番外編
第16話 決別の時:取り巻きA(フィリウス・ペルウィック)
「フィリウス、これを演習予定地のヘルベルトとキャルバーグが向かう目的地へ撒いてこい!
魔物が集まり、強化される事であいつらが泣きっ面をかいて教員たちに助けられるようにすれば、成績がガタ落ちになる!」
ケスバート公爵家
ペルウィック伯爵家は領地持ち貴族であり、通常ならば次男である自分はそれなりに学院での毎日を楽しめる筈だった。
寄親であるケスバート公爵家の
せめて一年ずれていれば、せいぜい食事時に同席する程度で済んだのに、同年に生まれたせいで入学した時からひたすら寄親の
ペルウィック伯爵家はケスバート公爵家の分家ではなく、完全に独立した別の貴族家である。別に公爵家に爵位を貰い、収入を依存する法衣伯爵ではないのだ。
なのでここまで公爵家に這いつくばる様に仕える必要があるのかと言われたら疑問を感じるところだが、俺が入学した頃はまだケスバート公爵が王宮での人事権を握っていた。下手に反抗したら兄や父にも迷惑が掛かると、我慢に我慢を重ねてまるで男爵か騎士爵の子息の様な使い走りの毎日を耐えてきた。
だが。
学院に入って半年ぐらい経った頃に、ジャイルス王子の死にケスバート公爵家の寄子の若手が関わっていた事が判明し、『配下の管理が出来ず、若手の育成にも失敗したケスバート家は王宮の人事を任せるに値せず』と国王が言い渡し、王宮の人事権がケスバート公爵家から取り上げられ、リハラース公爵家へ移された。
リハラース公爵家は現王と兄王子との争いの際に中立を保った公爵家で、その分ケスバート公爵家が王妃の外戚として権益を手当たり次第に集める様になってから苦言を呈して対立する事が増え、冷遇されてきた家だ。
当然、リハラース家が真っ先にやった事は賄賂や付け届けに基づいて行われていた人事査定の見直し及びそれに伴う昇進・降格、そして握り潰されてきた違法行為や間違いの追及だった。
一気に王宮が回らなくなるような規模では無かったが、徐々にケスバート家派閥の人間が王宮から姿を消していくうちに、効果は学院でも感じられるようになった。
今までケスバート家に忖度してザルバルタより良い成績をとらない様に配慮していた生徒たちが、気遣いを止めて本来の成績を取る様になった。これにより、一気にザルバルタの成績は学年下位まで下落したのだ。
ヘルベルト辺境伯子息とキャルバーグ子爵子息は最初から忖度せずに行動していた生徒なのでザルバルタから目の敵にされていたが、自分の立場が弱くなり、密かに影で笑われる様になってからザルバルタの感情は反感から憎悪まで悪化していたのだが……それでもまさか魔石を他の生徒もいる演習予定地に撒けと言うほど見境ないレベルだとは思っていなかった。
「魔物が出る所に魔石を撒くなんて、危険です!
護衛付き商人が通る様な街道脇の森というのならまだしも、学生が演習の為に入る森なのだ。
いくら教官と騎士が巡回して目を光らせていると言っても、タイミング次第では多数のクラスメートが大怪我したり……死ぬ様な事態になりかねない。
こいつは自分が何を命じているのか、分かっていないのだろうか??
