う存分能力を発揮して栄達できるよと勧めてきた。

なんだったら予行演習的に隣国へ留学するのもありだし、自分の母方の叔父があちらに居るから手助けも出来るそうだ」


王家の群青色な瞳がバレない限り、田舎貴族の庶子で三男(と言う事になっている)なジェイに対しては手を伸ばそうとはしないだろうが、私を呼び出す為に利用される可能性は無視できないから、注意喚起をしておくべきだと思ったのだが。

あまり驚いていない様だ。


「リブール子爵家は隣国との伝手を売りにしている外交畑の文官だからね。

伝手があっても不思議はない。

とは言え、王家の血を隣国に出すのは不味いだろうから・・・何らかの事故を装って死んだことにして国から出すか、ベルギウス王国がクレームをつけにくい程度に高位だけど危険視されない位な貴族との縁組込みの話になるかだろうね」

ジェイが肩を竦めながら教えてくれた。


「引きこもって誰とも会っていなかったと言う割には色々と王宮内の事を知っているんだね」

国の権力層の事はあまり気にせずに、探索者としての技術とか一般的な知識の取得に集中していた私よりずっと王宮の裏に明るそうだ。


教育があれだけ穴だらけだったのに。


「そりゃあ、離宮では基本的に放置されていたからね。

うっかり勉強熱心で自力で学べるほど賢いなんて評判が立ったら危険だったし、折角の怠惰で何もできない王子という評判を壊さないで暇つぶしをしようと思うと出来ることは限られていたから、部屋に引きこもったフリをして小姓の格好で王宮を彷徨いていたんだ。

お蔭で色々と耳にしたよ」

ジェイが言った。


なるほど。

下手に勤勉な様子を見せられないから、教師が来ない分を自力で図書室でカバーするのも出来なかったのか。


まあ、書籍から学ぶ知識よりも生きた情報を身につける方が将来役にたつ可能性は高いだろうし。


「ちなみに、ジェイのクルトに関する評価は?」

紹介したものの、一緒に依頼をこなしたとかな訳ではないので第一印象程度しか無いだろうと特に尋ねなかったのだが・・・この分だったら王宮で磨いた洞察力で何か教えてくれるかも?


私は貧しくともそれなりにのほほんと大切にされて育ったから、ある意味こう言う危険な悪意に近い下心を持つ相手をどう見分けるのか、まだまだ練習が必要そうだ。


普通に力尽くで襲いかかってこようとする貴族とか破落戸とか魔物相手だったら対処方法はそれなりに教わったんだけどねぇ。


「クルトは・・・弱小子爵の三男だから先も明るく無いって卑屈な自分を装って見せているけど、本当は自分の方が優れているんだって内心では周囲を見下していて、他者の失敗を喜ぶタイプだと思うな。

ああいうタイプって、王宮でも親切そうに他者を手伝いながらこっそり足を引っ張っているのをちょくちょく見かけたから、一緒に依頼を受ける時なんかは仕事の成果に変なモノが混ざらない様に気をつけた方が良いかも?

当然のことながら、あいつを信頼して留学の手配を頼んだりするのは絶対にお勧めしないね」

ジェイがかなり辛辣な評価を下した。


「うわぁ、そうなんだ。

見かけ程親切で真摯ではないだろうとは思っていたけど、足を引っ張る度胸があるタイプだと思っていなかった。

もっと早く警告してくれたら良いのに」

仕事で足を引っ張られたかもなんて、危なかった。


「態々俺に紹介する程度には信頼していたんだろ?

単に俺の第一印象だけで『危険なやつだ』って言っても不快に思われるだけだ。

多少の仕事の失敗なんて、まだ始めたばかりな段階だったら十分挽回できるんだから、何か引っかかるような事が起きてから警告した方が聞いてもらえると思ってね」

ジェイが肩を竦めながら言った。


まあ、一理ある。

それに名目上はジェイは私の侍従だが、本当のところは単なる従兄弟で友人なだけであり、私が躓くのを一々先回りして止める役割を負ったお守りでは無い。


取り敢えず。

もう少し人を見る目を磨かないと、どこかで大きく失敗しそうだ。





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