第3話 成長してるけど
「何をしてるんですか、兄上?」
まるで巨人が泥遊びでもしたような様相になっている周囲を見回しながら、長兄のアキウスに声を掛けた。
幼い頃から厳しく教育されていた兄達は、呑気に遊んでいる時間が多かった『僕』が『私』になる前の末っ子にどう接したら良いのか分からなかったのか遠巻きにしてあまり関与して来なかったが、『私』に覚醒して自分の将来は自分で切り拓かねばならないと自覚して頑張って勉強するようになり、ここ数年は兄達との関係が大分と改善されてきた。
兄達と違って幾ら将来領主になる可能性も高位貴族に婿入りが決まる可能性も低いとは言え、将来性が無い3男だからこそしっかり色々と教えてもらう必要があるだろうに、『子供の間だけでも気楽に遊ばせてやりたいから教育は緩くて良い』という父親の考えは甘かったと思う。
第一王子としてそれなりに大切にされ、かつ遊ぶ暇もない程色々と詰め込まれてきた反動であろう『勉強などしなくて済むならしない方が幸せだろう』と言う考えはちょっと的外れだ。
一体何歳まで遊ばせるつもりだったのだろうか?
まあ、流石に子爵家令息とは言え王位継承権を持つ王族が王立学院で落ちこぼれては王家の面子にも関わるので、入学が見えてくる時期なったら王家が寄越している家庭教師も父親が何を言おうとしっかり教えるようになったとは思うが。
16歳になった
私も来年には寮に入ることになるが、その時にアキウス兄上はもう最終年度だ。
長兄とは殆ど接触がないまま成人することになりそうなので、取り敢えず夏休みなどに帰ってきた時に積極的に勉強や魔術、剣技を教わりたいと言って話し掛けるようにしている。
折角の兄弟なのだ。
それなりに親しくしたい。
あまりはっきりと覚えていないが前世では仲のあまり良くなかった姉しか居なかった様なので、今世はもう少し兄弟と仲良く暮らしたい。
将来的に子爵領を離れてほぼ没交渉になるとしても、もしもの時に頼ったら情けをかけてもらえるぐらいに親しくなっておいて損はないし。
「用水路と溜池を作る練習をしているんだよ」
アキウス兄上が言った。
「用水路、ですか?」
確かにキャルバーグ子爵領はまだ未開発な土地が残っているから、灌漑をなんとか出来ればもっと生産量を増やせるだろう。
とは言え、それを跡取りの魔力でやると言うのは中々想定外だ。
まあ魔力が重機代わりだと思えば、領主一族の強い魔力は是非とも利用すべき資源だろうが。
「ああ。
王立学院に行ってみたら、意外にも授業で学ぶ範囲は実は既に家庭教師に習ってほぼカバーしてしまっている事が判明してね。
お陰で退屈していたら、高等学院の教授に会ったんだ。
それで彼から領地の開発に使える最新式の魔力活用について教わって色々と研究しているところなんだよ。
幸い、私は水、カルぺウスは土の魔力が強いからね。
私が地下水がある場所を見つけてそれを地上に引き出し、それを更にカルペウスが灌漑したい場所へ引けば農業用地を増やせる。
折角の王家の血が齎した強い魔力だ。
本格的に作業をするのは学院を卒業してからになるが、まずはウチの敷地で試してみているんだ」
アキウス兄上が言った。
「開拓地が増えたら将来的にはそこを男爵領として私に賜してくれる事も視野に入れていると兄上は言ってくれたからね。
デリクバルドも王立学院に行ったら何か領地の開発に出来る事が無いか、研究してみると良いよ」
ニコニコとカルぺウス兄上が言ってくれた。
う〜ん、確かにキャルバーグ子爵領はそれなりにまだ人の手が入っていない地域があるが・・・幾ら子爵領を王族の莫大な魔力で開発したところで、流石に男爵領二つ分は厳しいんじゃ無いだろうか。
土地を開いてもそれを耕す人間はそうそう簡単に増えないし、下手に外部から大勢の人間を呼びこんだら元からいる住民との軋轢が心配だ。
とは言え。
兄達も色々と出来ることを試行錯誤しているようだ。
自分ももっと工夫をして頑張らねば。
都合のいい前世知識を使ったナイセイなんぞ思い浮かばないが、努力は無駄にはならないだろう。
「魔力は活用してこそですね!
