第9話 助言
『俺』の世界と違い、こちらの世界は週6日で月が30日、年が361日で12の月と1の月の間に1日『狭間の日』がある。
曜日は陽、月、火、水、風、土で陽の日が休息日扱いで学院や役所は閉まっている。
店は基本的に開いているし、探索者ギルドは年中無休だが。
週休1日では長期休暇以外だと泊まりがけの依頼は受けにくいのが難だが、子供の間からそこまで必死になって働く必要もないので私はのんびり日帰りで依頼をボチボチ熟すつもりだ。
今年は必修の社交礼儀と戦闘一般しか授業を受ける気はないので、平日に雑用依頼を王都内で受けるだけでもそれなりに見識を広げられるだろうし、貯蓄も出来る筈。
成人前の探索者見習いの請ける雑用では報酬も高が知れているだろうが、何と言っても食事も住処も寮でカバーされているのだ。
稼いだほぼ全額を貯められるとなればそれなりになると期待している。
と言う事で学院に通い始めて初の休養日の今日は、私はジェイと一緒に王都の探索者ギルドへ登録変更に来ていた。
見習いとしてはキャルバーグ子爵領のギルドで既に登録してあるが、長期的に活動地域を変える場合は所在地変更登録をしないと見習いの場合は依頼達成情報がきちんと継続記録されないのだ。
王都の貴族街(そして王立学院)に近い中央区のギルドには貴族の子息が探索者ギルドへ登録しに来ることも珍しくないので、それなりに品がいい。
元々、ベルギウス王国の貴族は戦争や大規模な野盗集団、魔物の異常繁殖などの際に先頭を切って戦い、民と王国を守る義務を負う。
今ではそれが単なる建前になっている貴族家が多いにしても、戦闘を知らぬままに成人するのは貴族として許されず、王立学院に在学している間にも何度か遠征に出て野生動物や魔物を討伐する事になっているので、授業の予習の様な意味で探索者ギルドに登録する高位貴族の子息も多いのだ。
貧乏な下位貴族の子は小遣い稼ぎの為に働く必要もあるし。
「どの依頼を受けるの?」
ジェイが依頼の張り出されているボードの間に立った私に聞いてきた。
ちなみにジェイはいつもの偽装用メガネとカラコンもどきを装着し、私は姿変えの術で目の色を変えている。
流石に王族の群青色の瞳は貴族に慣れた中央区のギルドでも刺激が強すぎるだろう。
とは言え、元第一王子の子である私の瞳の色は秘密ではないので、魔術で偽装している様子が無ければ却って怪しい。
なのでその気になれば偽装が分かる程度の魔術で変装しているのだ。
ジェイは反対に、バレたら命に関わるので二重に隠蔽している。
「取り敢えず、素材採取系の依頼に何があるか確認して、王都の周辺の森とかを回ってみよう。
王都内はジェイが授業を受けている間に雑用依頼を受けて慣れておくから」
いくら比較的治安が良い王都近郊でも、12歳になったばかりの貴族の子息が1人で城壁の外へ出るのは危険だ。
だから城壁外での仕事はジェイが同行出来る日だけになるので、今日はまずざっと見て回ってどんな素材がどこに生えているのか確認しておきたい。
侍従教育が大変だったジェイはあまり探索者見習いとして動く暇も無かった。
これからは休息日に疲れが溜まっていなかったらある程度王都の外での『探索者らしい』依頼を一緒にこなして、依頼達成履歴を積み重ねていくと良いだろう。
雑用系に関しては明日以降に試験を受け終えたら『戦闘一般』がある日以外は街中のお使い依頼をこなして王都の地理を身につけ、可能ならば職人ギルドか商業ギルドでの依頼を受けてそちらの内情を学びつつ伝手を培っていきたい。
・・・将来に展望に関して母と話した際に、色々と助言されたのだ。
『貴族は国に領地からの税金を納めなきゃならないし、それなりに貴族としての見た目を維持しなきゃならないしで金がかかるの。
以前の
だから学生時代には真剣に爵位の返還も考えて色々と研究したの。
お父様も最低限の能力がある婿を捕まえられそうに無かったら、爵位返還もしょうがないと言ってくれていたし。
だから平民になる際に考慮する点に関してなら聞いて頂戴!』
との事だった。
『魔力持ちの貴族だったら身体能力だけで戦う事が多い平民よりは有利だから、怪我さえしなければ探索者も悪くない選択肢よ。
何と言っても移動しやすいし、現役時代からギルドに誠実で思慮深い態度を見せておけば引退を考える頃にどこかの支部でギルマスや副ギルマスになるとか、面倒が嫌なら新米探索者の訓練係になるとかって感じでギルドに就職するのも可能だしね。
学院を卒業してからは忙しくて探索者として活動する暇が殆どなかったせいでランクを上げきれなかったけど、これでも私は学生時代に銀ランクまでなったのよ?
学院でも卒業パーティのドレスを魔物討伐で賄ったのは私ぐらいなものだったと思うわ!』
裁縫よりも剣を振り回しながら魔法をぶっ放す方が得意だと言う母が笑いながら言っていた。
ちなみに、貧乏貴族令嬢が自力でドレスを作ったり、高位貴族が下げ渡して店に流れた中古ドレスをリメイクしてパーティに参加するのは良くあることらしい。
反対に魔物討伐でその資金を集めようとする令嬢はほぼ皆無との事。
さもあらん。
『探索者よりも、もっと堅実に自分の技術で長く稼ぎたいなら魔道具師も悪くないわね。
もしくはあちこちを自力で動き回って行商でお金を稼いで商会を作るんだったらそれもあり。
ただ、どちらにせよ平民になったら拠点に選んだ街の領主の良し悪しに大きく影響を受けるから、いざとなったら商売道具を全部持って移住出来るように、
あちこちを見て回って『ここなら』と思って選んだ街でも、領主が病気で死んで世代交代した途端に一気に暮らし難くなる事なんかもあるもの。
もしくは人が良い領主だからこそ騙されて借金漬けになって、他の領主や大手商会の言いなりにならざるを得なくなるとか』
平民は貧乏貴族よりも気楽な生き方が出来るものの、上が愚かだと自分ではどうしようもない事由のせいで事業どころか命すらも脅かされかねないので、逃げられる準備は絶対にしておけとの事だった。
『だから情報収集も必須よ!
学生の間に商業ギルドとか職人ギルドに知り合いを増やす為にも雑用依頼を受けておくのはお勧めだわ』
とも言われた。
探索者ギルドで腕を磨きつつランクを上げ、商業ギルドと職人ギルドでも知り合いを増やした母だったが、やはり女性というのは平民だと貴族よりも更に理不尽に晒されやすいらしく、爵位の返還もそれがあって悩んでいたら・・・想定外な第一王子の婿入りが王命で決まり、借金も消えたので爵位返還の話は無くなったそうだ。
男であるだけ、私達の方が母よりも平民として生きやすい。
魔力も多いし。
だからお勧め通りに情報を集めつつ腕を磨いて学院卒業後に備えれば、それなりに悪くない人生を歩める・・・と期待したいところだ。
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