第5話 仲間

「誰だ?!」

慌てて振り返った少年の瞳は、私と同じ紫みのある群青色だった。


おやぁ?

「もしかして、ジャイルス第三王子殿下ですか?

初にお目に掛かります。

キャルバーグ子爵家三男のデリクバルトと申します」

軽く頭を下げて挨拶をする。


彼が暗殺未遂に命の危険を感じて王宮から逃げると選択するならどうでも良いが、もしも懲りずに国王の元へ戻るつもりならば不敬を咎められる様な言動はしない方が良いだろう。


王宮に戻っても長生きしないだろうけど。

だが戻った瞬間に抹殺される訳では無いだろうから、チクられたら面倒になる様な事はしない方が良い。


「キャルバーグ子爵家?

・・・ああ、父上との政争に負けた元第一王子の息子か。

私を売るつもりか?」

王子がこちらを警戒した様に見ながら言った。


「まさか。有力な王族関係者からの暗殺依頼なんて、場合によっては明日は我が身ですからね。

逃げるなら手を貸しますよ?」

ここで王子を突き出して王妃に恩を売ったところで、彼女の我が家に対する心象がマイナスなのは変わらないだろうし、子供(同い年だけど)を売って氷上の安寧を得ようとは思わない。


「じゃあ、助けてくれ。

このまま死んだ事にしたいが、平民として生活を始める準備をする隙が無かったんだ」

そろそろと木の枝に捕まりながら崖を登ってきたジャイルス王子が言った。


「分かりました。

取り敢えず山の向こう側のキャルバーグ領に行って一晩過ごしましょう、殿下」

あちら側に狩人用の山小屋がある。

基本的に狩人や木こりが使うが、領地の人間ならちゃんと綺麗に使うならば随時必要に応じて使う事が認められている。


たまに領外から来た探索者も使っている様だが。


「もう王子ではない。

殿下も敬語も使わなくていい」

ジャイルス殿下が一緒に斜面を登りながら言った。


「では遠慮なくそうさせてもらうよ」

何と言っても一応は王位継承権を持つ自分が敬語を使う相手は限られるのだ。

『殿下』の敬称を使わなくても同い年で自分が敬語を使っている相手だと見られたら正体はモロばれだろう。


木の下に隠れている間に体の筋肉が凝り固まったのかジャイルスは最初はギクシャクと動いていたが、やがて体が温まってきたのか背筋が伸び、普通に歩ける様になってきた。

山肌を歩くのにはあまり慣れていない様ではあったが。


それでも文句を言わずに身体強化を使ってなんとか私の後をついて歩いてきたジャイルスだったが、山小屋に着いたら力尽きたかの様にベンチ代わりの丸太にへたり込んだ。


かなり無駄が多かった身体強化が切れなかった事を見ると、魔力はそれなりに多い様だ。

流石は直系王族と言うところか。


「ところで・・・本気で探索者になろうと思っているのか?」

水を魔力で作り出しながら、来る途中にジャイルスが言った言葉に関して聞き返す。

純水なのであまり美味しくないから、ジャグにぶっ込みミントの葉をちぎって入れてかき混ぜてからコップに注いで渡した。

こう言う工夫が生活を豊かにするんだよな。


「金も身分証明書も無いんだ。

他に出来る事はあまりないだろう?」

コップを受け取りながら王子が肩を竦めた。


まだ成人前なので、実は身分証明書と金があっても出来る事は少ないんだけどね。


「だがなぁ。

露骨に良い家の坊ちゃんっぽいから目立つぞ。

ほとぼりが冷めるまで数ヶ月は待った方が無難だと思うし、出来れば王立学院を卒業した年齢に見えるぐらいまで待った方が良い」

慣れない山肌でもごく自然に背筋をすっきりと伸ばして歩く姿は山の中でも露骨に優雅だった。


平民は基本的にもっと姿勢が悪い。

空腹では背筋を伸ばそうなんて気は起きないからなのか、それとも人間はデフォルトでは猫背なのか不明だが・・・ジャイルスの貴族(王族)として優雅に動くよう叩き込まれた気品は、歩く姿だけでなくただ立っているだけでも滲み出ていて、目を引く。


私もこんな感じなのだろうか?