私も身近なところから頑張るようにします!」
魔道具やそれを動かすのに使う魔石はそれなりに値段がする。なので母親は貧乏時代に散々自分の魔力でそれを代替していた為、身近な生活で使う魔術は非常に得意だ。
お湯を沸かしたり、髪の毛を乾かしたり、服や絨毯の洗浄など、最近は魔術の勉強を兼ねて色々と笑い話っぽい貧乏時代の苦労話と共に教えて貰っている。
探索者になるとしたら是非とも身につけておきたい技術だし、自分的にはガンガン危険な攻撃魔術の腕を磨くよりは細かい身近な技を磨く方が好きだし、なんと言っても家の近くで気軽に練習できる。
「私も魔力の使い方の練習で、こんなのを習ったのですよ」
ふふっと笑いながらかなり泥だらけになった兄達二人の服を綺麗に洗浄してみせた。
靴はまた後で家に帰ってからの方がいいだろう。
「おや、上手だな!
ありがとう」
にっこりと笑いながらアキウス兄上が礼を言ってくれた。
さて。
用水路も興味があるが、今日は身体強化の復習をする予定だったのだ。
もう少し頑張って動き回ってみよう。
◆◆◆◆
熊の足跡を辿り、静かに木から木へと移っていく。
身体強化と風魔術を併用した森の中での移動法なのだが、まるで忍者のようで気に入っている。
分身の術とか火遁の術とかも再現できないかと頑張ったのだが、火を爆発させて目を逸らして素早く動く火遁の術もどきはできたが、分身と言えるほど早く動くのは無理だった。
多分あれは体の動きで相手の視覚を騙すような術なのでは無いかと思う。
光の魔術はそれ程得意では無いので、立体映像を動かして分身にするのも成功していない。
家庭教師に聞いてもそんな術は聞いたことが無いと言われたし。
夜だったらローブをそれっぽい形に膨らませて風魔術で動かして囮ぐらいには出来るが、殺気や魔力をそこに込めることには成功していないので人間以外にはイマイチ効果が無い。
まあ、それでも11歳の子供が身体強化と魔術を合わせてではあるが一人で熊を倒せるのだ。
十分驚異的と言って良いだろう。
11歳の誕生日の後に師匠役の元探索者だった兵士から合格を貰い、勉強の予定が無い日は一泊2日で領地の中を動き回って時々野営したり村に泊めて貰いながら領民に危険そうな動物や魔物を狩って領都の探索者ギルドで売るのを許されるようになった。
12歳になって王立学院に通うようになった時に小遣い稼ぎで王都のギルドに登録する際の予行練習のようなものだ。
今日は近くの村で目撃された熊を追っているのだが・・・ちょっと予定よりも奥に来ている。
左手の山の向こうはファーキース伯爵領だ。
何やら学生時代にあったのか、父上と微妙に仲が良く無いらしいので彼方にいく時は平民のふりをする方が良いとアキウス兄上には言われている。
態々熊が山越えをするとは思えないが。一応ちょっとした抜け道チックな谷間はあるとは言え・・・熊がそんなところを進むだろうか?
急いで距離を進めてさっさと仕留めるか、隣領に行くなら放置するかを迷っていたら突然大音響と共に山が揺れ、上空にかなりの量の粉塵が舞い上がった。
「はぁ?!
なんだってこんな所で大規模攻撃魔術が使われているんだ??」
大規模な土の攻撃魔術・・・
それこそダムや用水池を作るような地形を変化させるレベルの土木工事か、戦争でしか使わない術だと聞いたが。
カルぺウス兄上が一度だけ練習しているのを見たのと感じは似ている。
「何か危険な魔物でも出たのか?!」
慌てて身体強化を掛けて山の上へ駆け上がって行く。
大規模攻撃魔術が必要な程の魔物だった場合、これで倒せたならば良いが、キャルバーグ子爵領に手負で逃げ込んでこまれたりしたらヤバい。
領主一族の人間として、領民に害が及ばない様に出来る限りのことをする義務はあるが・・・勝てない相手との命を賭けた戦いに挑む心構えはまだふにゃふにゃで弱っちい。
ちょっとやっぱ、王位継承権どころか貴族っていうのも思っていた以上にきついぞ!!!
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