壊れたら捨てて買い替えられる道具とは違うのだ。命は一度失われたら二度目はない。
「凄腕で、領地で魔物退治をやっていらっしゃる辺境伯子息が居るんだ、大丈夫さ。
散々一対一の決闘に備えるよりも実践的な戦い方を覚える方が良いとほざいてきたんだ。
実戦でそれを証明してもらおうじゃないか」
吐き捨てる様にザルバルタが言って、部屋から出ていった。
「……付き合いきれない」
ザルバルタの暴言や横暴な迷惑行為に関しては前回家族で集まった時に兄や父親とも相談した。
今となってはケスバート公爵家に学院での不祥事を握り潰す権威は無い。こちらが巻き込まれそうな場合は、
ケスバート公爵家との取引が無くなっても領地が傾かない様に代替取引先を探してきた父の努力が、思ったよりも早く試される事になりそうだ。
◆◆◆◆
「ケーライト教官。
ザルバルタ・ケスバート公爵子息にこれを明日の演習予定地へ撒いてくるよう命じられました」
自分たちの担任は未だにケスバート公爵家への忖度を切り捨てるところまで思い切れていないので、下手に彼に相談したら問題が起きる前にケスバート公爵家に話が伝わりかねない。
ケスバート公爵家と決別するからには、確実にザルバルタを排除できる様にして貰わねばならないので、生徒たちを多少の危険に晒す事になっても危険を根絶するであろうベグラス・ケーライト教官に話を持っていった。
「魔石を、演習予定地に?!」
ケーライト教官が信じがたいと言いたげに目を剥いて聞き返してきた。
魔石は魔物から採取する重要な資源だ。だがそれを魔物に食べさせると、その個体を強化すると共に量と種類によっては狂化もさせて
魔物の死骸から直接食べる魔石程度だったら肉も一緒に食べるので一度に摂取する量が限られるのだが、魔石を撒いてそれを直に食わせたりしたら危険性は跳ね上がる。
これは学院の授業でも繰り返し教わってきた常識だ。
「ヘルベルト辺境伯子息とキャルバーグ子爵子息が向かう予定の場所に撒け、と。
二人のチームが魔物に対処し切れず助けを求める事になれば評価が悪くなると期待しているようです」
音声を記録する魔道具も存在することはするが、極めて高額な上にそれなりに大きいし事前の準備が必要なのでザルバルタの言葉を記録するのは無理だった。
現時点ではフィリウスの証言とザルバルタから渡された魔石しか証拠と言える物が無いので、魔石を撒くことで生じるであろう惨事は防げても、それだけではザルバルタの今後の行動を止めるには足りない。
「渡された魔石を見せてみろ」
ケーライト教官が手を出したので魔石に入った袋を渡す。
ざらざらと机の上に魔石を出した教官は指でそれを広げながら確認し始めた。
「平凡なゴブリンやウルフ系魔物の魔石だな。こちらから購入者の特定は無理だ。
取り敢えず、適当な小石でも拾って撒いておけ。
この魔石はこちらで預かっておく。
ザルバルタには影を付けて言動を記録させるから、そこで自白したら退学にするよう学院長に働きかけよう。
足を出さない可能性もあるから、フィリウスも取り敢えずは何気ない顔をして言われた事に従っている様に見せておけ」
ケーライト教官が命じた。
なるほど。
ザルバルタの発言を王家に仕える影に記録させて自白を取るのか。
自分もできるだけザルバルタが口を滑らす様、話を誘導する様頑張ろう。
翌日。
演習では各チームが割り当てられたゴールまで行って帰ってくる時間や、その間に倒した魔物の数や戦闘での動きなどを同行した教官が評価して順位が決められるのだが。
張り出されたその順位のトップにヘルベルト辺境伯子息達のチームの名があるのを見て、怒りで顔を真っ赤にしたザルバルタがフィリウスを殴り、クラスメートや教官達の前で怒鳴った。
「お前、ちゃんと命じた通りに魔石を撒かなかったのか!!
その程度のことも満足に出来ないなんて、この役立たずが!」
口を滑らせる様誘導するのに工夫する必要もなく、アホは自滅してくれた。
巻き添いになる前に決別できて、本当に良かった!
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あけましておめでとうございます。
久しぶりに番外編を書きました。
デリクバルドが出る番外編もまた今度書こうと思っています。
今回はケスバート公爵家次男の取り巻き視点からによる、公爵家没落の歩みの一部です。
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