第4話 幕間:出会い

崖になっている谷の横を走っていた馬車が止まったのを感じて、朝食後に宿を出てからずっと落ち着きなく馬車の外をチラチラ見ていた将来の側近候補である筈のデゲルズ伯爵令息が勢い良く立ち上がって馬車の扉に手を掛けた。


「何かあったのか、調べてきますね!」

「ああ」


馬車が何かの理由で止まったからといって、高位貴族の子息が頼まれた訳でもないのに外を見に馬車から降りて行くなんて事はほぼあり得ない。


それこそ、怪しい集団に足止めを喰らって襲撃が疑われる場合なんかは、安全な馬車の中から出てこられたら護衛にとっては良い迷惑なぐらいだろう。


それなりに幼い頃から一緒に過ごした相手なのだが、どうやらデゲルズも自分に暗殺に協力しているのは確実なようだ。

離宮で出されたクッキーを食べて倒れて以来、体調を崩してベッドから殆ど出てこなくなったジャイルスに見切りをつけたのか、それとも側室腹の第三王子の側近よりは王妃及びその実家のケスバート公爵家に恩を売る方が得るものが大きいと思ったのか。


今回の療養の為の旅の話を勧めてきた時から、デゲルズの様子は変だった。

ジャイルスが毒を盛られる前あたりから離宮の人間ではない人間と話しているのを何度か見かけていた事を考えると、そちらにも関与していた可能性は高い。


まあ、ジャイルスも自分の能力を下に見せ、回復術が使える事も秘密にしていたのだから側近候補に裏切られてもお互い様というところかも知れないが・・・側近候補を辞するのでは無く、殺す為に情報を流されるというのはなんとも切ない。



ベルギウス王国は王家であるベルギウス一族の魔力で他国からの手出しを退けつつ反抗的な有力者達を恫喝して地域を統一して国を広げ、時代の流れの中で野心を抱いた貴族を叩きのめして従わせてきた国である。

なので王家の血を絶えさせないことは何よりも重視され、国王と王太子は正妃と結婚して三年以内に子供が生まれなかった場合は側室を迎える事が義務付けられている。


正妃の王子が優先的に王位継承権を付与されるが、能力と年齢差次第では側室の王子が国王に立つ事もある。最近でも、現国王となった前王の正妃の子である第二王子と側室から生まれた元第一王子の間で王国が水面下で揺れ動いたのを忘れていない貴族は多い。


ジャイルスの母も、側室として迎えられて最初に生まれたのが王女で、王子であるジャイルスを産む前に正妃が二人も男子を産んでくれて本当に安堵したと話しているのを聞いた事がある。


だからこそ、ジャイルスは勉強も剣の鍛錬も適度に手を抜き、得意な魔術ですら極力授業の前にかなり魔力を放出しておく事で魔力量が少ない様に見せかけ、兄王子二人より一段下がった末っ子に見せかける努力をしていた。


だがそれでも危うく正妃の座を逃しそうになった王妃は安心できず、自分の子が王座を確実に継ぐ様に手を打つ事にした様だ。


年下な上に側室の子であるジャイルスをそこまで敵視しなければならない程兄達が無能であると言う話は聞いていないのだが。


「これもジントクが足りないってやつなのかね?」

そう呟きながらそっと崖側の扉を開き、急いで崖の方へ滑り降りていく。


これで何も起きず、馬車が止まったのが単なる偶然だったら後で青くなって探し回るであろう護衛騎士に謝ろう。


「取り敢えず。

土砂崩れに巻き込まれて死んだって事になるなら馬車から離れないとヤバいよな」


先ほど、馬車が止まる少し前に窓から崖の中途に木が生えているのが見えた。

あそこにでも隠れたらなんとかなるだろうか?


もっと幼い頃ならまだしも、最近は基本的にずっと見張られていたせいでここに辿り着く前に逃げる事も出来なかった。

今回のどさくさに紛れて逃げられなかったら、ほぼ確実にジャイルスは成人できないだろう。


どうせなら来年から通う王立学院で色々と学び、友を増やしてから卒業間際に姿を消すなり、王位継承権を返上したかった。

王座は最も優れた者が継ぐべきと信じる父が、『ジャイルスはまだ幼いから成長を見たい』と言ったせいで早期な王位継承権の返上が出来ず王妃に危険視されて学院にすら通わせてもらえない事になったのは本当に悔しい。


「父上だって兄であった元第一王子殿下よりも本当に優れていたかなんて分からないだろうに。

母親や妻の実家の力で王になったって言わせたくないからって子供を犠牲にするなよな」

思わず愚痴が口から漏れる。


自分を大切にして育ててくれていた人間は、離宮から徐々に姿が消えた。

デゲルズが自分と話す時にそれとなく目を逸らす様になってからは常に食事時やお茶の際にパンやクッキーを余分に確保して身につける様にし、離宮で見かけて拝借したナイフや少量の硬貨を集めて、金になりそうな小振りな装飾品と一緒に今も身につけている。


どの程度の土砂崩れを起こすつもりなのか知らないが、何とか生きて逃れられると期待しよう。


ドガガーン!!!!

突然巨大な爆発音がしたと同時に、上からから岩や土砂が飛び散ってきた。


「派手にやり過ぎだろう!」

術師の腕が良ければもっと自然な感じに土砂崩れを起こせただろうが、どうやら秘密保持を優先して土魔術が得意な高位貴族なら使える者が多い大規模攻撃魔術で山を崩す事にしたようだ。


調べれば明らかに自然な土砂崩れではないとバレるはずだが、そんな調査結果を握り潰せる自信があるらしい。


「うゎぁぁぁぁ!」

意図してか否かは不明だが、どうやら護衛騎士やデゲルズも巻き込まれたらしく、後方から焦った様な悲鳴が聞こえる。


上から物凄い勢いで迫ってくる土砂を間一髪で免れ、目指していた木の下に滑り込めた。

そのまま身を沈め、服の裾を顔に当てて静かに浅く息を吸って気配と魔力を出来る限り抑えて地面に伏せる。


「やったか?」

土砂の動きが収まり暫くして、上の方から声が聞こえた。


「馬車の破片があそこに見えている。

木っ端微塵だな。

馬には可哀想な事をした」

別の声が更に近くでした。


下手人達が下まで降りて確認しようとした場合、この木の近くを通る可能性がある。


息を殺し心を無にして待っていたら、やがて上にいた男たちも満足したのか立ち去って行く音が聞こえた。


誰か生存者が這い出てくる可能性を考えて見張りを残している危険もあるかと更に待っていたら、いつのまにかウトウトと眠っていたらしい。

目覚めたら大分と日の位置が変わっていた。


「危機一髪で土砂崩れを装った暗殺から逃れられたと言うところかい?」

ゆっくりと用心しながら木の影から出てきたジャイルスに、突然上から声が掛けられた。


げ。

まだ誰か残っていたのか。

上を見たら、ジャイルスそっくりな紫みのある王家の群青色の瞳がこちらを見下ろしていた。


「誰だ?!」

ジャイルスと同い年ぐらいの王家の男子が他にいるとは聞いていないのだが。


これがデリクバルト・キャルバーグとの出会いだった。

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