流石に王宮程の教育を受けてはいないが、考えてみたら自分も猫背だったり左右のどちらかに体重を掛けて立っていたりするとみっともないと注意されてきた。


将来探索者になりたいかどうかは別として、私もこの調子だと浮いてしまいそうだ。

貴族の子供は身代金目的で誘拐されやすく、いざ誘拐してみて金が取れないとなったら他国の人身売買組織に売られるから、自分の事が領主の息子として知られている領都のギルド以外には絶対に一人で出入りするなと口を酸っぱく言われていた理由が実感できた。


ボロい平民用の服を着れば大丈夫だろうと思っていたのだが、服の問題では無かったのだな。

客観的に薄汚れた格好をした貴族子息を身近に見て、初めて指南役の元探検者が言っていた言葉の意味を実感できた。


確かにこれは金蔓に見える。


貴族の三男以下は騎士団や王宮で仕事を見つけられなかったら探索者になる事もあるので、成人した探索者には貴族出身の者もそれなりにいると言う話だし、その年齢になれば護身能力も魔術を含めて危険なレベルで身につけていると思われるので、気軽に攫って売ろうとはしないだろう。

成人して家を出た三男以下に実家や長男が金を払わない可能性は高いし。


だが。子供の貴族のお坊ちゃんはまさにピカピカな金蔓だ。

例え親が金を出さなくても、貴族らしく顔が整い、よく見れば指先も肌もしっかりケアされていて綺麗な子供なんてそっちが趣味の人間には大金を払ってでも入手して弄びたい対象だろう。


「王立学院卒業年齢までなんて待つのは無理だ。数ヶ月ほど、ここで暮らさせて貰って良いだろうか?

可能ならば、狩りの仕方とか獲った獲物の捌き方や食べられる野草を教えてもらえると更に助かるのだが」

ジャイルス王子が頼んできた。


「う〜ん。

美少年が一人で森で暮らすなんて自殺行為だろう。

ここもそれなりに地元の人間が使うし。

・・・なんだったら、変装して私の侍従って事で雇われてみないか?

私も来年から王立学院なんだ。入学までに侍従の業務を習っておき、王立学院では側についていて一緒に授業も受けつつ、時間がある時に探索者ギルドに登録して探索者をしてみたらどうだろう?」

王都で王立学院在学中な坊ちゃんと侍従が二人で探索者ギルドに登録するのはそう珍しい事では無いらしいから。


「いやいやいや。

この目と髪の毛の色で王都に行ったら直ぐにバレるだろう」

ジャイルスが顔を顰めながら反論する。


「・・・これは秘密なんだが、魔術を使わなくても目の色を変える手段がある。

髪の毛は染め粉でなんとかなるだろうし。

もう少しその顔を平凡に出来たら更にいいんだが」

魔術での変装は王都に入る場合に強制解除される。

そうなると確かにあの目立つ群青色の瞳は人目を引くだろう。


だが、自分の変装用にカラコンっぽい物を開発しているので、なんとかなる気がする。

まだ素材がイマイチなのでちょっと目が辛いが、毎晩回復魔法を目に掛ければ長期的な悪影響は無い、筈。

多分。


「あの王妃のやりたい事の邪魔をするとなったら、父上も協力してくれる可能性が高いと思うし」

どうやら父は国王や王太后よりも現国王の婚約者だった王妃とその実家に色々と嵌められたらしく、実は王妃への敵意が強いのだ。


「そんなの無茶だろう」

ジャイルスが首を横に振る。


「人の顔なんて目と髪の色で大分と印象が変わるんだ。

王族っぽい造形は父上の庶子だとでも言うことを匂わせれば誰も突っ込まないと思う。

秘密っていうのは想定外だと意外と誰も感付かないものらしいよ?」

それこそ、ある日どっかの女がジャイルスを『貴方の子供です』と言って父上のところに連れてきたって事にすればいい。


「そんな無茶な・・・」

ジャイルスがもう一度繰り返すが、今度は大分と口調が弱くなっていた。


これなら詳細を話せば説得出来そうだ。

よっしゃ!

将来一緒に世を忍ぶ仲間ゲ〜ット!




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