第10話 戦闘一般

「はぁぁ!」

ケスバート公爵家次男ザルバルタが気取った感じで声を上げつつ剣を振り下ろした。


「うわぁ!

流石ザルバルタ様、鋭い一撃ですね!」

攻撃を受け損ねて自分の剣を取り落とした取り巻きがおべっかを言っている。


まだ13歳のガキなのに既にゴマすりスキル持ちとは、なんとも世知辛い。

しかも相手は王子ですらなく、公爵家の次男なんて言うかなりランクダウンした相手だ。

そんなの相手におべっかを使いながら取り巻きになる意味ってあるのだろうか?


ケスバート公爵家ならば次男に与える下位の爵位を持っているかも知れないが、豊かな領地付き爵位を分家となる次男以下に毎世代で与えていたら本家が細ってしまう。そう考えると、ザルバルタをどこか良いところへ婿入りで押し込むのが最善策、ダメだったら領地付き子爵か、領地なしで本家での役職から貰える収入が付く法衣伯爵程度になる可能性が高い。


今まで見た限りのあの次男の行動では、爵位を継ぐ嫡女だったらああ言う傲慢で自信満々なタイプは嫌がるだろう。そう考えるとザルバルタの先はそう明るいものではないと思われる。


足の運びや体幹の安定性を見るに、剣を落とした少年の方が剣の腕は上な可能性が高そうだ。

折角剣の腕を磨いても、それを発揮せずにあの次男程度にすら勝ちを譲らなければ駄目なんて・・・何とも切ない。


まあ、私が戦闘一般以外の授業を避けたのと同じで、敢えて公爵家に睨まれる行動を取るのを避けているだけなのかも知れないが。


多分、それなりにザルバルタが落ち着いたら取り巻きも側にずっと居ないで剣の腕を発揮できるような授業やクラブ活動にでも参加できる様になる・・・と良いね。

13歳の身空からゴマすりとおべっかを使い続けなきゃ生きていけない社会だとしたら、ベルギウス王国の将来はかなり暗いぞ。


マジでそんな理不尽が横行する様なのなら、例え王家の追っ手がかかるにしても国を捨てる準備をしておき、いつか中央で混乱が生じたらそれに乗じて逃げさせて貰おう。


まあ、父上や兄上の話によると王家や国王はそこまで酷くないようだし、ケスバート公爵家も国王が抑える方向に動き始めたと言う話だから、単に私の学年が不幸な環境にあるだけな可能性は高い。


取り敢えず、見るべきものも無い公爵家次男には背を向け、他の参加者の様子を伺う。

何人かが1対1で剣の練習をしており、残りの大多数は適当に纏まって雑談をしている。

そして奥の方にあるアスレチックの道具みたいな所で、1人の少年が中々見事な動きを見せていた。


三角錐みたいなフレームの上部に括り付けられたとロープに狼系魔物ぐらいなサイズの丸太が結び付けられ、各辺に2個ずつで合計6つが様々な角度とスピードで中にいる少年へ襲いかかって来ている。

首をを示すっぽい形が丸太の前後に彫られており、鍛錬している少年は器用に目や首筋といった急所に剣を当てている。


現実では野生の狼は森の恵みが乏しい時期に少人数で森に入り込んだりしなければ人間に襲いかかる事はあまり無い様だが、狼系魔物となると人間を見れば群れで襲ってくる。

対魔物戦闘は集団戦が多いので1対1の鍛錬だけでは足りないのだが、複数の相手との混戦気味な戦闘をシミュレートする道具は無いので危険な実践しかないのが悩みの種だったのだが、あのアスレチックもどきは素晴らしい。


学院にいる間に利用させてもらい、長期休暇で実家に戻る際には同じ様な器具をあちらでも設置できないか、試してみよう。


「素晴らしい腕だな」

中で絶え間無く動いて丸太を切り付けていた少年が、袖で汗を拭いながら三角錐のフレームの中から出てきたので声を掛けた。


「ありがとう。

ヘルベルト辺境伯三男、サムラーダだ」

挨拶に手を差し出されたので握手しながらこちらも自己紹介する。


「キャルバーグ子爵家三男のデリクバルトだ。

同じ三男同士、仲良くできると嬉しいな」

これから5年間も学院で過ごすのだ。


少しは友人関係も構築したい。

これだけ腕が良く、実用的な戦闘術を身につけている相手なら価値観も近そうだ。


「良いのか、王位継承権持ちのお方が田舎の辺境伯の息子なんぞと仲良くして?」

ちょっと皮肉っぽくサムラーダが言った。


「王位継承権持ちと言ったって、私が王位を継ぐ様な事態になったら国が崩壊一歩手前な状況だろうから、それに意味はないさ。

どうせ王太子殿下に子供が生まれたら実質平民落ちする身だ。

キャルバーグ子爵家なんて辺境伯領よりも更に田舎な貧乏領地なんだぜ?

辺境伯子息に仲良くなって頂けるか、こちらが恐縮しつつお願いする立場だよ」

肩を竦めながら応じる。


辺境伯領は隣国との境にある領地である。

緩衝地帯として魔物が多い森が隣国との間に多く残っているせいで中央地域より危険だとも言えるが、その分魔物の素材や隣国からの交易品も流通しているらしく、何もないキャルバーグ領なんかよりもよっぽど栄えている。


父上の血が入っていなければ私なんぞサムラーダより2段階ぐらい下な立場だろう。

とは言え今年は公爵家の次男殿がいるからか、どうやら国内でも有力な大貴族である筈のヘルベルト辺境伯子息も田舎者と馬鹿にされているらしいが。


「どこぞのアホが内戦一歩手前まで行っても侵されなかった『王家の血を流さない』と言う不文律を破ったからね。

王家の闇が更に深くなった今となっては、残った王子の二人が儚くなって君の兄上が王位に就く可能性は、主家の人間が前線に出て戦いの指示をする伝統がある辺境伯家の三男である俺が爵位を継ぐのと同じぐらいな確率なんじゃないか?」

ちょっと皮肉げに口元を歪めながらサムラーダが言った。


なるほど。

父上が殺されなかったのには国内の貴族の魔力量を上げると言う点だけでなく、王座を巡る争いがあっても王家の血は流さないと言う不文律を破らないと言う意図もあったのか。


王妃は排除する必要も無い立場の弱い三男を殺した事で、自分の息子たちの命をも危険に晒した事に気付いているんかね?


王宮の空気が変わり、それにも気付かないほど愚かだったら・・・そのうち国王が手を打って王妃と実家の兄公爵が『病気』にでもなりそうだな。


「じゃあまあ、どっちもあまり起きないだろうって事で、気楽な三男同士で仲良くしないか?

私のことはデリクと呼んでくれ」

敢えて気楽そうに笑いながら話しかける。


そんな私を見て、サムラーダは少し目を丸くしたが笑いながら頷いた。

「良いだろう。

この訓練器具の素晴らしさに気付く生徒は少ない様だからな。君とは気が合いそうだ。

俺はサムと呼んでくれ」


周囲を見回したら何人かがこちらをそれとなく伺っていたが、殆どは派手に剣を振り回している公爵家次男ザルバルタと取り巻きのチャンバラごっこを見ている。


「難しすぎるからこれを使わないだけなんじゃないのか?」

6つも狼を模った丸太があちこちから襲いかかる様に飛んできたら、余程慣れていないと足に丸太を喰らって青痣だらけになってしまう。

非常に実戦に近い形なだけに、活用するハードルも高そうだ。


「難しいと言うなら動かす丸太の数を減らせば良いんだ。

だが、群れで襲いかかるようなショボい魔物や野獣退治に高貴な貴族令息は関わらないんだそうだ」

ふんっと鼻を鳴らしながらサムが言った。


「いやだって、既にこの国では決闘は禁じられているんだから、1対1の戦闘なんて精々御前試合だけだろ?

ああ言うのはそれこそ騎士団か軍に入らなければ食っていけない貴族の次男や三男がアピールの為に出るだけで、実際には魔物や山賊や敵国兵士との複数対複数の戦いが貴族の主たる責務だろうに」

まあ、貴族の魔力が大きいベルギウス王国では貴族は大型な攻撃魔術を遠距離でぶっ飛ばして、その取りこぼしを兵が倒す事になる可能性も高いが。


「あの公爵令息の取り巻きは国や民の為に戦う気なんてないさ。

そんなのは下々の役目だと思っているからね。

だからあんな見た目だけ派手で実用性ゼロな剣技を披露して喜んでるんだ」

けっと吐き捨てるようにサムが言った。


「苦労知らずなボンクラは自分では努力しない癖に、努力した他の人間に負けたら逆恨みしそうだと思ったからこの戦闘一般の授業以外は全て先に試験を受けて飛び級したんだが・・・サムも絡まれたのか?」


武力と政治力と言う違いがあるにせよ、ある意味辺境伯と公爵家ならほぼ互角な存在の筈なのだが。


「あそこの長男は腹黒いし嫌な野郎だが有能そうだと兄が言っていたが、次男はかなり不味いレベルで教育に失敗したようだな。

側室の王子の誕生とタイミングがあったせいで、色々と王妃から言われて変に育ったらしい」

サムが顔を顰めながら言った。


あ〜。

一応長男は嫌な野郎でもまともなのか。

それは良かった。

王妃の実家で筆頭と言って良い公爵家の跡継ぎが無能だったら、民や国にとって問題だからな。


次男はそのうちボコボコに教育されて軌道修正するか・・・目に付かないどっか無難な家に押し込まれて出て来なくなると期待しよう。

学院にいる間にそれが起きなそうにないなのは残念だが。


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